誰も信用できない、意外な着地点……予想外の展開が爽快!
文字数 4,375文字
話題の作品が気になるけど、忙しくて全部は読めない!
そんなあなたに、話題作の中身を3分でご紹介。
ぜひ忙しい毎日にひとときの癒やしを与えてくれる、お気に入りの作品を見つけてください。
阿津川辰海『入れ子細工の夜』
■POINT
・予測不能な短編ミステリー集
・登場人物が誰も信用できない
・こんなミステリーがあるのか
■予測不能な短編ミステリー集
「あなたは、あまり私立探偵っぽくないですね」
そういえば、私たちが思う「探偵」像はどこで作り上げられたものなのだろう。実際に探偵と会った人がどれぐらいいるのか。むしろ、探偵っぽくない人のほうが探偵に向いているのではないか。「っぽい」で縛られていると、本質を見逃すのかもしれない。
4つの短編からなる阿津川辰海の『入れ子細工の夜』。一筋縄ではいかないミステリーだ。
『危険な賭け~私立探偵・若槻晴海~』は古書街が舞台。私立探偵の若槻晴海はある1冊の本を探して喫茶店を訪れる。その喫茶店を起点に、晴海は本を見つけるため、古本屋を巡っていく。本には探し出さなければならない重要な秘密があった。
大学入試がテーマの『二〇二一年度入試という題の推理小説』。K大学に前代未聞の「犯人当て入試」が取れ入れられた。受験生はもちろんのこと、受験対策を行う塾、ミステリーファンにも動揺が走る。
表題作となっている『入れ子細工の夜』では、ある大物作家と若手作家の嘘と真実がコロコロと入れ替わる。実はそれはある小説を原作とした二人劇。しかし、その劇にはさらなる仕掛けがあった。
ラストは『六人の激昂マスクマン』。公民館に集まったのは学生プロレスの5人の覆面レスラーとリングアナウンサー。そこで殺人事件の犯人探しが始まるが、覆面をしているため、本人かどうかは分からない。誰が本物で、誰が偽物か。そして犯人は誰なのか。
予測不能の展開、と言うと大げさに感じてしまうかもしれない。が、この短編集は本当に先が予測できない。
■登場人物が誰も信用できない
正直に言うと、何を言ってもネタバレになってしまう気がする。
誰も信用できないし、自分が推理した犯人はことごとく外れる。いや、外すのは個人差があるだろうが、かなり、犯人を当てるのは難しいのではないか。
4つの物語のパターンはさまざまで、実はちりばめられているヒントに自分が気づかなかっただけ、という場合もある。
逆に、事件の犯人を見つけることが重要ではないケースがある。それぞれの物語が求めている結末は、自分が予測している結末とは違うのだ。なのに、「騙された!」という気持ちにならず、「そういうことか!」という爽快感が強い。
■こんなミステリーがあるのか!
『入れ子細工の夜』が作中劇の二人劇で物語が展開しているのも特徴的だが、『二〇二一年度入試という題の推理小説』はさらに入り組んでいる。
K大の「犯人当て入試」のニュースを取り上げた記事、日記、ブログ、SNSなどの文体で話が進んでいく。更には入試問題となる「ミステリー小説」も登場。その“入試問題”に対して別々の人物の回答が提示されているのも興味深い。なるほど、そういう考え方もあるのか、と唸らされる。そもそも、問題となったミステリー小説はプロの作家が書いたわけではない。穴があるため、見方が変われば行きつく犯人も異なる。そしてその穴があるミステリー小説を、プロの作家が計算した上で書いていると思うと、それもまた愉快だ。
『六人の激昂マスクマン』では覆面をしていることで、表情から得られる情報が全てカットされている。推理する者にとっては、重要なヒントが奪われている。しかし、より客観的に事件を推理できるという点では有利かもしれない。
犯人にたどり着くまでの過程、表現の仕方、そして結末。どれもミステリー作品としては新鮮で、また新しい可能性を見せてもらえる作品だ。
「忙しい人のための3分で読める話題作書評」バックナンバー
・「推しって一体何?」へのアンサー(『推し、燃ゆ』宇佐見りん)
・孤独の中で生きた者たちが見つけた希望の光(『52ヘルツのクジラたち』町田そのこ)
・お金大好き女性弁護士が、遺言状の謎に挑む爽快ミステリー(『元彼の遺言状』新川帆立)
・2つの選択肢で惑わせる 世にも悪趣味な実験(『スイッチ 悪意の実験』潮谷験)
・「ふつう」も「日常」も尊いのだと叫びたい(『エレジーは流れない』三浦しをん)
・ゴッホはなぜ死んだのか 知識欲くすぐるミステリー(『リボルバー』原田マハ)
・絶望の未来に希望を抱かざるを得ない物語の説得力(『カード師』中村文則)
・黒田官兵衛と信長に叛旗を翻した謀反人の意図とは?(『黒牢城』米澤穂信)
・恋愛が苦手な人こそ読んでほしい。動物から学ぶ痛快ラブコメ!(『パンダより恋が苦手な私たち』瀬那 和章)
・高校の部活を通して報道のあり方を斬る(『ドキュメント』湊かなえ)
・現代社会を映す、一人の少女と小さな島の物語(『彼岸花が咲く島』李 琴峰)
・画鬼・河鍋暁斎を父にもったひとりの女性の生き様(『星落ちて、なお』澤田瞳子)
