沖縄本土復帰直前に起こった100万ドル強奪事件! 琉球警察に未来が託される

文字数 4,551文字

話題の作品が気になるけど、忙しくて全部は読めない!

そんなあなたに、話題作の中身を3分でご紹介。

ぜひ忙しい毎日にひとときの癒やしを与えてくれる、お気に入りの作品を見つけてください。

今回の話題作

坂上泉『渚の螢火』

文・構成:ふくだりょうこ

■POINT

・沖縄本土復帰直前に起こった事件とは?

・自分は何者なのか、を問いかける

・戦争が作り出した悲しみ

■沖縄本土復帰直前に起こった事件とは?


「この島は、嘘みたいなことばかりだ」


青い空、青い海。東京から2時間強のリゾート地のひとつ、沖縄。現実から逃避したくて、訪れる人も多いだろう。しかし、沖縄には忘れてはならない歴史がある。


坂上泉による書き下ろし小説『渚の螢火』。舞台となるのは1972年4月の沖縄。本土復帰の直前のことだ。

主人公は、琉球警察の真栄田太一。警視庁に出向していたが、本土復帰直前に那覇にある本部に戻ってきた。

しかし、その直後、大きな事件が起こる。沖縄で流通しているドル札を回収していた銀行の現金輸送車が襲われたのだ。強奪されたのは100万ドル。日本円にして3億6千万円。

警察を総動員して、犯人を捕まえ、金を取り戻す……というわけにはいかなかった。


「日本政府は沖縄返還交渉で、円と交換した米ドルを完全な状態で欠損なくアメリカ側に引き渡す約束をしている」


つまり、100万ドルを奪われたことで、この約束を履行できないとなると、外交問題に発展する。アメリカ政府はもちろん、日本政府、琉球署内にもバレるわけにはいかない。

琉球警察上層部は、真栄田を含めた数人で事件を解決するように命じる。タイムリミットは、本土復帰の5月15日まで。たった2週間しかない。

■自分は何者なのか、を問いかける


主人公の真栄田は琉球警察で白い目を向けられていた。警視庁への出向、沖縄人らしくない風貌のせいもある。中には内地のスパイなどと言う者もいた。また、当の真栄田自身は、沖縄本島ではなく八重山の育ちだ。沖縄になじめず、だからと言って本土にも馴染むことはできない。

読んでいてハッとしたのだが、当時は本土に行くにはパスポートが必要になる。

日本語を話しているのに、ドル札で買い物をするのは変な感じだと真栄田の妻が言うが、この物語の中では、日本から見ると沖縄は外国なのだ。

沖縄で生まれ育った人たちがいて、沖縄本島の外から来る日本人もいて、そしてアメリカ人もいる。決して広いとは言えない島の中でさまざまな人種が暮らし、「戦後」が色濃く残る中で真栄田は自分の居場所を探し続けている。


ただ、真栄田には揺るがないものがある。自分は警察官であるということ。誰を、何を守りたいのかはわからない。しかし、警察官である事実だけを軸に彼は捜査を続ける。

■自分は何者なのか、を問いかける


主人公の真栄田は琉球警察で白い目を向けられていた。警視庁への出向、沖縄人らしくない風貌のせいもある。中には内地のスパイなどと言う者もいた。また、当の真栄田自身は、沖縄本島ではなく八重山の育ちだ。沖縄になじめず、だからと言って本土にも馴染むことはできない。

読んでいてハッとしたのだが、当時は本土に行くにはパスポートが必要になる。

日本語を話しているのに、ドル札で買い物をするのは変な感じだと真栄田の妻が言うが、この物語の中では、日本から見ると沖縄は外国なのだ。

沖縄で生まれ育った人たちがいて、沖縄本島の外から来る日本人もいて、そしてアメリカ人もいる。決して広いとは言えない島の中でさまざまな人種が暮らし、「戦後」が色濃く残る中で真栄田は自分の居場所を探し続けている。


