ミステリ好きは読むべき? いま最もミステリ愛が詰め込まれた一作

文字数 2,512文字

話題の作品が気になるけど、忙しくて全部は読めない!

そんなあなたに、話題作の中身を3分でご紹介。

ぜひ忙しい毎日にひとときの癒やしを与えてくれる、お気に入りの作品を見つけてください。

今回の話題作

『硝子の塔の殺人』知念実希人
この記事の文字数:1,705字

読むのにかかる時間:約3分25秒

文・構成:ふくだりょうこ

■POINT

・職業も年齢も性別もバラバラな者たちが集められた理由とは

・主人公・遊馬の複雑な立ち位置

・ミステリ好きがミステリ好きのために書いた作品

■職業も年齢も性別もバラバラな者たちが集められた理由とは


「私はこの世の誰よりも、『名探偵』を求め続けてきた女なんだよ」


 自身が「名探偵」であることに異様にこだわる碧月夜。彼女に追い詰められていくのが、物語の主人公である一条遊馬だ。


 『硝子の塔の殺人』、著者は医師で小説家の知念実希人。

 舞台は、雪降る山奥に立つ円錐状のガラスの尖塔。いかにもミステリ作品の舞台になりそうな館に集うのは、館の主人である神津島太郎のもとに集まった9名の人物だ。

刑事の加々見剛、料理人の酒泉大樹、神津島の専属医である医師の一条遊馬、名探偵の碧月夜、メイドの巴円香、霊能力者の夢読水晶、ミステリ小説家の九流間行進、編集者の左京公介、執事の老田真三。

 酒泉、巴、老田真三、遊馬はもともと館に出入りしており、それ以外の5名は今回神津島に招待された人物である。いかにも何か起こりそうな肩書がズラリだ。

 神津島はその招待客たちを前にある重大な発表をしようとしていた。何を発表するつもりなのか、遊馬が神津島に問いかけると「世話になっている君になら」とこっそりと概要を教えられる。

 本格ミステリ作品の、未公開の長編を手に入れたということ。

 作品の問題編までを公開し、ゲストたちに解いてもらう予定だということ。

 しかし、その催しが行われることはなかった。神津島は遊馬によって「殺された」から。

■主人公・遊馬の複雑な立ち位置


 罪を暴かれたらしい遊馬が、中からは開けることができない館の展望室に閉じ込められているところがプロローグでは描かれている。

「俺は、どこで間違ったんだろうな……」

「……あの名探偵に出会ったときか」

 遊馬を精神的に追い詰めていく名探偵の月夜。非常識で、ミステリマニア。あまりにもミステリが好きすぎて、推理をしているときでさえもミステリ作品の話題に脱線してしまう。名探偵らしく(?)非常識で、あまりにも謎解きに没頭してしまうためほかのゲストからは疎ましく思われる。しかし、その推理力は確かなもので、あっという間に真相に近づいていく。

どうやって自分から疑いの目を逸らせるかに苦心していた遊馬だったが、絶体絶命だったはずの彼に好機が訪れる。彼が犯人ではない第2、第3の殺人事件が起こったのだ。

 犯人として追い詰められるはずだった遊馬は一転、犯人を捜す立場へと変わる。犯行が露呈するかもしれない、というハラハラ感と同時に、探偵としての視線で物語を追いかけていくことになる。

■ミステリ好きがミステリ好きのために書いた作品


 神津島を始め、ゲストたちもミステリ作品に精通した者ばかり。隙あらばミステリ作品の話題が出てくる。アガサ・クリスティ、アーサー・コナン・ドイル、エドガー・アラン・ポー、島田荘司、綾辻行人、有栖川有栖、北村薫etc.単に話題にのぼるだけではなく、彼らの作品の気配すらも感じられる。

 月夜が我を忘れるとすぐにミステリ論を展開させるのも要因のひとつだ。外部と連絡が取れない、移動手段のないクローズドサークルの典型的な状況になると「自分の部屋にこもると選択した登場人物はきまって殺される」などと言ったり、密室殺人だと分かれば「エドガー・アラン・ポーが『モルグ街の殺人』を発表してから、百数十年の歴史を持つ、伝統芸能と言っていいでしょう」と言う。

 このあたりは準備運動に過ぎない。ミステリが好きであればあるほど、散りばめられた小ネタにニヤリとしてしまうはず。そして、こんなにミステリの要素が詰まっているならば、用意されているのは生半可なトリックや推理であるはずがない、と知らず期待値は上がっていくのだ。

 こういったミステリ作品においては何を言ってもネタバレになるような気がしてならない。そのため、非常に困ってしまう。言えることがあるとすれば、月夜が誰より名探偵を求めてきた女であること、そして読んでいるときの違和感は読み終えるまで忘れないでほしいということだ。全ての謎が明らかになったとき、より強い爽快感を得られるはずだ。

今回紹介した本は……


硝子の塔の殺人

知念実希人

実業之日本社

1980円(1800円+消費税10%)

「忙しい人のための3分で読める話題作書評」バックナンバー

「推しって一体何?」へのアンサー(『推し、燃ゆ』宇佐見りん)

「多様性」という言葉の危うさ(『正欲』朝井リョウ)

孤独の中で生きた者たちが見つけた希望の光(『52ヘルツのクジラたち』町田そのこ)

お金大好き女性弁護士が、遺言状の謎に挑む爽快ミステリー(『元彼の遺言状』新川帆立)

2つの選択肢で惑わせる 世にも悪趣味な実験(『スイッチ 悪意の実験』潮谷験)

「ふつう」も「日常」も尊いのだと叫びたい(『エレジーは流れない』三浦しをん)

ゴッホはなぜ死んだのか 知識欲くすぐるミステリー(『リボルバー』原田マハ)

絶望の未来に希望を抱かざるを得ない物語の説得力(『カード師』中村文則)

黒田官兵衛と信長に叛旗を翻した謀反人の意図とは?(『黒牢城』米澤穂信)

恋愛が苦手な人こそ読んでほしい。動物から学ぶ痛快ラブコメ!(『パンダより恋が苦手な私たち』瀬那 和章)

高校の部活を通して報道のあり方を斬る(『ドキュメント』湊かなえ)

現代社会を映す、一人の少女と小さな島の物語(『彼岸花が咲く島』李 琴峰)

画鬼・河鍋暁斎を父にもったひとりの女性の生き様(『星落ちて、なお』澤田瞳子)

ミステリ好きは読むべき? いま最もミステリ愛が詰め込まれた一作(『硝子の塔の殺人』知念実希人

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