食を通じて暴かれる? 人間の本性とは。
文字数 4,299文字
話題の作品が気になるけど、忙しくて全部は読めない!
そんなあなたに、話題作の中身を3分でご紹介。
ぜひ忙しい毎日にひとときの癒やしを与えてくれる、お気に入りの作品を見つけてください。
今回の話題作
高瀬隼子『おいしいごはんが食べられますように』
■POINT
・食と仕事と、恋愛と。
・全ての人は「いい人」であり「ちょっと嫌な人」なのかもしれない
・本性が見えない芦川の不気味さ
■食と仕事と、恋愛と。
「よりきちんと生きるのが、好きなのかもしれないです」
「その通りだ」とも思うし、「そんな疲れる生き方、してられるか!」とも思う。
第167回芥川賞を受賞した高瀬隼子の『おいしいごはんが食べられますように』。
日本の、いろんなところに存在しそうなある職場。
そつなく仕事をし、職場でも無駄のない人間関係を築いている二谷と、料理上手で職場のみんなに守られる存在である芦川、努力家で仕事ができる押尾を中心に描く。
仕事と、恋愛と、タイトルからも分かるように「食べること」をテーマとした作品だ。
■全ての人は「いい人」であり「ちょっと嫌な人」なのかもしれない
物語は、二谷と押尾の視点で進んでいく。
二谷は食事があんまり好きじゃない。空腹を満たせればそれでよくて、食事を摂るためにあれこれ考えたり、食べたときに「うまい」とわざわざ言わなければならないのも気が進まない。「食事」にまつわるあらゆることを面倒くさがっているように見える。
そんな二谷に思いを寄せる押尾。二谷を食事に誘い、やがて飲み友達のような関係になる。押尾は様子を伺いながら、二谷に好感を持たれるような振舞いをする。そして押尾は「わたしと一緒に、芦川さんにいじわるしませんか」と持ち掛ける。
芦川はなんとなく弱々しくて、いわゆる守ってあげたくなるような女性だ。頭痛で早退することもしばしば。しかし、先に帰ってしまって申し訳なかったから、と手作りのお菓子を差し入れたりする。
二谷と押尾、それぞれの視点から、2人が芦川をよく思っていないことはわかる。
二谷は芦川と男女の関係だが、心の中では芦川に対する反発心を持っている。が、関係を壊す気はない。
押尾も特に目立っていじわるするわけではないが、他の職場の人間が芦川の代わりにやってあげるようなことをしてあげない。普通に仕事を振って、やってもらおうとしている。でも、それが芦川には負担になっている。
本音を隠しながら、人と接している二谷と押尾。ものすごく悪人ではない。でも、ちょっと嫌な人だな、と思う。同時に、嫌だと感じる部分は少なからずいろんな人間が持っているものなのだろう、と思わせられる。その表現が絶妙なのだ。
■本性が見えない芦川の不気味さ
二谷と押尾は、本音を隠しているが、物語を客観的に見ている読者には本性が見えている。しかし、芦川に対しては二谷と押尾の視点から語られるだけで、彼女の本音も本性も見えない。
例えば、仕事を早退するけれど、そのお詫びとして差し入れの手作りお菓子を持ってくる、という行動に対して、どう思うかは人によってさまざまではないか。
「いや、お菓子が作れるなら、仕事もできるでしょ?」と思うかもしれないし、「いつも気遣ってくれてよい子だなあ」と思うかもしれない。
実際の芦川はどういうつもりなのか。二谷の主観から見ると、心から申し訳ないと思ってお菓子を差し入れているようにも思うし、押尾の主観から見ると「ピュアを装っている計算高い女性」にも見える。
全ての行動は、他人の主観が入ることによって見え方が変わるんだな、というのが分かる。
芦川は実際に弱い人間なのかもしれない。だから、自然と守ってもらうための行動が身についたとも考えられる。それをズルイと考えるか、生存戦略と考えるかもまた、それぞれの価値観によるのだろう。
ある意味、自分の価値観が確かめられる作品と言えるのかもしれない。
「忙しい人のための3分で読める話題作書評」バックナンバー
・「推しって一体何?」へのアンサー(『推し、燃ゆ』宇佐見りん)
・孤独の中で生きた者たちが見つけた希望の光(『52ヘルツのクジラたち』町田そのこ)
・お金大好き女性弁護士が、遺言状の謎に挑む爽快ミステリー(『元彼の遺言状』新川帆立)
・2つの選択肢で惑わせる 世にも悪趣味な実験(『スイッチ 悪意の実験』潮谷験)
・「ふつう」も「日常」も尊いのだと叫びたい(『エレジーは流れない』三浦しをん)
・ゴッホはなぜ死んだのか 知識欲くすぐるミステリー(『リボルバー』原田マハ)
・絶望の未来に希望を抱かざるを得ない物語の説得力(『カード師』中村文則)
・黒田官兵衛と信長に叛旗を翻した謀反人の意図とは?(『黒牢城』米澤穂信)
・恋愛が苦手な人こそ読んでほしい。動物から学ぶ痛快ラブコメ!(『パンダより恋が苦手な私たち』瀬那 和章)
・高校の部活を通して報道のあり方を斬る(『ドキュメント』湊かなえ)
・現代社会を映す、一人の少女と小さな島の物語(『彼岸花が咲く島』李 琴峰)