ただ、真栄田には揺るがないものがある。自分は警察官であるということ。誰を、何を守りたいのかはわからない。しかし、警察官である事実だけを軸に彼は捜査を続ける。

■戦争が作り出した悲しみ


真栄田のように、本土の大学に留学した者は少ない。進学率がそもそも低かった。恵まれている環境と言えるのかもしれない。

第二次世界大戦で多くのものが奪われた沖縄。戦後、極貧に晒された者たちが多くいた。男性は米軍基地へ侵入し、物資を奪略、それを闇市で売ったり、仲間に渡したりしていた。それは自分たちから全て奪った米軍への復讐でもあった。

女性は体を売り、金を稼ぐ。生きるためにできることをする。その中で襲われたり、殺される女性も少なくなかった。戦後という異常な状況下で、人の倫理観などは正常に働かない。身を守りたいなら体を売らなければいいというかもしれない。しかし、そうすると生きていけないのだ。その中で大切な人を奪われ、復讐に心を燃やす者もいた。100万ドル強奪事件も戦後の延長線で起こった事件だった。さまざまな人の憎しみや、虚栄心が入り混じり、事件は複雑になっていく。本当は、戦争さえ起こらなければ――。


戦争は奪っていくばかりで何も生まない。それどころか、未来にまで影を落とす。悲しみを生み、憎しみを繰り返す。それを知っているのに、どうして戦争は繰り返されるのか。戦争の痛みを忘れ、権力に目がくらむからか。それとも、戦いは人間の本能なのか。

ひとつ言えることは、戦争によって作り出される苦しみと悲しみを忘れてはならないということだ。

作中で描かれたのは、たったの2週間。その2週間でも、いやというほど苦しみが伝わる。戦後、焦土となった土地では、日々生きることが苦しみと隣り合わせなのかもしれない。

今回紹介した本は

『渚の螢火』

坂上泉

双葉社

1870円(1700円+消費税10%)

「忙しい人のための3分で読める話題作書評」バックナンバー

「推しって一体何?」へのアンサー(『推し、燃ゆ』宇佐見りん)

「多様性」という言葉の危うさ(『正欲』朝井リョウ)

孤独の中で生きた者たちが見つけた希望の光(『52ヘルツのクジラたち』町田そのこ)

お金大好き女性弁護士が、遺言状の謎に挑む爽快ミステリー(『元彼の遺言状』新川帆立)

2つの選択肢で惑わせる 世にも悪趣味な実験(『スイッチ 悪意の実験』潮谷験)

「ふつう」も「日常」も尊いのだと叫びたい(『エレジーは流れない』三浦しをん)

ゴッホはなぜ死んだのか 知識欲くすぐるミステリー(『リボルバー』原田マハ)

絶望の未来に希望を抱かざるを得ない物語の説得力(『カード師』中村文則)

黒田官兵衛と信長に叛旗を翻した謀反人の意図とは?(『黒牢城』米澤穂信)

恋愛が苦手な人こそ読んでほしい。動物から学ぶ痛快ラブコメ!(『パンダより恋が苦手な私たち』瀬那 和章)

高校の部活を通して報道のあり方を斬る(『ドキュメント』湊かなえ)

現代社会を映す、一人の少女と小さな島の物語(『彼岸花が咲く島』李 琴峰)

画鬼・河鍋暁斎を父にもったひとりの女性の生き様(『星落ちて、なお』澤田瞳子)

ミステリ好きは読むべき? いま最もミステリ愛が詰め込まれた一作(『硝子の塔の殺人』知念実希人

人は人を育てられるのか? 子どもと向き合う大人の苦悩(『まだ人を殺していません』小林由香)

猫はかわいい。それだけでは終われない、猫と人間の人生(『みとりねこ』有川ひろ)

指1本で人が殺せる。SNSの誹謗中傷に殺されかけた者の復活。(『死にたがりの君に贈る物語』綾崎隼)

“悪手”は誰もが指す。指したあとにあなたならどうするのか。(『神の悪手』芦沢央)

何も信用できなくなる。最悪の読後感をどうとらえるか。(『花束は毒』織守きょうや)