・ミステリ好きは読むべき? いま最もミステリ愛が詰め込まれた一作(『硝子の塔の殺人』知念実希人)
・人は人を育てられるのか? 子どもと向き合う大人の苦悩(『まだ人を殺していません』小林由香)
・猫はかわいい。それだけでは終われない、猫と人間の人生(『みとりねこ』有川ひろ)
・指1本で人が殺せる。SNSの誹謗中傷に殺されかけた者の復活。(『死にたがりの君に贈る物語』綾崎隼)
・“悪手”は誰もが指す。指したあとにあなたならどうするのか。(『神の悪手』芦沢央)
・何も信用できなくなる。最悪の読後感をどうとらえるか。(『花束は毒』織守きょうや)
・今だからこそ改めて看護師の仕事について知るべきなのではないか。(『ヴァイタル・サイン』南杏子)
・「らしさ」を押し付けられた私たちに選ぶ権利はないのか(『川のほとりで羽化するぼくら』彩瀬まる)
・さまざまな「寂しさ」が詰まった、優しさと希望が感じられる短編集(『かぞえきれない星の、その次の星』重松清)
・ゾッとする、気分が落ち込む――でも読むのを止められない短編集(『カミサマはそういない』深緑野分)
・社会の問題について改めて問いかける 無戸籍をテーマとしたミステリー作品(『トリカゴ』辻堂ゆめ)
・2つの顔を持つ作品たち 私たちは他人のことを何も知らない(『ばにらさま』山本文緒)
・今を変えなければ未来は変わらない。現代日本の問題をストレートに描く(『夜が明ける』西加奈子)
・自分も誰かに闇を押し付けるかもしれない。本物のホラーは日常に潜んでいる(『闇祓』辻村深月)
・ひとりの女が会社を次々と倒産させることは可能なのか?痛快リーガルミステリー(『倒産続きの彼女』新川帆立)
・絡み合う2つの物語 この世に本物の正義はあるのか(『ペッパーズ・ゴースト』伊坂幸太郎)
・新たな切り口で戦国を描く。攻め、守りの要は職人たちだった――(『塞王の楯』今村翔吾)
・鍵を握るのは少女たち――戦争が彼女たちに与えた憎しみと孤独と絆(『同志少女よ、敵を撃て』逢坂冬馬)
・運命ではない。けれど、ある芸人との出会いがひとりの女性を変えた。(『パラソルでパラシュート』一穂ミチ)
・吸血鬼が受け入れられている世界に生きる少女たちの苦悩を描く(『愚かな薔薇』恩田陸)
・3人の老人たちの自殺が浮き彫りにする「日常」(『ひとりでカラカサさしてゆく』江國香織)
・ミステリーの新たな世界観を広げる! 弁理士が主人公の物語(『特許やぶりの女王 弁理士・大鳳未来』南原詠)
・大切な人が自殺した――遺された者が見つけた生きる理由(『世界の美しさを思い知れ』額賀澪)
・生きづらさを嘆くだけでは何も始まらない。未来を切り開くため「ブラックボックス」を開く(『ブラックボックス』砂川文次)
・筋肉文学? いや、ひとりの女性の“目覚め”の物語だ(『我が友、スミス』石田夏穂)
・腐女子の世界を変えたのは、ひとりの美しい死にたいキャバ嬢だった(『ミーツ・ザ・ワールド』金原ひとみ)
・人生はうまくいかない。けれど絶望する必要はないと教えてくれる物語たち。(『砂嵐に星屑』一穂ミチ)
・明治の東海道を舞台としたデスゲーム。彼らがたどり着くのは未来か、滅びか。(『イクサガミ 天』今村翔吾)
・自分の友達が原因で妹が事故に遭った。ぎこちなくなった家族の未来は?(『いえ』小野寺史宜)
・ある日突然、愛する人が存在ごと世界から消えてしまったとしたら?(『世界が青くなったら』武田綾乃)
・あり得ない! 事件を一晩で解決する弁護士・剣持麗子、見参。(『剣持麗子のワンナイト推理』新川帆立)
・想いは変わらない……夫婦が織りなす色あせない「恋愛」(『求めよ、さらば』奥田亜希子)
・別れ、挫折、迷い。それぞれが「使命」を見つけるまでの物語(『タラント』角田光代)
・骨太リーガルミステリが問いかける。正義とは正しいのか。(『刑事弁護人』薬丸岳)
・思うようにいかない人生に、前を向く勇気をくれる一冊。(『オオルリ流星群』伊与原新)
・読んでいる者の本性を暴く? 爆発を予言する男との息詰まる舌戦!(『爆弾』呉勝浩)
・リアルとフィクションが肉薄……緻密な取材が導き出す真実とは?(『朱色の化身』塩田武士)
・沖縄本土復帰直前に起こった100万ドル強奪事件! 琉球警察に未来が託される(『渚の螢火』坂上泉)
・舞台は公正取引委員会! ノンキャリ女性の奮闘劇(『競争の番人』新川帆立)
・思わず「オーレ!」と叫びたくなる! 新感覚の闘牛士×ミステリー(『情熱の砂を踏む女』下村敦史)
・孤独な青年が音楽教室を舞台に裏切りと奏でる喜びに揺れ動く(『ラブカは静かに弓を持つ』安壇美緒)
・少し苦いけれど、ハッピーになれる現代のおとぎ話(『マイクロスパイ・アンサンブル』伊坂幸太郎)
・愛と別れを経て人は強くなる。孤独と寂しさを乗り越える物語。(『夜に星を放つ』窪美澄)
・映画界を舞台に躍動する女性たち…挫折と希望のお仕事物語(『スタッフロール』深緑野分)
・宇佐美りんが描く、生々しい家族の慟哭(『くるまの娘』宇佐美りん)
・食を通じて暴かれる? 人間の本性とは。(『おいしいごはんが食べられますように』高瀬隼子)