第66回/無言の夫から婚活イベントの記事を見せられて

文字数 2,476文字

稀代にして奇態、現代を生きる伝説の漫画家・カレー沢薫がtreeに帰還!


前作「ひきこもり処世術」で大ひきこもり時代を総括したひきこもり・ジェダイ・マスターが次に取り上げるのは……「お金」!


お金にまつわる四方山話を集め資産2兆円(脳内)を目指すカレー沢薫の旅がつづく。

夫とは平日ほぼ家庭内別居であり、一緒にいる時間は5分もないのだが、土日だけは一緒に夕飯を食べることもある。

 

その際も特に会話はなく、実質「人生の楽園」と「相葉マナブ」上映会になっているため、おそらく夫は相葉くんの名前をマナブだと思っているのではないか。

もちろん私は夫よりは俗世に聡いので相葉くんの名前を聞かれたら「マナブ以外」と答えることができる。

 

しかし先日「金曜祝日」に一緒に夕飯を食べることがあった。

敏行とマナブではない相葉さんの力を借りない私との黙食はあまりにも苦行、と感じたのか、夫がこれを見てくれと「市報」を出してきた。

 

「市報」とは、その名の通り自分のことを市だと思い込んでいる我が村の祝祭情報を知らせるミッドサマータイムズのことである。

 

ちょうどその市報には前年度の決算報告が載っていたので、まずは市税の使い道について私と激論を交わしたいのかと予想した。

確かに私は税金に関してはメロスのように敏感であり、常に邪知暴虐の税金に激怒がメロスしている方だ。

 

しかし、よく考えればメロス自身も「政治はわからないが為政者の言動にだけは怒る」というなかなかの厄介である。

おそらく平素政治に全く関心を示さず、行動も思索もしないがX上でだけ王を「増税クソヒゲ王冠」などと呼んで憤っているタイプだろう。

 

だが夫が私に見せたかったのは決算報告ではなく、我が村で「婚活イベント」を催すという記事であった。

 

確かに、会社を辞める時は次の就職先の目途が立ってから退職届を出すのが定石とされている。

それと同じように婚活により次の結婚相手を見つけてから私と離婚したい、という意思表明であるなら人生設計がしっかりしているし、何より正々堂々としている。

 

他の参加者にとって別れる予定とは言え既婚者が混じっている、というのは異物混入事件でしかない。

 

しかし、婚活界隈も意外と魑魅魍魎が跋扈する群雄割拠であり、無料アプリや安価な街コンなどに参加すると普通にヤリモクの既婚者が混じっていることもあるし、トイレに立った好きに財布を抜かれるなど、カジュアル咎人に遭遇することもあるらしい。

 

もしかしたらこれは、異物としてこの婚活イベントに参加、地域の治安を乱し、村の少子高齢化をさらに促進させて来い、それが政治に対する復讐である、という私に対する「指令」なのだろうか。

 

とはいえ夫はこの記事を私に見せるだけで、マジで何も言わないのである。

「何が仕事なのか、それを自分で調べることも仕事」なのかもしれないが、それはアンダーニンジャの冒頭世界観であり、一般の新人教育でそれをやったら、相手は「午後雲隠れ」という忍術で消えるに決まっている。夫は中間管理職として大丈夫なのか。

 

私をニンジャと見込んで指令を出しているのなら、記事から意図を読み解くしかないだろう。

 

その婚活イベントは一泊二日の電車旅ツアーであり、募集は20歳から49歳の独身男女各15名、参加費は男性3万円、女性5千円である。

 

注目するとしたら、男性と女性の参加費にかなりの差がある点だろう。

男女の奢り奢られ、どちらが多く出すか論争はX上でも未だ消えぬ炎であり、事あるごとに再熱してX民の冷え切った指先に暖を与え続けている。

 

男女同権を主張するなら、参加費も同額であるべきだろう、今どき前時代的な価格設定のイベントだ、と思わぬでもないが、男女の収入格差が是正されてないのに参加費だけ同額にするのは不当という考え方もある。

我が村は恥ずかしながら、男女の仕事上の地位格差、収入格差がかなり残っている方と思われる。

 

しかし男というだけで「女より稼いでいるだろう」と見なされ3万徴収されるというのも差別である。

参加費を公平にするのなら、男女ではなく参加者の収入に応じた参加費を徴収すべきだろう。

 

だが、年収だけで判断もかなり差別的だし、途中で「参加費から参加者の年収を当てるクイズ」という、企画者が意図しないデスゲームが始まってしまう恐れもある。

 

そもそも婚活イベントにはまず参加者を集めなければいけないという命題があり、特に過疎地であればそこが最難関と言える。

 

こういったイベントは大体女性参加者を集めるのに苦労するというので、まず「5千円で一泊旅行」という撒き餌でひやかしでもいいから女性参加者を集め、その女性参加者目当てに3万払ってもいい、という男性を集めるという方式を取らなければ、そもそも会自体が成り立たないのかもしれない。

 

しかし、参加者各15名に対し20歳から49歳という年齢分布は広すぎる。

危惧すべきは「3万払ってBBAしかいなかったでござるいやはやトホホ」という状態ではない、婚活イベントに3万出すということはそれなりに婚活に本気ニキのはずだ。

 

そんな49歳ニキがいたら、女性参加者が全員20歳だとしたらラッキーではなく、むしろ事故なのではないか。

やはり3万出すにはリスキーなイベントと言わざるを得ないだろう。

 

などと、考え得る限りの考察を披露したのだが、それに対する夫の意見は「特になし」であり、何故夫がこの話を始めたのか完全に迷宮入りである。

 

もしかしたら、このどうでもいいローカルニュース一つ見ただけでお前はコラム1本分ぐらいガタガタ言えるのだろうと見越して提示したのかもしれない。

 

そうだとしたら本当に1本分ガタガタ言ってしまった。

おそらく夫は中間管理職としてこのような部下の面倒な気質も理解して上手くやっているのだろう。

カレー沢薫

山口県在住の漫画家・コラムニスト。最新作に『ひとりでしにたい』原作(講談社)など。

Twitterはこちら:@rosia29

「寝そべり錬金術」は毎週【金】曜日12時ごろ更新!
↓前回の「寝そべり錬金術」はこちら!

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

背景色
  • 生成り
  • 水色