今だからこそ改めて看護師の仕事について知るべきなのではないか。(『ヴァイタル・サイン』南杏子)

「らしさ」を押し付けられた私たちに選ぶ権利はないのか(『川のほとりで羽化するぼくら』彩瀬まる)

さまざまな「寂しさ」が詰まった、優しさと希望が感じられる短編集(『かぞえきれない星の、その次の星』重松清)

ゾッとする、気分が落ち込む――でも読むのを止められない短編集(『カミサマはそういない』深緑野分)

社会の問題について改めて問いかける 無戸籍をテーマとしたミステリー作品(『トリカゴ』辻堂ゆめ)

2つの顔を持つ作品たち 私たちは他人のことを何も知らない(『ばにらさま』山本文緒

今を変えなければ未来は変わらない。現代日本の問題をストレートに描く(『夜が明ける』西加奈子)

自分も誰かに闇を押し付けるかもしれない。本物のホラーは日常に潜んでいる(『闇祓』辻村深月)

ひとりの女が会社を次々と倒産させることは可能なのか?痛快リーガルミステリー(『倒産続きの彼女』新川帆立)

絡み合う2つの物語 この世に本物の正義はあるのか(『ペッパーズ・ゴースト』伊坂幸太郎)

新たな切り口で戦国を描く。攻め、守りの要は職人たちだった――(『塞王の楯』今村翔吾)

鍵を握るのは少女たち――戦争が彼女たちに与えた憎しみと孤独と絆(『同志少女よ、敵を撃て』逢坂冬馬)

運命ではない。けれど、ある芸人との出会いがひとりの女性を変えた。(『パラソルでパラシュート』一穂ミチ

吸血鬼が受け入れられている世界に生きる少女たちの苦悩を描く(『愚かな薔薇』恩田陸)

3人の老人たちの自殺が浮き彫りにする「日常」(『ひとりでカラカサさしてゆく』江國香織)

ミステリーの新たな世界観を広げる! 弁理士が主人公の物語(『特許やぶりの女王 弁理士・大鳳未来』南原詠)

大切な人が自殺した――遺された者が見つけた生きる理由(『世界の美しさを思い知れ』額賀澪)

生きづらさを嘆くだけでは何も始まらない。未来を切り開くため「ブラックボックス」を開く(『ブラックボックス』砂川文次)

筋肉文学? いや、ひとりの女性の“目覚め”の物語だ(『我が友、スミス』石田夏穂)

腐女子の世界を変えたのは、ひとりの美しい死にたいキャバ嬢だった(『ミーツ・ザ・ワールド』金原ひとみ)

人生はうまくいかない。けれど絶望する必要はないと教えてくれる物語たち。(『砂嵐に星屑』一穂ミチ)

明治の東海道を舞台としたデスゲーム。彼らがたどり着くのは未来か、滅びか。(『イクサガミ 天』今村翔吾)

自分の友達が原因で妹が事故に遭った。ぎこちなくなった家族の未来は?(『いえ』小野寺史宜)

ある日突然、愛する人が存在ごと世界から消えてしまったとしたら?(『世界が青くなったら』武田綾乃)

あり得ない! 事件を一晩で解決する弁護士・剣持麗子、見参。(『剣持麗子のワンナイト推理』新川帆立)

想いは変わらない……夫婦が織りなす色あせない「恋愛」(『求めよ、さらば』奥田亜希子)

別れ、挫折、迷い。それぞれが「使命」を見つけるまでの物語(『タラント』角田光代)

骨太リーガルミステリが問いかける。正義とは正しいのか。(『刑事弁護人』薬丸岳)

思うようにいかない人生に、前を向く勇気をくれる一冊。(『オオルリ流星群』伊与原新)

読んでいる者の本性を暴く? 爆発を予言する男との息詰まる舌戦!(『爆弾』呉勝浩)

リアルとフィクションが肉薄……緻密な取材が導き出す真実とは?(『朱色の化身』塩田武士)

・沖縄本土復帰直前に起こった100万ドル強奪事件! 琉球警察に未来が託される(『渚の螢火』坂上泉)

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