嘘がつきたくなるほど大切な友との真実を見つける旅

文字数 4,991文字

話題の作品が気になるけど、忙しくて全部は読めない!

そんなあなたに、話題作の中身を3分でご紹介。

ぜひ忙しい毎日にひとときの癒やしを与えてくれる、お気に入りの作品を見つけてください。

今週の話題作

武田綾乃『嘘つきなふたり』

文・構成:ふくだりょうこ

■POINT

・旧友との再会、逃亡

・思い出を作るための秘密の京都旅

・子どもの世界を支配する大人たち

■旧友との再会、逃亡


「私は、脅威なの」


なかなか、自分では発しないセリフだ。しかし、そこには「自分が脅威の存在であってほしい」という切実な願いが隠されていた。


武田綾乃の新作書き下ろし「嘘つきなふたり」。


東京に上京してひとり、寮で暮らしている19歳の朝日光。ある日、小学校の同級生・長谷川琴葉と7年ぶりに偶然再会する。

積極的な琴葉に押されるようにして、休日に会うことになった光。時を同じくして、小学校の頃の担任・中山が川に転落、溺死したというニュースを受け取る。

動揺している光に琴葉は言う。

「私が先生を殺したの」

そして、一緒に逃げてほしい、と。

動揺を抱えつつ、光は琴葉の頼みを受け入れる。

光と一緒に行けなかった小学校の修学旅行をやり直したいという琴葉の言葉から、逃亡先は京都に決まる。

逃亡の末に、ふたりが手に入れた真実とは。

■思い出を作るための秘密の京都旅


物語は、30歳を目前にした光が小学校の同級生で当時学級委員だった小川美帆から同窓会の知らせを受けるところから始まる。美帆は光を誘っただけではなく、「琴葉にも同窓会の連絡をしてほしい」と頼む。このやりとりから、琴葉が担任殺しで逮捕されていないことが分かる。では、なぜ琴葉は自分が担任を殺したなどと言ったのだろうか。殺害が露呈しなかったのか。

光が19歳の頃を回想する形でストーリーは進んでいく。

小学校の頃の光と琴葉はどんな子どもだったのか、どんな関係だったのか。そこが紐解かれることによって、光が琴葉の頼みを受け入れた理由が見えてくる。


真面目な光と型にハマることを嫌がっているようにも見える琴葉。2人は正反対の性格だが、互いにそれを疎ましく思っている様子はない。「こういう人もいるんだな」「そういう考え方もあるんだな」と性格の違いを受け入れ、むしろ少し面白がっているようにさえ見える。

そんな2人の京都旅行は琴葉が持っていた修学旅行のしおり通りに進んでいく。堅苦しいように見えて、どこか自由を謳歌しているように見える2人の姿はとても健やかなものに見える。

でも、光も琴葉もある嘘を抱えていた。それは互いに好意があるからこその嘘だった。

■子どもの世界を支配する大人たち


彼女たちを取り巻く大人たちにフォーカスされると急に息苦しさが感じられるようになる。光の母親は光が東大に入り弁護士になることを夢見ている。そのために遊びや恋愛を光から徹底的に奪い、勉強だけに集中させるようにしていた。上京してからも、メールで勉強の進捗を確認するほどだ。

そして、物語の中心人物と言っても過言ではないのが2人の小学校のときの担任・中山だ。見た目も良く、生徒たちからも人気があった。その中で琴葉は鋭い視線を向け、彼にもクラスにも馴染もうとしない。当時、琴葉が馴染むことができたのは光だけ。良い先生であるはずの中山に、なぜ琴葉は敵意をむき出しにするのか。その真実は物語の後半に明かされるのだが、読んでいる大人はなんとなく感じるはずだ。中山から発せられるそこはかとない胡散臭さ。頑張って子どもたちの理想になれるような大人を演じているけれど、違和感がある。

中山の上っ面に子どもが騙されている、というよりは、子どもにとって大人は世界の中で大きな存在なのだ。逆らってはならない存在。親も然り。

大人だってたくさん嘘はついているのに、子どもが嘘をつくことは許さない。子どもから大人になる過程で光たちが抱えていた「嘘」は自分の心を守るために必要なものだった。その嘘から解放された瞬間、2人は大切なものを手に入れることになる。

タイトルに「嘘つき」とあるけれど、時には必要な嘘もある。

今回紹介した本は

武田綾乃『嘘つきなふたり』

KADOKAWA

1650円(1500円+消費税10%)

