第36回/涙で渡るガチャの明細、夢みて走る推しのPU

文字数 2,386文字

稀代にして奇態、現代を生きる伝説の漫画家・カレー沢薫がtreeに帰還!


前作「ひきこもり処世術」で大ひきこもり時代を総括したひきこもり・ジェダイ・マスターが次に取り上げるのは……「お金」!


お金にまつわる四方山話を集め資産2兆円(脳内)を目指すカレー沢薫の新たなる旅が始まるーー。

今日は土曜日だ。


夫は休みが不定期なのだが、土曜日が休みのことが多い。

よって今朝も「今日は休みか?」と聞いたら「休みだ」という返答が返ってきた。


しかし、夫の休みには「だが」がつくことが多い。

一番多いのが「休みだが会社に行ってくる」という、休みの概念を覆してくるタイプだ。


ちなみに明日はコミティアという同人誌即売会がある。

版権もののDB(ドスケベブック)やDJB(ドスケベじゃないブック)が並ぶイベントとは異なり、コミティアはオリジナルの同人誌オンリーの即売会だ。

そんなことよりドスケベはないのか、というと、ある。


コミティアにはアマチュア作家もいるが、プロの作家も参加していることが多いらしい。

つまり仕事で漫画を描いて、その息抜きに趣味で漫画を描いている変態が集っているということだ。

おそらく夫もそれと同じで、平日は仕事として会社に行き、休日は趣味として会社に行っているのだろう、この変態性に比べれば漫画家のティア参加など児戯に等しい。


今日も「休み」の後に「だが」がついたのだが、会社ではないらしい。

「確定申告」をしに行くそうだ。


夫は会社員なので、基本的に確定申告はしなくて良いはずである。

よく聞くと「他人の確定申告をしに行く」そうだ。

どうやら、会社で関係がある農家の老の確定申告を毎年やってあげているらしい。

業務上それが仕事というわけではなく、ただ頼まれたからやっているようだ。


どうも夫は、虎舞竜時の仙道ポジにさせられており、面倒が起きると「あいつならなんとかしてくれる」となんでも相談され、やらなくていいことをやらされている感がある。

よってスラムダンクのあのシーンを見ると「それは本当に仙道の仕事なのか、お前らもう少し自分で何とかしようとしてみろ」という気持ちにもなる。


しかし、夫に一番やらなくて良いことをやらせているのは自分である。

それに周りも頼るだけというわけではない。確定申告任せ老も、礼として良い肉や海老をあとからくれるのだ。

おそらく夫には、困ったときに助けてくれる人もたくさんいるのだろう。私では助けにならないので夫のことは任せた。


そして夫が他人の確定申告を請け負っているころ、俺は自分の確定申告を見て見ぬふりしていた。


そう言いたいところだが、私はすでに税理士に必要書類を提出済みである。期待を裏切ってすまない。

どうせ出した以上に不備が出てくるとは思うが、とりあえず待ちの段階だ。


何故こんなに早く出したかというと、もちろん先生から先日電話で苦言を呈されたからである。

担当からの催促は3回まで無視するが、俺は自分より偉い人に怒られた時の仕事は早いのだ。

しかし、急いだせいで本当に必要な書類しか送っていないため、特に税金対策などは考えていない。今年も無事可能な限りの税金を納めることになるだろう。


第一、自分の仕事は経費がそんなに掛かっていないので、税金対策にも限界がある。

前にも書いたが、これが確定申告のやる気が起きない大きな原因の一つだ。


そもそも確定申告というのは、すでに終わったことを報告する作業である。


すでにもらい終わった、何だったら使い終わっている金を数えるというのは、小野妹子が生きていたら今何歳だろうと数えるよりも不毛である。


つまり敗戦処理であり、特に私は税金を追加で納めなければいけないケースが大半なので、敗戦処理に行って、さらに落ち武者狩りに遭っているようなものだ。何も楽しいことがない。


だったら夫にやらせればよい、他人の老の確定申告をやるぐらいなら、身内の中年の確定申告ぐらいやるだろうと思うかもしれないが、それはできない。


まず、他人の老はあとで礼をするが、身内の中年こと私は「ありがとう」だけで終わらせる可能性が高いので、夫としても他人の老を助けた方がまだうま味がある。


そして第一に夫に収支を見せたくない、というのがある。

うちは夫婦別財布であり、お互いの金の流れを一切把握していないのだが、夫は会社員なので収入に関してはおおよその見当はつくし、毎年そこまで大きな増減はないはずである。


それに比べると私の収入はジェットコースターロマンスすぎる。

単行本発売などが重なり多い年もあるが、逆に打ち切りや準備期間で無収入のため激減する年もある。

よって私よりはるかに売れている作家でも、収入が不安定という理由で住宅ローンはもちろん、賃貸まで断られるケースがあるらしい。反社の次に信用がない。


固定給に慣れている夫が私の収支を見たら、あまりにも不安定すぎて見ているだけで病気になる恐れがある。


また、支出に関しても非常に不安定だ。

新しいソシャゲにハマった時は支出がハネ上がるし、長年細々やっていたようなソシャゲでも突然推しの新スタイルピックアップを開催すれば、その限りではない。


むしろ収入の方が、「激減することはあっても激増はない」という意味でまだ予想がつく。

だが、ソシャゲを含む「沼」にいつハマるかを予想できる人間はいない。むしろ突然ハマるから沼なのだ。


こんな健康に悪いものを夫に見せるわけにはいかない。

特に「10,000」の文字列が20個ぐらい連続している明細は、それを使った私でさえ吐き気を催した。

夫婦だからといって、全てを共有すれば良いというわけではない。

私は夫の健康を守るため、あえて盾となろう。

カレー沢薫

山口県在住の漫画家・コラムニスト。最新作に『ひとりでしにたい』原作(講談社)など。

Twitterはこちら:@rosia29

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