第55回/動かぬ証拠をつきつけられても、きょとん顔

文字数 2,563文字

稀代にして奇態、現代を生きる伝説の漫画家・カレー沢薫がtreeに帰還!


前作「ひきこもり処世術」で大ひきこもり時代を総括したひきこもり・ジェダイ・マスターが次に取り上げるのは……「お金」!


お金にまつわる四方山話を集め資産2兆円(脳内)を目指すカレー沢薫の新たなる旅が始まるーー。

食洗器が壊れたが、修理に来るのに一週間近くかかると言われてしまった。

だからといって「じゃあいいっす」というわけにもいかない、それは死を受け入れるに等しい。


食洗器の修理を待つ間は極力洗い物が発生しないように努めた。

思えば食洗器を手に入れて以来、食器に対する感覚が雑になっていたと痛感する。

どうせ食洗器が洗うからと、無遠慮に洗い物を発生させてしまっていた。


この場合相手が食洗器だからまだいいが、「どうせやるのは自分以外の家族だから」という感覚で、雑に部屋を汚したり洗濯物や洗い物を発生させ、それを担当する家族に多大なストレスを与えてしまっていることもある。

それに業を煮やした家族による食洗器やドラム式洗濯機の購入要請に、「え~?」とシャクれて見せるまでが標準的モラハラクソムーブだ。

ちなみに専門家によると、「モラハラ野郎の食洗器買い渋り率は異常」らしいので、何かの参考にしてほしい。


もし食洗器が感情を持っていたら、寝ている間に爆殺ぐらいされてると思う、やはり面倒なことはできるだけ感情を持っていない奴に任せるのが家庭円満の鍵である。


そんなわけで食洗器がない間、1枚の皿にできるだけおかずを集結させて食っていたが、もしひとり暮らしだったら、ラップを敷いて手で食っていたと思う。

やはり人間的な生活に食洗器は不可欠だ。


そして、やっと修理の人が来たのだが、まず私は故障の原因は「経年劣化による故障」だと思っていた。

人間で言えば、「病気」など明確な原因によるものではなく、老衰による自然の流れでなんとなく死んだだけで、決定打になるような原因はないと思っていた。


その旨を伝えると、修理の人はまず故障部分がどこかを調べるべく、食洗器をバラして調べ始めたのだが、「物理的に故障している部品はない」という結果となった。


この時点で、修理の人は「何か言いたげ」になっており「故障した時の状況」について尋ねてきたのだが、この質問に正直に答えるならば「知らない」なのである。


何故なら、毎朝夫の方が早く起きるし、食洗器が没した当日私は寝坊をかましており、現場に駆け付けた時にはもう食洗器は「嘘みたいだろ、死んでるんだぜそれ」というキレイな顔で動かなくなっており、凶器や血痕などの「後始末」が済んでいたのである。


ただ古くなったから壊れたと思っていたし、夫も特に原因について言及しなかったので詳しく聞いていなかったのだが、何かに感づいた修理の人は「泡がたくさん出てなかったか?」と尋ねてきた。


泡がたくさん出ているのを見たか否かと言われれば「寝てたから見てない」と答えざるを得ないが、ここで夫が「泡がちょっと出てたけど、洗剤の入れ間違いはないと思う」と言っていたのを思い出しだ。


嫌な予感がしたが、何せ実際に泡が出ているところを見ていないので「出てたかもしれないけどちょっと覚えてないっす」という供述をしたところ、修理の人はあきらかに「あれれ~おかしいな~」という勘の良いガキ顔になり「いつも使っている洗剤はどれですか?」と尋ねてきた。


私は言われるがままに、いつも使っている食器用洗剤の容器を差し出すと、修理の人は「ちょっとこれ使ってみますね」と、食洗器にその洗剤を入れ運転を始めた。

そしてしばらくして、食洗器を開けると、そこには「覚えていない」わけがない、大量の泡があった。


多分、コナソに詰められた犯人はこんな気分なのだろう。ただ一つ違うのは「私はマジで知らないし覚えてないしやっていない」という点である。


修理の人的にも「洗剤を入れ間違えたことを知らばっくれる客」に動かぬ証拠をつきつけたのに相手が「初見っす」みたいな邪気のない顔をしているので虚を突かれてしまったかもしれない。

やっと凶悪殺人犯を追い詰めたのに相手が完全なサイコ田パス太郎で何が悪いかさえ理解していなかったかのような徒労感だろう。


修理の人的にも「朝起きたらすげえ泡出て壊れてたんすよ」とでかい泡のジェスチャーつきで言ってもらえれば、最初から「洗剤入れ間違いすね」と原因が特定でき、修理を呼ぶ必要すらなかったかもしれないのに、誠に申し訳ないことをした。


さらに、バラして作業したとなると修理金額が高くなるので「点検」という形で最安値になるようにしてくれたという。

ただ私が終始「何もしてないのに壊れた」というきょとん顔をしているのがさすがにムカついたのか、「最安値になるように調整しときますね!」と3回ぐらい言っていた。


そんなわけで食洗器が壊れた原因は、「食洗器用洗剤の容器に手洗い用洗剤を詰め替えてしまったことによる、洗剤の誤投入」である。


犯人は誰かと言えば夫であり、夫も大量の泡を見て、自分が洗剤を間違えたかもと思ったから現場をひとりで片づけたのかもしれない。

しかし詰め替えの段階で入れ間違えたとまでは気づかず、さすがにこれを間違うはずはないと確信し、「入れ間違いはない」と断言して私はそれにミスリードされたという、誰も得していないミステリーだ。


本事件について私は本当に何もしていないのだが、逆に何もしていないのが罪なのだ。


何故夫が詰め替えを間違えたかというと、「詰め替え業務をやるのは夫しかいない」からである。

世の中には、シャンプーや洗剤など「詰め替え」を頑なにやろうとしない人間がいる、私もその一人だ。

ずっと詰め替え続けていれば、いつか間違う時も来る、私が間違えないのは「やっていないから」であり、私がやっていたらもっと早い段階で食洗器を破壊していただろう。


しかし、私は食洗器が大量の泡を吹いている時点で夫を呼んで後片付けに参加させると思うので、「証拠を消して事件解決が遠のく」ということはないと思う。

カレー沢薫

山口県在住の漫画家・コラムニスト。最新作に『ひとりでしにたい』原作(講談社)など。

Twitterはこちら:@rosia29

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