第77回/確定申告の季節がまたやってきた

文字数 2,515文字

 稀代にして奇態、現代を生きる伝説の漫画家・カレー沢薫がtreeに帰還!


前作「ひきこもり処世術」で大ひきこもり時代を総括したひきこもり・ジェダイ・マスターが次に取り上げるのは……「お金」!


お金にまつわる四方山話を集め資産2兆円(脳内)を目指すカレー沢薫の旅がつづく。

私の1年は大体11月末に最後の巨大な税金を払い終わり、そしてその約2ヵ月後に次の税金を決定する「確定申告」が始まる。


これは「4時就寝6時出社」みたいな生活を続けるいるようなものであり、体に良いはずがない。

国民の健康を守りたいなら、最低でも1年の内8ヵ月は税金のことを考えなくていい期間を与えるべきだろう。


確定申告と言ってもやるのは税理士なのだが、税理士はあくまでこちらが用意した資料を基に難しい計算をやってくれるというだけだ。

言わば材料と料理人の関係であり、こちらが用意した資料がウンコだと、料理人の腕がどれだけ良くても味付きウンコしか出来上がらず、税務署も「このウンコを作ったのは誰だ!」とおかんむりなのである。


こちらとしては確定申告自体、リアルウンコ召し上がれでしかないのだが、不備により追徴になったり、脱税でお縄になるのはこちらだ。

ちなみに税務署は、こちらが税金を払いすぎているタイプのウンコは、顔色一つ変えずに完食するから大したものである。


資料と言っても、銀行の明細と領収書さえ出せば何とかなるものなので、そんなに大変ではないだろうと思うかもしれない。

しかし私にとって、「領収書を取っておく」というのは大阪城を徳川から死守するぐらい難しい。つまり歴史が変わるレベルで無理ということだ。


どんなにズボラな人間でも節税という意識が少しでもあれば、巨大な箱を用意し、そこに領収書類は全て突っ込み、2月末ぐらいから出土作業に入るぐらいのことはしていると思う。

もちろん私もそのライフハックを利用しているが、入れる箱を「部屋全体」という若干スケールでかめに設定してしまっているせいで、毎年発掘作業が難航し、「断念」という結果に終わっている。

しかし逆に言えば私は金よりも、己の「面倒」という「感情」を大事にしているということだ。

「金で心は買えない」がキレイごとではないと、未来ある若者や子供たちに証明するためにも、私は領収書を捨て続けなければいけない。それが大人としての義務だ。そしてその分納税の義務を免除してほしい。


だがクレカなどで支払ったものであれば明細に記録が残るので、今まではそれで何とか出来ていた部分もあった。

しかし、今年からはどうやらそうもいかないようである。原因はもちろんあの「インボイス」だ。


私が依頼している税理士事務所は、何故か連絡事項を「郵便」で送ってくるという、もはや昭和すら飛び越え、明治の文化を守っているレトロカワイイ事務所なのだが、封書だと「読まずに捨てる」という、SDGsを無視するヤギみたいなことをしてしまう恐れがある。

よってこちらも郷に従って、メールアドレスを郵便でお報せしたのだが、未だにメールで連絡がきたことがないので、向こうも読まずに捨てているのかもしれない、地球環境保全がいかに難しいかが良くわかる。


そして去年中ごろ、その事務所からまた封書で連絡が来たのだが、端的に言うと「インボイス制度導入のため、今後領収書類は明細含め厳密に出せ」とのことである。


そんなに難しいことを言っていないように聞こえるが、前述の通り私にとっては三成の命が何個あっても足りない難題なのだ。


しかし、本当に大変なのは税理士や経理をやっている人だろう。

私も未だにインボイスのことを正確に理解しているわけではないが、あれは専門家でも「一体何故こんなことを?」というぐらい、よくわからないものらしい。


そもそも、多額の裏金脱税疑惑をかけられている連中に、「厳密に申告して適性な税金を納めろ」と言われなければいけないことに腹が立つ。

数千万の裏金脱税が不起訴になるのなら、こちらの微々たる申告漏れなど完全に無罪だろう。


しかし、残念ながら法律というのは、西で人を殴った奴が不起訴になったから、東で俺が人を刺しても無罪というシステムではない。

申告漏れを指摘された時「あいつが不起訴なのに⁉」と言っても、「それとこれは別」と言われてしまうだけだ。


何故インボイスのせいで領収書提出が厳格化されたかというと、経費として計上するために領収に記載されている適格事業者番号の確認が必要だからと思われる。


しかし適格事業者申請はみんながしているわけではなく、番号がないものは経費として計上できないらしいのだ。


私の仕入れ先は主にアマゾソやイオソなどの大企業なので、これらが適格事業者でない、という恐れはないと思うが、「インボイス対応のアマゾソ領収書の出し方がわからん」という嘆きの声も聞こえてきているので、完全に乱世である。


しかし、アマゾソとイオソとしか仕事をしていない私はまだいいが、アシスタントを使っている作家はどうなってしまうのだろう。

この理屈でいうと、インボイスを発行できないアシスタント料は、経費にできないということになってしまう。


漫画家でも駆け出しや零細の者は、インボイスが発行できないため、仕事を干されるか、払わなくて良かった消費税を支払うかを迫られ、業界が衰退すると危惧され反対者多数だったのだ。

漫画家でもこれなのだから、インボイスを発行できるアシスタントなどそんなにいないのではないだろうか。


先日も高橋陽一先生がアシスタントの確保が難しいことを理由の一つとして、『キャプテン翼』の連載終了を決めたところだ。


やはりインボイスは、少なくとも漫画家にとっては間違いなく悪法である。


だがもっと怖いのが、漫画家など特定業種を衰退させたことにより逆にどこかが繁栄するのかというと、会社員ですら事務作業が増えて困っており。「別にどこも栄えてない」という点である。


カレー沢薫

山口県在住の漫画家・コラムニスト。最新作に『ひとりでしにたい』原作(講談社)など。

X(旧Twitter)はこちら:@rosia29

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