恋人がいるだけで世界が変わる? そのパワーはどこから湧き上がるのか

文字数 2,318文字

話題の作品が気になるけど、忙しくて全部は読めない!

そんなあなたに、話題作の中身を3分でご紹介。

ぜひ忙しい毎日にひとときの癒やしを与えてくれる、お気に入りの作品を見つけてください。

今回の話題作

佐川恭一『清朝時代にタイムスリップしたので科挙ガチってみた』

文・構成:ふくだりょうこ

■POINT

・男たちが目指すものとは

・凄まじい「エロ」への執念

・やっぱり何かに熱くなれるのは素晴らしい

■男たちが目指すものとは


「何かを目指して必死になることの尊さは身に染みてわかった気がする」


その「目指している」ものが同級生の描いたエロマンガだったとしても。なんだっていいのだ、必死になれるものを見つけられること自体が尊いのだ。多分。


佐川恭一による短編集『清朝時代にタイムスリップしたので科挙ガチってみた』。

英俊は超難関高校に通ういわゆる「天才」タイプの男子。彼女はいない。ある日、下校途中に、ケンカをしているカップルに遭遇。その女性のパンツがチラチラとスカートから覗く。どうにかしてその様子を目に焼き付けたいと夢中になっているうちに、英俊はデコトラに跳ねられてしまう。次に目を覚ました彼がいたのは清朝。そこである不埒な目的を達成するために、彼は科挙に人生をかけることにする……というのが表題作である『清朝時代にタイムスリップしたので科挙ガチッてみた』。

そのほか、同級生が描く上手すぎるエロ漫画を読むために、クラスの男子たちがマラソン大会での優勝を目指す『少年激走録』。30歳になるまでに童貞を卒業したい男性が予行演習のためにファッションヘルスへと向かうが、想定外にヘルスで……という『スターライトバレスパート2』など全9話の短編から成る。

■凄まじい「エロ」への執念


『清朝時代に~』で英俊が科挙を目指す理由が本当に不埒である。どのように不埒なのかは、ぜひ本書を読んで確かめてほしいのだが、「それ」が難関の科挙をクリアする原動力になる。

そんな特異な男子は英俊ぐらいだろう、と思ってほかの短編を読み進めると、英俊ほどではないにせよ、エロへの執着が凄まじい。

『少年激走録』もそうだし、『スターライトバレスパート2』や『すばる文学賞三次通過の女』なども「男子ってこういうことを考えているのだな」ということが分かる。「男子」でひとまとめにして良いものかは悩むところだが。『スターライトバレスパート2』の主人公は20代後半だが、『少年激走録』に登場する中学生たちとさほど変わらない気がする。結局、男子はずっと男子なままなのだろう、と微笑ましく感じられるかもしれない。

■やっぱり何かに熱くなれるのは素晴らしい


本作のページ数は200強といったところなのだが、ものすごく濃密だ。1編ごとに込められた情熱と勢い、情報量が多い。1編読んだだけで300ページぐらいの長編を読んだような気分になる。どうしてそんな気分になるのかと考えてみたのだが、ずっと情熱をぶつけられているからかもしれない。熱すぎる情熱をぶつけられ続けると、圧倒されてしまう。その主たるものが例えエロだとしても。

登場人物たちはそれぞれ自分が望むエロだったり、恋だったりをなかなか手に入れることができずに苦悩する。それは尋常な苦悩の仕方ではない。だからだろうか、何か達成できたときに素直に「よかったね」と思ってしまう。得たいものに向かって邁進し、ズルをせずに手に入れようとしている。たとえ、人間としてはあまり良くない言動だったとしても、「ほしい」という気持ちに素直に、ぎりぎり法に触れない手段(いやこれは言い過ぎか)で勝負をしているというか……。

こんなふうに何かに夢中になれることはやはり素晴らしいのかもしれない。こういう熱さもおもしろいよね、と新たな情熱の物語として受け止めたい。

今回紹介した本は

『清朝時代にタイムスリップしたので科挙ガチってみた』

佐川恭一

集英社

1870円(1700円+消費税10%)

「忙しい人のための3分で読める話題作書評」バックナンバー

みんなで金持ちになれたらどんなにいいだろう。財布にまつわるエトセトラ(『財布は踊る』原田ひ香)

大人びた高校生たちの魅力があふれる青春ミステリ(『栞と嘘の季節』米澤穂信)

未解決事件を巡り奔走する警察、嗤う犯人……事件の悪夢は終わるのか(『リバー』奥田英朗)

映画と小説の世界がリンクし、新たな鈴芽の旅が楽しめる(『すずめの戸締り』新海誠)

嘘がつきたくなるほど大切な友との真実を見つける旅(『嘘つきなふたり』武田綾乃)

たった1週間の旅が女性たちの本音を赤裸々にする(『ペーパー・リリイ』佐原ひかり)

全てを分かり合うことはできない。家族も、夫婦も違う体を生きている。(『かんむり』彩瀬まる)

私もいつか「老害の人」? 人生はやりたいようにやったもの勝ち(『老害の人』内館牧子)

舞台はクイズ番組! クイズを解きながら、謎を解く新感覚小説(『君のクイズ』小川哲)

猛烈に憧れを抱かざるを得ない、まぶしいほどの美しい愛を描いた傑作(『光のとこにいてね』一穂ミチ)

嘘が現実をややこしくする……子どもたちが身を守るためについた嘘とは(『バールの正しい使い方』青本雪平)

祖父と孫娘と、ふたりが紡ぐ人生とミステリー(『名探偵のままでいて』小西マサテル)

こんな法律はイヤだ! パラレル「レイワ」を舞台に描くもしもの世界(『令和その他のレイワにおける健全な反逆に関する架空六法』新川帆立)

恋人がいるだけで世界が変わる? そのパワーはどこから湧き上がるのか(『清朝時代にタイムスリップしたので科挙ガチってみた』佐川恭一)

登場人物紹介

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