第62回「自分でやればタダ」という発想が危険な話
文字数 2,332文字
稀代にして奇態、現代を生きる伝説の漫画家・カレー沢薫がtreeに帰還!
前作「ひきこもり処世術」で大ひきこもり時代を総括したひきこもり・ジェダイ・マスターが次に取り上げるのは……「お金」!
お金にまつわる四方山話を集め資産2兆円(脳内)を目指すカレー沢薫の旅がつづく。
自宅の「排水管清掃」のお知らせが来た。
台所、洗面所、浴室、屋外の排水管を高圧洗浄車で清掃するそうで、やるかどうかは任意、料金は24,200円である。
内容的にそのぐらいするかなと思うが、驚くべきことに前回は同じ内容で16,500円だったのだ。
高圧洗浄の圧が7,700円分アップしたというわけではない、そんなタイムセールで羽田-札幌間を飛べてしまうほどの圧が増量したら、家が無事では済まない。
上がったのはもちろん物価の方であり、価格が維持できなくなった、と説明があるが、それにしてもダイナミックな値上がりをしている。ちなみにトイレはオプションで1便所につき別途2,200円かかる。
全く関係ないが、とあるデリヘルでは「ピース」がオプション料金になっており、しかも「シングルピース」で1,000円なのだ。
つまり「アヘ顔ダブルピース」を完成させようと思ったらダブルピースで2,000円、さらにアヘ顔オプションで1,000円、計3,000円かかってしまうのである。
我が家もダブル便所なので4,400円かかってしまう。
ここまで来たら「アヘ顔ダブル便所」を完成させてやろうかと思ったが、どれだけ読んでもアヘ顔オプションのことが書かれていないので、ダブル便所で我慢することにした。こんなに商売っ気がなくて大丈夫なのだろうか。
結局トータルで3万円近く飛んでしまうのだが、まだ排水管清掃というのは「自分でやるのは無理」であることが明らかなので、決断は簡単だったりもする。
それよりも、出し渋りが発生してしまうのが、自分でもできそうなことである。
この「自分でもできそうだし、自分でやればタダ」という発想は本当にできれば良いのだが、逆に事故を誘発するパターンも多い。
散髪なども自分でやればタダだが、その結果「前髪」という代償を支払い、結局マイナスということもある。
またこの「自タダ思想」は家族関係を悪化させることも多い。
庭木の剪定代をケチって「3か月安静」になったり、外壁塗装補修をDIYして特殊政治思想が強そうなお宅にビフォアアフターしたりするのは、良くないがまだ良い。
離婚関係の専門家が「モラハラの『食洗機買い渋り率』は異常」と分析しているとおり、モラハラは自力でやればタダなことを金で解決するのを嫌がる傾向にあるのではないかと思われる。
しかし「自力でやればタダ」と言っても、自分では絶対やらないのだ。
つまり「お前がやればタダなものに金を出す意味がわからない」ということであり、相手の時間や労力が価値のあるものと思っておらず、さらにパートナーが快適に生活することに興味がなく、むしろパートナーの快適は「怠け」という名の悪と思っており、それに金を出すなどもっての他なのだ。
500キロぐらい離れて住んでいることで辛うじて我慢できる「金も手も出さないが口だけ出す親戚」が、パートナーとして同空間にいたらストレスに決まっている。
金で解決する、というのはプロや機械に任せて仕上がりが良い、というだけでなく家庭円満の秘訣の一つだったりもする。
しかし最近はこの物価高で、金で解決どころか、生活を維持する金にも窮してギスギスしている家庭も多いと思われる。
やはり一番の家庭円満の秘訣は「余裕」である。余裕さえあればつまらないことでケンカをしなくなるし、ケンカをするにしても札束でビンタしあっていれば、そのうち楽しい気分になってくる。
国は早く、どこのご家庭にも札束最低2束常備が普通なぐらいの余裕を与えるべきなのだが、今は逆に一番上だけ札であとは全部新聞紙、それも諭吉じゃなく一葉、まさかの英世もあり得る方向に向かっている気がしてならない。
だが、そういう私も「金で解決」を渋り続けている身でもある。
何を渋っているかというと「自分の部屋の掃除」だ。
最近は部屋の掃除など、家事をプロに頼むというのはそこまで珍しいことではない。
周囲からも「自分でできないなら業者にやってもらえば良い」とアドバイスをもらうことは多いし、夫も現場を見て「プロを呼べ」と、呼ぶべきはもはや医者ではなく警察であると瞬時に判断する老練のようなことを言っていた。
誰も「お前が片付ければ済む話」と言ってこないので、私は周りに恵まれていると思う。
逆に言えば戦犯は、いつまでもプロに頼むことを渋り続けている私しかいないということだ。
金を惜しんでいるのか、というとそれもあるが「面倒くさい」という気持ちが強い。
自分で片づけるのが面倒なら人にやってもらえばいい、と言っているのにそれが面倒とはどういうことか、と思うかもしれないが。
まず良さそうな業者を探すのが面倒だし、業者とて勝手に物を捨てたりはできないので、こちらが指示するなどの意思疎通を成立させるのが面倒、というか「無理」の可能性すらある。
結局「自分でやった方が早い」という結論に達するのだが、当然自分でやることはなく、ゴミが永遠に輪廻転生を繰り返しているという有様だ。
この無限ループは私を止めることで簡単に解消できるので、清掃業者より、どこかの時空で私の存在を消してくれる魔法少女を探した方が早い、ということだ。
山口県在住の漫画家・コラムニスト。最新作に『ひとりでしにたい』原作(講談社)など。
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