こんな世界で暮らしたくない……でもやがて来るかもしれない世界に背筋が凍る
文字数 4,367文字
話題の作品が気になるけど、忙しくて全部は読めない!
そんなあなたに、話題作の中身を3分でご紹介。
ぜひ忙しい毎日にひとときの癒やしを与えてくれる、お気に入りの作品を見つけてください。
村田沙耶香『信仰』
■POINT
・信じることは尊いのか
・もしかしたら、あり得る世界
・私たちは今未来を作っている
■信じることは尊いのか
「お姉ちゃんの『現実』って、ほとんどカルトだよね」
カルトとはなんなのか、と考えさせられる。本来は「儀礼」「祭祀」の意味で、語源は「崇拝」、「礼拝」を意味するラテン語だという。それが現代になって変化してきた。「現実」も信じすぎ、誰かに押し付ければそれは「カルト」になるのかもしれない。
アメリカのシャーリィ・ジャクスン賞中編小説部門候補作にもなっている村田沙耶香の『信仰』。
表題作を含め、8本の短編小説とエッセイが収録されている。
『信仰』では、タイトル通り「信じること」がテーマとなっている。主人公の永岡は「現実こそが正しい」と強く信じており、好きな言葉は「原価いくら?」だ。原価以上の金額がつけられているものを買おうとする友達がいると「騙されている」と言って止める。ディズニーランドに行ったときは朝から晩までヒステリーだったという。
そんな永岡に、同級生の石毛が声をかける。
「なあ、俺と、新しくカルトを始めない?」
「現実」を周りに諭し続け疎まれていた永岡は、最初は拒否するが、「騙される才能がある人間になりたい」と言ってやがて「勧誘される」ことを望む。
「信じること」は一般的に素晴らしいとされがちだが、そこには危うさも伴っていることを描く短編集だ。
■もしかしたら、あり得る世界
それぞれの短編は、現代の世界と似ているけれど、少し違う。
『生存』では、65歳の時点で生きている可能性を数値化した「生存率」がなによりも重視される世界が描かれている。65歳まで生きるにはお金が必要。お金を得るためには、エリートとしていい収入を得なければならない。そのためには良い大学を出て、資格をとって……。言ってみれば格差社会が「生存率」として描かれている。トップが「A」で、「D」になると野人の道を進む。なぜ路上生活者ではないかというと、この世界は暑すぎて、軟弱な人々は生きていけず、野人化した人しか生き残れないのだ。どこか、現実と似ていて、そんな未来になりえる可能性があり、わりと容易に想像ができる世界なのだ。
そのほかにも、女性3人で同居しているうちに、3人の子どもが欲しいと考えるようになった女性たちを描く『土脉潤起』、クローン4体を購入し、クローンたちとの5人生活を送る女性の物語『書かなかった小説』。
少し、社会の仕組みが変わったらあり得る世界。そんな世界がやってこないでほしいと思う一方で、あまりに現実と親和性が高く、物語をリアルに思い描くことができる。また、絶妙なタイミングでエッセイが入っていることもあり、この短編集自体がフィクションではなく、ノンフィクションではないかという錯覚をしてしまう。
■私たちは今未来を作っている
人生は、何気ない決断で思いもよらない方向へと走り出す。人は無意識のうちにさまざまな選択をし、深く考えずにこの道が最良なのだと信じて進んでいる。『信仰』では「騙される人になること」を選ぶし『土脉潤起』では子どもを産むことを選ぶ。
彼女たちは大きな決断をしているというよりは、「自分があるべき姿」を求めて選んでいるように見える。自分がこの形に納まるのがふさわしかったから、とごく自然に。周りから見ればあり得ない選択だったとしても、本人にとってはしっくりきている。
作中に広がる世界にゾッとするならば、それは自分にはしっくり来ていない選択だからかもしれない。
まるで、あなたはどう生きたいですか? と問いかけられているようだ。そして、そんなそれぞれの生き方の選択でこの世界は成り立っている。今の私たちの選択は未来の世界を作っている。
「忙しい人のための3分で読める話題作書評」バックナンバー
・「推しって一体何?」へのアンサー(『推し、燃ゆ』宇佐見りん)
・孤独の中で生きた者たちが見つけた希望の光(『52ヘルツのクジラたち』町田そのこ)
・お金大好き女性弁護士が、遺言状の謎に挑む爽快ミステリー(『元彼の遺言状』新川帆立)
・2つの選択肢で惑わせる 世にも悪趣味な実験(『スイッチ 悪意の実験』潮谷験)
・「ふつう」も「日常」も尊いのだと叫びたい(『エレジーは流れない』三浦しをん)
・ゴッホはなぜ死んだのか 知識欲くすぐるミステリー(『リボルバー』原田マハ)
・絶望の未来に希望を抱かざるを得ない物語の説得力(『カード師』中村文則)
・黒田官兵衛と信長に叛旗を翻した謀反人の意図とは?(『黒牢城』米澤穂信)
・恋愛が苦手な人こそ読んでほしい。動物から学ぶ痛快ラブコメ!(『パンダより恋が苦手な私たち』瀬那 和章)
・高校の部活を通して報道のあり方を斬る(『ドキュメント』湊かなえ)
・現代社会を映す、一人の少女と小さな島の物語(『彼岸花が咲く島』李 琴峰)