・画鬼・河鍋暁斎を父にもったひとりの女性の生き様(『星落ちて、なお』澤田瞳子)
・ミステリ好きは読むべき? いま最もミステリ愛が詰め込まれた一作(『硝子の塔の殺人』知念実希人)
・人は人を育てられるのか? 子どもと向き合う大人の苦悩(『まだ人を殺していません』小林由香)
・猫はかわいい。それだけでは終われない、猫と人間の人生(『みとりねこ』有川ひろ)
・指1本で人が殺せる。SNSの誹謗中傷に殺されかけた者の復活。(『死にたがりの君に贈る物語』綾崎隼)
・“悪手”は誰もが指す。指したあとにあなたならどうするのか。(『神の悪手』芦沢央)
・何も信用できなくなる。最悪の読後感をどうとらえるか。(『花束は毒』織守きょうや)
・今だからこそ改めて看護師の仕事について知るべきなのではないか。(『ヴァイタル・サイン』南杏子)
・「らしさ」を押し付けられた私たちに選ぶ権利はないのか(『川のほとりで羽化するぼくら』彩瀬まる)
・さまざまな「寂しさ」が詰まった、優しさと希望が感じられる短編集(『かぞえきれない星の、その次の星』重松清)
・ゾッとする、気分が落ち込む――でも読むのを止められない短編集(『カミサマはそういない』深緑野分)
・社会の問題について改めて問いかける 無戸籍をテーマとしたミステリー作品(『トリカゴ』辻堂ゆめ)
・2つの顔を持つ作品たち 私たちは他人のことを何も知らない(『ばにらさま』山本文緒)
・今を変えなければ未来は変わらない。現代日本の問題をストレートに描く(『夜が明ける』西加奈子)
・自分も誰かに闇を押し付けるかもしれない。本物のホラーは日常に潜んでいる(『闇祓』辻村深月)
・ひとりの女が会社を次々と倒産させることは可能なのか?痛快リーガルミステリー(『倒産続きの彼女』新川帆立)
・絡み合う2つの物語 この世に本物の正義はあるのか(『ペッパーズ・ゴースト』伊坂幸太郎)
・新たな切り口で戦国を描く。攻め、守りの要は職人たちだった――(『塞王の楯』今村翔吾)
・鍵を握るのは少女たち――戦争が彼女たちに与えた憎しみと孤独と絆(『同志少女よ、敵を撃て』逢坂冬馬)
・運命ではない。けれど、ある芸人との出会いがひとりの女性を変えた。(『パラソルでパラシュート』一穂ミチ)
・吸血鬼が受け入れられている世界に生きる少女たちの苦悩を描く(『愚かな薔薇』恩田陸)
・3人の老人たちの自殺が浮き彫りにする「日常」(『ひとりでカラカサさしてゆく』江國香織)
・ミステリーの新たな世界観を広げる! 弁理士が主人公の物語(『特許やぶりの女王 弁理士・大鳳未来』南原詠)
・大切な人が自殺した――遺された者が見つけた生きる理由(『世界の美しさを思い知れ』額賀澪)
・生きづらさを嘆くだけでは何も始まらない。未来を切り開くため「ブラックボックス」を開く(『ブラックボックス』砂川文次)
・筋肉文学? いや、ひとりの女性の“目覚め”の物語だ(『我が友、スミス』石田夏穂)
・腐女子の世界を変えたのは、ひとりの美しい死にたいキャバ嬢だった(『ミーツ・ザ・ワールド』金原ひとみ)
・人生はうまくいかない。けれど絶望する必要はないと教えてくれる物語たち。(『砂嵐に星屑』一穂ミチ)
・明治の東海道を舞台としたデスゲーム。彼らがたどり着くのは未来か、滅びか。(『イクサガミ 天』今村翔吾)
・自分の友達が原因で妹が事故に遭った。ぎこちなくなった家族の未来は?(『いえ』小野寺史宜)
・ある日突然、愛する人が存在ごと世界から消えてしまったとしたら?(『世界が青くなったら』武田綾乃)
・あり得ない! 事件を一晩で解決する弁護士・剣持麗子、見参。(『剣持麗子のワンナイト推理』新川帆立)
・想いは変わらない……夫婦が織りなす色あせない「恋愛」(『求めよ、さらば』奥田亜希子)
・別れ、挫折、迷い。それぞれが「使命」を見つけるまでの物語(『タラント』角田光代)
・骨太リーガルミステリが問いかける。正義とは正しいのか。(『刑事弁護人』薬丸岳)
・思うようにいかない人生に、前を向く勇気をくれる一冊。(『オオルリ流星群』伊与原新)
・読んでいる者の本性を暴く? 爆発を予言する男との息詰まる舌戦!(『爆弾』呉勝浩)
・リアルとフィクションが肉薄……緻密な取材が導き出す真実とは?(『朱色の化身』塩田武士)
・沖縄本土復帰直前に起こった100万ドル強奪事件! 琉球警察に未来が託される(『渚の螢火』坂上泉)
・舞台は公正取引委員会! ノンキャリ女性の奮闘劇(『競争の番人』新川帆立)
・思わず「オーレ!」と叫びたくなる! 新感覚の闘牛士×ミステリー(『情熱の砂を踏む女』下村敦史)
・孤独な青年が音楽教室を舞台に裏切りと奏でる喜びに揺れ動く(『ラブカは静かに弓を持つ』安壇美緒)
・少し苦いけれど、ハッピーになれる現代のおとぎ話(『マイクロスパイ・アンサンブル』伊坂幸太郎)
・愛と別れを経て人は強くなる。孤独と寂しさを乗り越える物語。(『夜に星を放つ』窪美澄)
・映画界を舞台に躍動する女性たち…挫折と希望のお仕事物語(『スタッフロール』深緑野分)