第20回 …………してぇ…………”FIRE”してぇ…………

文字数 2,095文字

稀代にして奇態、現代を生きる伝説の漫画家・カレー沢薫がtreeに帰還!


前作「ひきこもり処世術」で大ひきこもり時代を総括したひきこもり・ジェダイ・マスターが次に取り上げるのは……「お金」!


お金にまつわる四方山話を集め資産2兆円(脳内)を目指すカレー沢薫の新たなる旅が始まるーー。

一刻も早くファイヤしなければいけない。


最近の私の口癖だが、今すぐ自然発火して自らを灰塵に帰さなければ、という意味ではない。


確かにこのままCO2を排出し続けるより、土に還った方が SDGs な気はする。

だが何せグミばっかり食っているので大した肥料にはなれないだろうし、むしろ大気汚染の問題が出てきてしまう。


もしファイヤしたいなら、私ではなく家をファイヤした方がよい。

あまりにも私が無価値過ぎて保険の大半は家の方にかかっているので、私をファイヤするのはMPの無駄でしかない。


早くもファイヤがゲシュタルト崩壊してきたが、私がしたいのはFIREのことだ。


FIREとは「Financial Independence, Retire Early」の略であり「経済的自立」と「早期リタイア」という意味である。


つまり、経済的に死ぬまで暮らせる目途がついたので早めに仕事を引退するのが「FIRE」であり、現在注目されている生き方だ。


私も自分の予想を遥か超えるスピードで「社会からのリタイア」を果たすことはできたので、あとは「経済的自立」を残すのみである。


だがこれが意外なほど難しい。リタイアが「もう一生働かない」という不退転の決意さえあれば可能なの対し、経済的自立は誰にでもできることではない。

一度たりとも自立しない、経済的赤ちゃんのまま死ぬ人間も珍しくないぐらいだ。


おそらくFIREを目指す多くの人がここで躓いて進めなくなっていると思うが、ここをスキップすると犯罪や餓死など、娑婆や現世からリタイアすることになるので、できれば経済的自立をしてからリタイアした方がよい。


ところで、結局いくらあればFIREできるのか。


まず一番に知りたいのはここだろう。

だがこれは一概に答えられるものではない。

まず「何歳で死ぬのか」が決まっていない時点で正確な数字が出せるわけがないのだ。

ちなみに、現在日本の年金がピンチなのは少子化なせいもあるが、「全員70歳ぐらいで死ぬだろう」という算段で制度を作ったせいでもあるといわれている。


70が100になったら破綻するに決まっているのだ。

よって、FIREを考えるなら100まで生きる想定で計画を立てた方がいい。そう都合よく死ねると思ったら大間違いだ。


また、FIREに必要な金額は、生活水準にもよる。

生活費が高ければFIREに必要な資産は大きくなるし、逆に少なければ小さくなる。


つまり極限まで生活費を落とせば、大した資産がなくてもFIREは可能ということだ。


FIREと言っても種類がある。


潤沢な資産を持ち、悠々自適なリタイア生活を送るFIREは「FAT FIRE」と呼ばれているそうだ。


突然の「デブファイヤ」、 つまり焼き豚野郎呼ばわりである。裕福層に対する嫉妬を全く隠さない潔いネーミングである。


対して倹約でリタイヤ生活を維持しているFIREは、「LEAN FIRE」と呼ばれるそうだ。

「LEAN」は瘦せているという意味だが、FATほど悪口感がない。


先日NHK Eテレの「ねぽりんぱぽりん」にこのLEAN FIREの人が出ていたらしい。


見ていないので彼がどれほどの資産でFIREしたのかはわからないが、地方で家賃1万の家に暮らし、野草などを食うことによりFIRE生活を維持しているという。

ちなみにまだ二十代後半で、働いた期間もわずからしい。


倹約という言葉に収まりきらない倹約ぶりである。

いくら地方でも家賃1万はやばい、おそらくその部屋で7人は死んでいる。


番組を見た人の中には、そんな生活より働いた方が楽ではないか、いくら働かなくてよいと言っても生きていて楽しいのか、と思った人がいるかもしれない。


確かにその生活が楽しいかどうかはわからない。しかし「草を食ってでも働きたくない」という気持ちはわかる。

働きたくない、というのは決して怠け心だけではなく、世の中には絶望的に社会生活に向いていない人間がいる。

そういうタイプが無理に社会の中で働くと病んでしまい、どちらにしても働けなくなるケースが多い。


おそらく彼も短い労働生活の中で、「このまま続けたら死ぬ」と感じたのではないだろうか。


本来なら福祉の世話、最悪彼岸の人になっていたかもしれない人間が自分にできる自活方法を見つけ、曲がりなりにも自立をしているというのは素晴らしいことである。


先日「元気があればなんでもできる」という名言を遺したアントニオ猪木氏がお亡くなりになった。


それに倣って今後は、「草さえ食えればリタイアできる」を提唱していきたい。

カレー沢薫

山口県在住の漫画家・コラムニスト。最新作に『ひとりでしにたい』原作(講談社)など。

Twitterはこちら:@rosia29

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