第87回/物事を継続できない人間に必要なのは「強制力」

文字数 2,317文字

 稀代にして奇態、現代を生きる伝説の漫画家・カレー沢薫がtreeに帰還!


前作「ひきこもり処世術」で大ひきこもり時代を総括したひきこもり・ジェダイ・マスターが次に取り上げるのは……「お金」!


お金にまつわる四方山話を集め資産2兆円(脳内)を目指すカレー沢薫の旅がつづく。

一昔前まで、できないことはできるようにすべきであり、努力すれば必ずできる、という風潮があった。


しかし、そういう考えに固執すると、どうやってもできない人間が辛いのはもちろん、努力すればできると言ってしまった側もあからさまに衰弱していく。


よって、最近はできないことよりできることを伸ばせ、という考えの方が推されつつあるようだ。


その結果、何も適性がなく、丸腰でこの腐敗した世界に落とされきた、という事実だけが冷たい部屋に横たわってしまう場合もある。

だがそんなゴッズチャイルドたちにも「無職」という天職が残されているので安心だ。


もしくは、2000年以上なんの進化もない人間如きの努力より、石器から有機ELまで成長したテクノロジーの力を借りてできることであれば、どんどん使っていくべきだろう。


しかし、視力が悪い人間がメガネの力を借りるようになってから300年ぐらい経った割には、未だに「便利な物を使うのはズル」という空気が消えず、今日も食洗器を欲しがるパートナーを罵倒するモラハラがXのおすすめ欄を横切っている。


一流を目指すならもちろん努力は不可欠だが、それが元々苦手な人間に対し「そこをもうちょっと頑張れ」などというアドバイザーは、今の世の中売れないのである。


家計を診断するにはデータが必要であり、より詳しく分析するなら「家計簿」があった方が好ましい。

だが、そもそも金について助けを求めに来るのは、大体家計簿などつけられないズボラか、紅に染まる家計簿が「俺が見えないのか…?」と焦るレベルで、赤字に動じず金を使い続けるマッドの二択なのである。


そんな連中に「そこなんとか頑張って家計簿をつけてみましょう」と言ったところで、そこで音信不通となり、永遠にイントロのドラムが鳴りやまなくなるだけだ。


よって「家計簿など続いた試しがない」と言うと、プロからは「じゃあやらなくていいっす」という返答が返って来る場合も多い。


アドバイスしても無駄な奴を見限るのが早い異様に早いのが本物のプロである、というわけではなく、途中で投げ出すとわかっていることをやらせるのは時間の無駄だし、何より家計簿代が無駄である。


そういう地球の資源まで無駄遣いする逆SDGsどもにおススメなのが「先取り預金」だという。

先取り預金とは、収入から先に預金分を取り、残りで生活するという方法だ。

10万の内3万先に預金して、残り全額を生活費として使い切ったとしたら生活費は月7万ということになり、詳細は全く不明だが、月々の支出額合計だけは把握できるという寸法だ。


預金だけでなく、食費など用途ごとに先に予算を分けて使用する「袋分け家計簿」という上級テクもあるようだが、調味料すら元の場所に戻せない奴がこれをやると、最終的にすべてが一つの袋に集合してしまうに決まっているので、まずは先取り預金だけにした方が無難である。


ただし、この先取り預金も、定期積立など天引きでなければ意味がない。


物事を継続できない人間に対し、何より必要なのは「強制力」なのである、家計簿ですらサボると電流が流れるシステムにすれば、ある程度続くはずだ。

中には500Vぐらい耐えてしまう者もいるだろうが、そんな根性があるなら家計簿ぐらい続くだろう。


自分の意志で預金を手動先取りするシステムにしてしまうと「面倒」という鋼の意志によって、やらなくなるに決まっているし、いつでも取り出せるところにあったら、すぐ使ってしまう。


よって、預金は強制的に天引きされ、簡単には引き出せない方法で行わなければならない。


もちろん定期預金を始めに銀行に行くことすら面倒で無理だったりもするのだが、逆に一度始めてしまえば、解約するのが面倒で続く場合もある。


しかし今はどこの金融機関もネットバンキングをやっている。

これにより、簡単に始められるようにはなったが、解約も簡単にできるようになってしまった。


もはや、他の家族に口座管理してもらうなどの禁じ手でしか、強制預金は不可能な気がするが、水原さんですら、何故か大谷さんの口座にアクセスできたらしいので、結局お母さんをナイフで脅すなどして解約してしまう気がする。


クレカのおかげで多重債務者が増えたように、何故か金関係のテクノロジーは進化すればするほど、自制心がない奴が死んでいくシステムになっている。


しかし、そんな中でも脅威の強制力を誇る貯金法がまだ残されている、それが「iDeCo」だ。


iDeCoは途中で休止したり積立額を減らすことはできるが、一度預けた金に関しては一部の例外を除いて、60歳まで引き出し不可能というストロングスタイルなのである。


ちなみに一部の例外は「死亡」や「高度障害を負った場合」などであり、金欠などのぬるい理由で解約しようとしたら、その場で殴る蹴るの暴行を受けて、引き出し可能な条件を満たしてしまいそうな勢いだ。


iDeCoのメリットについては、非課税や、税金控除などがまず挙げられているが、一番のメリットは、積立貯金すら続かない奴でも,

一度始めたら続けるしかない強制力にあるのかもしれない。

カレー沢薫

山口県在住の漫画家・コラムニスト。最新作に『ひとりでしにたい』原作(講談社)など。

X(旧Twitter)はこちら:@rosia29

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