第88回/家計簿を完成させるための秘策とは

文字数 2,416文字

 稀代にして奇態、現代を生きる伝説の漫画家・カレー沢薫がtreeに帰還!


前作「ひきこもり処世術」で大ひきこもり時代を総括したひきこもり・ジェダイ・マスターが次に取り上げるのは……「お金」!


お金にまつわる四方山話を集め資産2兆円(脳内)を目指すカレー沢薫の旅がつづく。

医学的介入が必要な肥満ほど、自分の体重を把握していなかったりする。

同じように、金にだらしない人間は、己の家計を把握していない傾向がある。


しかし、無頓着なのは「支出」のみで、逆に現在の所持金や収入の方には敏感だったりする。

多重債務の人も、自分が何社にいくら借りているかは不明だが、現在の所持金が273円であることは把握しているし、それを何回も数える慎重さえ持っている。

さらに残っているタバコは3本など、在庫管理能力まで備えた人も珍しくない。


よく「金持ちほどケチ」という。

これは、金持ちほど「奢って」や「じゃあ100万ぐらいちょうだい」など、何がじゃあなのか分からない施しを要求されることが多く、当然それを断る回数も多いため「金持ちのクセにケチ」という言いがかりをつけられやすいせいもあると思う。


だが、金持ちがケチなのではなく、収入だけではなく支出にも敏感になり、ムダ金を使わないタイプが金持ちになれている、とも言える。


しかし、桁違いの金持ちになると話は別のようで、本日、大谷翔平の通訳が大谷さんの口座からギャンブル代を盗んだらしい件の続報が出ていた。

当初、口座から抜かれたのは6億円と言われていたが、その後「24億円」と判明した模様である。


どうやって通訳が大谷さんの口座にアクセスできたのか、大谷さんがいつ24億消えているのに気づいたかは不明だが、少なくとも24億円入っている口座にしてはセキュリティが雑なのではないか。

デスクトップにIDとパスワードがふせんで貼ってあったのか、IDはパソコンに記録され、パスワードは大谷さんの名前と誕生日の組み合わせだったのか、はたまた通訳が「ダメ元で聞いてみるけど、口座のパスワード教えて?」と言ったら快く教えてくれたのか。


どちらにしても、大谷さんは収入にも支出にも無頓着なイメージがある。

逆にいえば大谷さんほど稼いでいない限りは支出に無頓着になってはいけない、ということであり、お金がない人間は支出への関心のなさだけがメジャーリーガー級になっていると言える。


私も、全然把握できていないのは支出の方で、現在の所持金と入ってくる方には敏感であり、入金予定がなくても、謎の入金がないか記帳してしまうほどである。

しかし、何故か用途不明金は頻出するのに身に覚えのない入金はほどんどないし、あっても後になって返せと言われる場合がある。

それに対し、記憶にない請求が後日払わなくて良くなるケースはほとんどない。


何故このようなことになってしまうのか、というと、やはり収入は楽しくて支出はつまらないからだろう。

つまらないことには関心が持てないし、「辛い」のレベルまでくると、目をそむけたくなるものである。

大谷さんの通訳も、自分が一体いくら大谷さんの口座からギったのかすでに把握しておらず、今日の報道を見て誰よりも「そんなに!?」と思っているかもしれない。


また収入を増やすのはプラスだが、支出を減らすというのはマイナスを減らす行為でしかない。

健康になる方法に関心がある人は多いと思うが「風邪は引くけど3日ぐらいで完治する体になる方法」と言われたら、そこまで興味を引かれないだろう。


いくら支出をゼロにしても、収入がゼロなら永遠に金は増えないので、節約など無意味と思っている人もいるかもしれない。


しかし、子どもとて、たまに女が勝手に産んだかのように言われるが、実は男が何かしないと基本的に発生しないものなのだ。

同じように、資産というのは収入と支出の結果生まれるものである。

片方が猛烈に頑張って何とかなっている家庭もあるが、両方頑張った方がよりスムーズにいく、というのは家庭も家計も同じである。


収入の方ばかりに目を向けすぎると「簡単に金を得る方法」ばかりが目について、騙される率が上がってしまうのではないか。

堅実にリスクなく資産を増やしたいなら、むしろ支出の方に目を向けるべきだろう。


私も長らく支出からは目を逸らしてきたので、そろそろ支出とも向き合いたい。

そして支出を把握するためにはじめた家計簿が続かずに終わる、というの何度も繰り返している。

わざわざトラックなどに轢かれなくとも、ループ系SFは日常に潜んでいるのだ、ただループしている間もリアルに時が過ぎ、老化しているというだけの違いである。


だが、家計簿投げ出しループを繰り返したことにより、私は老化しただけだが、文明の方は進化している。


家計簿とて、いつまでも手書きで、レシートをのりで貼り付けさせているわけではない。

私も家計簿アプリを使用しており、収入の方はこれで完璧に把握できている、むしろ謎の入金を期待して記帳、という運試しがなくなって物足りなさすら感じる。


では何故それで支出がわからないか、というと「現金」という伝統的手法が残っているからだ。

入金に関しては、現金手渡しなどほぼ滅んでいるので、銀行口座と連携することによりアプリが自動的に入出金を記録してくれるが、さすがに財布に入った現ナマの出入りまではアプリも知ったことではない。


逆に言えば、現金さえ使わなければ何もしなくても家計簿が完成する時代まできているということだ。


よって私は現在、家計簿投げ出しループからは脱し、現金禁止ループに突入している。

今何週目かは忘れたが、今年も町内会費の現金徴収でリセットされる気がする。

カレー沢薫

山口県在住の漫画家・コラムニスト。最新作に『ひとりでしにたい』原作(講談社)など。

X(旧Twitter)はこちら:@rosia29

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