第65回/遺言には落とし穴が多すぎる

文字数 2,204文字

稀代にして奇態、現代を生きる伝説の漫画家・カレー沢薫がtreeに帰還!


前作「ひきこもり処世術」で大ひきこもり時代を総括したひきこもり・ジェダイ・マスターが次に取り上げるのは……「お金」!


お金にまつわる四方山話を集め資産2兆円(脳内)を目指すカレー沢薫の旅がつづく。

前回あるかどうかもわからない実家の遺産相続をどうやって揉めさせるかについて考えてみたが、私には夫の実家、つまり「義実家」も存在するのだ。

 

もちろん私には義両親の遺産を相続する権利はまるでない。

しかし「長男の嫁参戦!」とスマブラのように相続権がない人間が乱入して話がややこしくな​るのも​、遺産相続あるあるだそうだ。

 

夫も三人兄弟なので、何かしら相続の話し合いは発生するはずだ、つまり私も義両親が没した際に、しゃしゃり出て場を荒らすことが可能というわけである。

 

だが、この義実家の遺産相続に口出しをするという行為は、かなりリスキーでもあるのだ。

 

夫も私と同レベルのクレイジーゴナクレイジーな考えならタッグを組んで思う存分暴れることができるのだが、「夫ふくめ私以外の親族全員まとも」という逆アウトレイジ状態の中で、権利もないのに口を出せば、当然親族中から「非常識」の烙印を押されてしまう。

 

私はすでに親族から非常識だと思われているので、烙印の重ね押しにより飛び出る3D非常識になるだけだが、義両親の死に際し真っ先に遺産を多く取ろうとするムーブをかましたことにより、配偶者からも呆れられ最悪離婚、名実ともに義実家の遺産とは無関係の人になる場合もあるらしい。

 

相続というのは部外者にはわからない親兄弟の関係性やお気持ちにより行われていることも多いので、少なくとも相続人たちが納得しているものに部外者が「法的におかしい」などと言い出すのはやめた方がいいのだ。

 

こういった場外からの乱入を防ぐためにも、やはり相続は本人の生前に決めておいた方がよく、できれば相続人含めて話し合って決めておくのがベターだ。

 

いくら生前に決めておいてもそれを相続人に一切知らせず、死んでからのお楽しみ状態にしておくと、本人の死後突然明かされるドッキリな遺言によるショックで「相続者が減れば取り分が増える」というベストアンサーに気づく相続人が出てしまい、その場でバトルロワイアルが始まってもおかしくない。

 

遺言を残しておけば、法的に揉める余地がないというだけで、その内容に相続人が納得いっていなければ精神的遺恨は残り続けるのである。

 

しかし、そもそも遺言とはどうやって残すのか。

当たり前だが、口約束は遺言にならない。

例え録音された音声があっても、こめかみに銃口を押し付けられながら言わされたものかもしれないし、最近はAIによる音声生成も可能である。

遺言はちゃんと書にして残す必要があるのだが、日付がなければダメ、署名がなければダメ、封筒に入っていて封がされてなければダメ、などクソビジネスマナー級の細かいルールがあり、不備が一点でもあると無効になってしまうそうだ。

よって素人が遺言をDIYするのはお勧めされておらず、不備がないように専門家を交えて作成した方が良いとされている。

また犬神家を担当した弁護士に当たらなければ「犬に全額相続は無理です」など不可能な相続は指摘してくれるはずである。

 

さらに発見された遺言は「開封せずに」裁判所に持って行き、有効な遺言か判断してもらう必要があるという。

 

「親の遺言」という重要アイテムを見つけて「封を切ったらダメ」というのは、完全に初見殺しだろう。

何の攻略情報もなければ、一周目のプレイヤーは封を切って真エンドにたどり着けなくなってしまう。

ゲームであれば二周目で回収できるが、現実はそこで詰みである。よって遺言を残す側は「遺言がここにあるから封を切らずに裁判所に持っていけ」という遺言も残しておかなければいけないのだ。

 

そもそも自筆の「自筆証書遺言」を家に保管しておくこと自体、あまりお勧めできないという。

自筆だと改ざんされるかもしれないし、最悪発見者により始末されてしまう恐れがあるからだ。

よって公正役場にいき「公正証書遺言」を作成した方が良いという。

 

公正役場の「公証人」という人に遺言を口頭で伝えると、その内容を元にパソコンで遺言書を作成してくれるそうだ。

 

作成した遺言書の原本は役場の耐火金庫に保管され、自宅には控えを置くことになるので、控えをどれだけ破り捨てられても大丈夫である。

 

こうすることにより、紛失、改ざん、破棄などを防げ、さらにパソコン作成なので悪筆による「この数字が6なのか0なのかはたまた9なのかで相続額がまるで変ってくる」などという事故も防げる。

 

ただし、その遺言の存在を本人以外誰も知らなければ「正式に作った不備のない遺言書が永遠に耐火金庫に保存され続ける」という事態も起こるのではないだろうか。

 

少なくとも「遺言書がある」ということだけは遺族に伝えておかなければ、せっかく遺言を作っても全くの無意味になりかねない。


結局、家族間の揉め事の大半はこういった「お互いの意思疎通不足」が原因なのだろう。

カレー沢薫

山口県在住の漫画家・コラムニスト。最新作に『ひとりでしにたい』原作(講談社)など。

Twitterはこちら:@rosia29

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