変わっていてどこか危なっかしい。そんなヒロインに誰もが目を離せなくなる。
文字数 2,699文字
話題の作品が気になるけど、忙しくて全部は読めない!
そんなあなたに、話題作の中身を3分でご紹介。
ぜひ忙しい毎日にひとときの癒やしを与えてくれる、お気に入りの作品を見つけてください。
今回の話題作
『オーラの発表会』綿矢りさこの記事の文字数:1,630字
読むのにかかる時間:約3分16秒
文・構成:ふくだりょうこ
■POINT
・ひとりの女子大生を中心に描くキャンパスストーリー
・いかに海松子は変わっているのか
・海松子は恋を知ることができるのか
■ひとりの女子大生を中心に描くキャンパスストーリー
「今この瞬間も知らぬうちに瞬きして、身体じゅうどこも痛くならずに座っていられるのは、ものすごい奇跡だ」
そんなことを考え出すと確かに、呼吸の仕方がよくわからなくなってしまう。吸って、吐いて……吸うってどうやるんだっけ? そんなことを主人公の海松子(みるこ)はずっと考えている。
綿矢りさの最新刊『オーラの発表会』。帯には「デビュー20周年」という文言があり、もうそんなにも時が経ったのか、と驚いてしまった。
今作の主人公は大学1年生の海松子だ。家から近い大学に進んだのに、両親からひとり暮らしをするように言い渡される。両親とはとても仲良く過ごしていて、居心地の良い場所だったのに、突然追い出されるように一人暮らしを決められてしまい、海松子は少し不安を感じる。
海松子はほんの少し、変わっている。趣味は凧揚げ、特技は脳内で周りの人にちょっと失礼なあだ名を脳内でつけること。
他人に興味が持てないし、気持ちを慮るのが苦手だ。話題のチョイスもうまくいかず、クラスメイトをしらけさせてしまう。基本はひとりでいることが多いが、唯一友人と呼べるのは高校からの同級生で海松子が脳内で“まね師”と呼ぶ萌音だけ。その割に幼馴染の男子、カッコイイ社会人からアプローチを受けている。しかし、当の海松子は「人を好きになる気持ちが分からないんです」と困惑気味で……
■いかに海松子は変わっているのか
どうしてそうなるのだ、と突っ込まずにはいられない。
とにかく、海松子がズレているのだ。それも派手に。
わかりやすいのが、物語冒頭に出てくる海松子と大学のクラスメイトとの会話だ。海松子は話を盛り上げようと、口臭で昼に何を食べたか当てるという特技を習得しようとしていた。それも、少し得意げに相手の昼食を当てる。女子大生が口臭で食べたものを当てられて何が嬉しいのか。いや、20代でも30代でも関係ない。その瞬間に口を堅く閉ざし、ソーシャルディスタンスを取ってしまうだろう。一事が万事、こうなのである。
ただ、憎めないのが、海松子がこれでも一生懸命なのだ。両親にひとり暮らしを言い渡されて寂しいし、飲み会に誘われれば行きたいし、親友だと思っていた萌音に冷たくされたら気に病む。変わっているけれど、普通。海松子を見ていると、形容し難い、歯がゆい気持ちになってくる。
■海松子は恋を知ることができるのか
そんな歯がゆい気持ちで海松子を見守っているのは読者だけではない。彼女を取り巻く人たちもそうだ。放っておけないのだ。
幼なじみの奏樹(脳内あだ名:七光殿)は小学生からずっと海松子に想いを寄せている。また、大学教授をしている海松子の父の教え子・諏訪(あだ名:サワクリ兄=一度抱きしめられたときにプリングルズのサワークリーム&オニオン味の匂いがしたから)からは「しばらく彼氏は作らないでいて」と言われる。
ときめく展開になりそうだが、海松子は好きという感情がよく分からないのでどうしようもできない。萌音からけしかけられても、困惑するばかりだ。
しかし、そんな海松子に男たちは焦りをにじませる。特に諏訪は、大学に入ったからにはすぐに彼氏ができてしまうのではないかと気が気ではない。奏樹も積極的ではないが、少しずつ海松子との距離を縮めようと悪戦苦闘する。そうしてようやく、海松子の眠っていた感情が揺り動かされていくわけだが……。
海松子を始め、大学生たちの様子はなんとも読んでいて照れくさい。自分が学生生活で目にした、もしくは自分にも近い経験があるからかもしれない。だからこそ、海松子がこれからどのような大学生活を送っていくのか気になってしかたがなくなってしまう。
果たして、海松子は人を好きになる気持ちを理解できるのか。恋をしたら変わるのか。ぜひ確認してみてほしい。
「忙しい人のための3分で読める話題作書評」バックナンバー
・「推しって一体何?」へのアンサー(『推し、燃ゆ』宇佐見りん)
・孤独の中で生きた者たちが見つけた希望の光(『52ヘルツのクジラたち』町田そのこ)
・お金大好き女性弁護士が、遺言状の謎に挑む爽快ミステリー(『元彼の遺言状』新川帆立)
・2つの選択肢で惑わせる 世にも悪趣味な実験(『スイッチ 悪意の実験』潮谷験)
・「ふつう」も「日常」も尊いのだと叫びたい(『エレジーは流れない』三浦しをん)
・ゴッホはなぜ死んだのか 知識欲くすぐるミステリー(『リボルバー』原田マハ)
・絶望の未来に希望を抱かざるを得ない物語の説得力(『カード師』中村文則)
・黒田官兵衛と信長に叛旗を翻した謀反人の意図とは?(『黒牢城』米澤穂信)
・恋愛が苦手な人こそ読んでほしい。動物から学ぶ痛快ラブコメ!(『パンダより恋が苦手な私たち』瀬那 和章)
・高校の部活を通して報道のあり方を斬る(『ドキュメント』湊かなえ)
・現代社会を映す、一人の少女と小さな島の物語(『彼岸花が咲く島』李 琴峰)
・画鬼・河鍋暁斎を父にもったひとりの女性の生き様(『星落ちて、なお』澤田瞳子)
・ミステリ好きは読むべき? いま最もミステリ愛が詰め込まれた一作(『硝子の塔の殺人』知念実希人)
・人は人を育てられるのか? 子どもと向き合う大人の苦悩(『まだ人を殺していません』小林由香)
・猫はかわいい。それだけでは終われない、猫と人間の人生(『みとりねこ』有川ひろ)
・指1本で人が殺せる。SNSの誹謗中傷に殺されかけた者の復活。(『死にたがりの君に贈る物語』綾崎隼)
・“悪手”は誰もが指す。指したあとにあなたならどうするのか。(『神の悪手』芦沢央)