「忙しい人のための3分で読める話題作書評」バックナンバー

「推しって一体何?」へのアンサー(『推し、燃ゆ』宇佐見りん)

「多様性」という言葉の危うさ(『正欲』朝井リョウ)

孤独の中で生きた者たちが見つけた希望の光(『52ヘルツのクジラたち』町田そのこ)

お金大好き女性弁護士が、遺言状の謎に挑む爽快ミステリー(『元彼の遺言状』新川帆立)

2つの選択肢で惑わせる 世にも悪趣味な実験(『スイッチ 悪意の実験』潮谷験)

「ふつう」も「日常」も尊いのだと叫びたい(『エレジーは流れない』三浦しをん)

ゴッホはなぜ死んだのか 知識欲くすぐるミステリー(『リボルバー』原田マハ)

絶望の未来に希望を抱かざるを得ない物語の説得力(『カード師』中村文則)

黒田官兵衛と信長に叛旗を翻した謀反人の意図とは?(『黒牢城』米澤穂信)

恋愛が苦手な人こそ読んでほしい。動物から学ぶ痛快ラブコメ!(『パンダより恋が苦手な私たち』瀬那 和章)

高校の部活を通して報道のあり方を斬る(『ドキュメント』湊かなえ)

現代社会を映す、一人の少女と小さな島の物語(『彼岸花が咲く島』李 琴峰)

画鬼・河鍋暁斎を父にもったひとりの女性の生き様(『星落ちて、なお』澤田瞳子)

ミステリ好きは読むべき? いま最もミステリ愛が詰め込まれた一作(『硝子の塔の殺人』知念実希人

人は人を育てられるのか? 子どもと向き合う大人の苦悩(『まだ人を殺していません』小林由香)

猫はかわいい。それだけでは終われない、猫と人間の人生(『みとりねこ』有川ひろ)

指1本で人が殺せる。SNSの誹謗中傷に殺されかけた者の復活。(『死にたがりの君に贈る物語』綾崎隼)

“悪手”は誰もが指す。指したあとにあなたならどうするのか。(『神の悪手』芦沢央)

何も信用できなくなる。最悪の読後感をどうとらえるか。(『花束は毒』織守きょうや)

今だからこそ改めて看護師の仕事について知るべきなのではないか。(『ヴァイタル・サイン』南杏子)

「らしさ」を押し付けられた私たちに選ぶ権利はないのか(『川のほとりで羽化するぼくら』彩瀬まる)

さまざまな「寂しさ」が詰まった、優しさと希望が感じられる短編集(『かぞえきれない星の、その次の星』重松清)

ゾッとする、気分が落ち込む――でも読むのを止められない短編集(『カミサマはそういない』深緑野分)

社会の問題について改めて問いかける 無戸籍をテーマとしたミステリー作品(『トリカゴ』辻堂ゆめ)

2つの顔を持つ作品たち 私たちは他人のことを何も知らない(『ばにらさま』山本文緒

今を変えなければ未来は変わらない。現代日本の問題をストレートに描く(『夜が明ける』西加奈子)

自分も誰かに闇を押し付けるかもしれない。本物のホラーは日常に潜んでいる(『闇祓』辻村深月)

ひとりの女が会社を次々と倒産させることは可能なのか?痛快リーガルミステリー(『倒産続きの彼女』新川帆立)

絡み合う2つの物語 この世に本物の正義はあるのか(『ペッパーズ・ゴースト』伊坂幸太郎)

新たな切り口で戦国を描く。攻め、守りの要は職人たちだった――(『塞王の楯』今村翔吾)

鍵を握るのは少女たち――戦争が彼女たちに与えた憎しみと孤独と絆(『同志少女よ、敵を撃て』逢坂冬馬)

運命ではない。けれど、ある芸人との出会いがひとりの女性を変えた。(『パラソルでパラシュート』一穂ミチ

吸血鬼が受け入れられている世界に生きる少女たちの苦悩を描く(『愚かな薔薇』恩田陸)

3人の老人たちの自殺が浮き彫りにする「日常」(『ひとりでカラカサさしてゆく』江國香織)

ミステリーの新たな世界観を広げる! 弁理士が主人公の物語(『特許やぶりの女王 弁理士・大鳳未来』南原詠)

大切な人が自殺した――遺された者が見つけた生きる理由(『世界の美しさを思い知れ』額賀澪)

生きづらさを嘆くだけでは何も始まらない。未来を切り開くため「ブラックボックス」を開く(『ブラックボックス』砂川文次)