・画鬼・河鍋暁斎を父にもったひとりの女性の生き様(『星落ちて、なお』澤田瞳子)
・ミステリ好きは読むべき? いま最もミステリ愛が詰め込まれた一作(『硝子の塔の殺人』知念実希人)
・人は人を育てられるのか? 子どもと向き合う大人の苦悩(『まだ人を殺していません』小林由香)
・猫はかわいい。それだけでは終われない、猫と人間の人生(『みとりねこ』有川ひろ)
・指1本で人が殺せる。SNSの誹謗中傷に殺されかけた者の復活。(『死にたがりの君に贈る物語』綾崎隼)
・“悪手”は誰もが指す。指したあとにあなたならどうするのか。(『神の悪手』芦沢央)
・何も信用できなくなる。最悪の読後感をどうとらえるか。(『花束は毒』織守きょうや)
・今だからこそ改めて看護師の仕事について知るべきなのではないか。(『ヴァイタル・サイン』南杏子)
・「らしさ」を押し付けられた私たちに選ぶ権利はないのか(『川のほとりで羽化するぼくら』彩瀬まる)
・さまざまな「寂しさ」が詰まった、優しさと希望が感じられる短編集(『かぞえきれない星の、その次の星』重松清)
・ゾッとする、気分が落ち込む――でも読むのを止められない短編集(『カミサマはそういない』深緑野分)
・社会の問題について改めて問いかける 無戸籍をテーマとしたミステリー作品(『トリカゴ』辻堂ゆめ)
・2つの顔を持つ作品たち 私たちは他人のことを何も知らない(『ばにらさま』山本文緒)
・今を変えなければ未来は変わらない。現代日本の問題をストレートに描く(『夜が明ける』西加奈子)
・自分も誰かに闇を押し付けるかもしれない。本物のホラーは日常に潜んでいる(『闇祓』辻村深月)
・ひとりの女が会社を次々と倒産させることは可能なのか?痛快リーガルミステリー(『倒産続きの彼女』新川帆立)
・絡み合う2つの物語 この世に本物の正義はあるのか(『ペッパーズ・ゴースト』伊坂幸太郎)
・新たな切り口で戦国を描く。攻め、守りの要は職人たちだった――(『塞王の楯』今村翔吾)
・鍵を握るのは少女たち――戦争が彼女たちに与えた憎しみと孤独と絆(『同志少女よ、敵を撃て』逢坂冬馬)
・運命ではない。けれど、ある芸人との出会いがひとりの女性を変えた。(『パラソルでパラシュート』一穂ミチ)
・吸血鬼が受け入れられている世界に生きる少女たちの苦悩を描く(『愚かな薔薇』恩田陸)
・3人の老人たちの自殺が浮き彫りにする「日常」(『ひとりでカラカサさしてゆく』江國香織)
・ミステリーの新たな世界観を広げる! 弁理士が主人公の物語(『特許やぶりの女王 弁理士・大鳳未来』南原詠)
・大切な人が自殺した――遺された者が見つけた生きる理由(『世界の美しさを思い知れ』額賀澪)
・生きづらさを嘆くだけでは何も始まらない。未来を切り開くため「ブラックボックス」を開く(『ブラックボックス』砂川文次)
・筋肉文学? いや、ひとりの女性の“目覚め”の物語だ(『我が友、スミス』石田夏穂)
・腐女子の世界を変えたのは、ひとりの美しい死にたいキャバ嬢だった(『ミーツ・ザ・ワールド』金原ひとみ)
・人生はうまくいかない。けれど絶望する必要はないと教えてくれる物語たち。(『砂嵐に星屑』一穂ミチ)
・明治の東海道を舞台としたデスゲーム。彼らがたどり着くのは未来か、滅びか。(『イクサガミ 天』今村翔吾)
・自分の友達が原因で妹が事故に遭った。ぎこちなくなった家族の未来は?(『いえ』小野寺史宜)
・ある日突然、愛する人が存在ごと世界から消えてしまったとしたら?(『世界が青くなったら』武田綾乃)
・あり得ない! 事件を一晩で解決する弁護士・剣持麗子、見参。(『剣持麗子のワンナイト推理』新川帆立)
・想いは変わらない……夫婦が織りなす色あせない「恋愛」(『求めよ、さらば』奥田亜希子)
・別れ、挫折、迷い。それぞれが「使命」を見つけるまでの物語(『タラント』角田光代)
・骨太リーガルミステリが問いかける。正義とは正しいのか。(『刑事弁護人』薬丸岳)
・思うようにいかない人生に、前を向く勇気をくれる一冊。(『オオルリ流星群』伊与原新)
・読んでいる者の本性を暴く? 爆発を予言する男との息詰まる舌戦!(『爆弾』呉勝浩)
・リアルとフィクションが肉薄……緻密な取材が導き出す真実とは?(『朱色の化身』塩田武士)
・沖縄本土復帰直前に起こった100万ドル強奪事件! 琉球警察に未来が託される(『渚の螢火』坂上泉)
・舞台は公正取引委員会! ノンキャリ女性の奮闘劇(『競争の番人』新川帆立)
・思わず「オーレ!」と叫びたくなる! 新感覚の闘牛士×ミステリー(『情熱の砂を踏む女』下村敦史)
・孤独な青年が音楽教室を舞台に裏切りと奏でる喜びに揺れ動く(『ラブカは静かに弓を持つ』安壇美緒)
・少し苦いけれど、ハッピーになれる現代のおとぎ話(『マイクロスパイ・アンサンブル』伊坂幸太郎)
・愛と別れを経て人は強くなる。孤独と寂しさを乗り越える物語。(『夜に星を放つ』窪美澄)
・映画界を舞台に躍動する女性たち…挫折と希望のお仕事物語(『スタッフロール』深緑野分)
・宇佐美りんが描く、生々しい家族の慟哭(『くるまの娘』宇佐美りん)