筋肉文学? いや、ひとりの女性の“目覚め”の物語だ(『我が友、スミス』石田夏穂)

腐女子の世界を変えたのは、ひとりの美しい死にたいキャバ嬢だった(『ミーツ・ザ・ワールド』金原ひとみ)

人生はうまくいかない。けれど絶望する必要はないと教えてくれる物語たち。(『砂嵐に星屑』一穂ミチ)

明治の東海道を舞台としたデスゲーム。彼らがたどり着くのは未来か、滅びか。(『イクサガミ 天』今村翔吾)

自分の友達が原因で妹が事故に遭った。ぎこちなくなった家族の未来は?(『いえ』小野寺史宜)

ある日突然、愛する人が存在ごと世界から消えてしまったとしたら?(『世界が青くなったら』武田綾乃)

あり得ない! 事件を一晩で解決する弁護士・剣持麗子、見参。(『剣持麗子のワンナイト推理』新川帆立)

想いは変わらない……夫婦が織りなす色あせない「恋愛」(『求めよ、さらば』奥田亜希子)

別れ、挫折、迷い。それぞれが「使命」を見つけるまでの物語(『タラント』角田光代)

骨太リーガルミステリが問いかける。正義とは正しいのか。(『刑事弁護人』薬丸岳)

思うようにいかない人生に、前を向く勇気をくれる一冊。(『オオルリ流星群』伊与原新)

読んでいる者の本性を暴く? 爆発を予言する男との息詰まる舌戦!(『爆弾』呉勝浩)

リアルとフィクションが肉薄……緻密な取材が導き出す真実とは?(『朱色の化身』塩田武士)

沖縄本土復帰直前に起こった100万ドル強奪事件! 琉球警察に未来が託される(『渚の螢火』坂上泉)

舞台は公正取引委員会! ノンキャリ女性の奮闘劇(『競争の番人』新川帆立)

思わず「オーレ!」と叫びたくなる! 新感覚の闘牛士×ミステリー(『情熱の砂を踏む女』下村敦史)

孤独な青年が音楽教室を舞台に裏切りと奏でる喜びに揺れ動く(『ラブカは静かに弓を持つ』安壇美緒)

少し苦いけれど、ハッピーになれる現代のおとぎ話(『マイクロスパイ・アンサンブル』伊坂幸太郎)

愛と別れを経て人は強くなる。孤独と寂しさを乗り越える物語。(『夜に星を放つ』窪美澄)

映画界を舞台に躍動する女性たち…挫折と希望のお仕事物語(『スタッフロール』深緑野分)

宇佐美りんが描く、生々しい家族の慟哭(『くるまの娘』宇佐美りん)

食を通じて暴かれる? 人間の本性とは。(『おいしいごはんが食べられますように』高瀬隼子)

こんな世界で暮らしたくない……でもやがて来るかもしれない世界に背筋が凍る(『信仰』村田沙耶香)

誰も信用できない、意外な着地点……予想外の展開が爽快!(『入れ子細工の夜』阿津川辰海)

これが令和のミステリ作品。リアルな設定にゾッとする。(『#真相をお話しします』結城真一郎)

好きな人と一緒にいたい…その想いがままならないもどかしさ(『汝、星のごとく』凪良ゆう)

私たちは意図せず詐欺に加担しているかもしれないという恐怖(『嘘つきジェンガ』辻村深月)

人間の表と裏を描く令和の人間模様(『嫌いなら呼ぶなよ』綿矢りさ)

80年前の写真が現代に語りかける戦争の記憶(『モノクロの夏に帰る』額賀澪)

強くなりたい。将棋の世界ではそれが全てだった。(『ぼくらに嘘がひとつだけ』綾崎隼)

地下建築に閉じ込められた9人――極限の状況が暴く人間の本性(『方舟』夕木春央)

ルンタッタ、ルンタッタと笑いたい人たちの物語(『浅草ルンタッタ』劇団ひとり)

みんなで金持ちになれたらどんなにいいだろう。財布にまつわるエトセトラ(『財布は踊る』原田ひ香)

大人びた高校生たちの魅力があふれる青春ミステリ(『栞と嘘の季節』米澤穂信)

未解決事件を巡り奔走する警察、嗤う犯人……事件の悪夢は終わるのか(『リバー』奥田英朗)

映画と小説の世界がリンクし、新たな鈴芽の旅が楽しめる(『すずめの戸締り』新海誠)

嘘がつきたくなるほど大切な友との真実を見つける旅(『嘘つきなふたり』武田綾乃)

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