想いは変わらない……夫婦が織りなす色あせない「恋愛」
文字数 3,753文字
話題の作品が気になるけど、忙しくて全部は読めない!
そんなあなたに、話題作の中身を3分でご紹介。
ぜひ忙しい毎日にひとときの癒やしを与えてくれる、お気に入りの作品を見つけてください。
今回の話題作
奥田亜希子『求めよ、さらば』この記事の文字数:1,540字
読むのにかかる時間:約3分05秒
・夫が消えたのは裏切り? それとも……
・不妊治療に取り組む女性の繊細な描写
・大人の純愛は存在するのか?
■夫が消えたのは裏切り? それとも……
「ああやって自分の手を少しずつ認識してるんだって」
自分の手を一生懸命に舐める赤ちゃん。何も知らない、何も分からない。自分が今舐めているものが、自分の体の一部で、「手」というものであることも知らない。そんな人間が成長して、大人になって、全てを知ろうとする。あまりに大変なことで、もしかしたら傲慢でさえあるかもしれない。
奥田亜希子の書き下ろし小説『求めよ、さらば』。
フリーランスの翻訳家として仕事に追われている志織。彼女には夫がいる。友人たちからは理想の旦那と言われ、優しく、穏やかな誠太。交際5年、結婚してから7年。12年の付き合い。ふたりはとても仲睦まじい夫婦だった。
何の問題もないように見えるふたりがいま取り組んでいるのは妊活。34歳になった志織は焦っていた。生理が来るたびに心が荒れる。誠太はそんな志織を支え、慰めていた。
妊活でふたりの関係が悪くなった、ということはない。しかし志織は誠太が少しずつ変化していることを感じていた。趣味の写真も撮らなくなった。志織をモデルに撮った写真をアップしていたInstagramも更新しなくなった。
やがて、誠太は離婚届と手紙を残して姿を消す。
「自分は志織にひどいことをした、裏切り者だ」
誠太が姿を消したことに混乱しつつも、志織は再会の方法を少しずつ模索し始める。
■不妊治療に取り組む女性の繊細な描写
夫婦共に特に問題はなく原因不明不妊とされている志織と誠太。そのことに焦れて、志織はクリニックを変えるなど試行錯誤をしている。毎月やってくる生理に絶望する。大げさではなく、その絶望が克明に描写されている。
そんな中で、昔からの友人のひとりが妊娠したことを知る志織。仲は良い友人で祝いたい気持ちもある。それでも嫉妬をしてしまう。「私にはできなくて、どうして彼女に」と。妊活中だということを話していない志織は、もちろん笑顔で祝福する。
自分の力ではどうしようもならないことに、志織の心は混乱し、不安定になることもある。原因不明ならば、とヒーリングセラピーにも通う。ダメもとで妊娠ジンクスにも挑戦する。子どもが欲しい。でも時間は限られている。
不妊治療に取り組むひとりの女性の赤裸々な心情と苦しみが丁寧に描かれている。
■大人の純愛は存在するのか
志織視点で描かれる妊活の話題がメインだった前半から、後半は誠太の失踪に焦点が移る。
誠太と志織の出会いは、バイトしていた居酒屋。そこで志織に恋をし、距離を縮めていく様子を誠太の視点で描いていく。
志織が読んでいる小説のタイトルを見て自分も同じ本を読む、偽名を使ってmixiに登録し、志織の日記を読む、縁結びのために出雲大社まで行く。
ストーカーと呼ばれるギリギリのラインだと言ってもいいかもしれない。自分なんかが志織と結ばれるはずがない。それでも……。志織に対する愛が淡々とつづられていくが、それは志織が知らないことだった。
そこに呼応するかのように、終盤では再び志織の視点から誠太への想いが描かれる。誠太のことばかり考え、誠太の姿を追い求めてSNSを検索する。居場所はわかっても、拒否されるのが怖くて赴くことができない。愛しているが故に勇気が出ない。大人になっていろんなことを知ってしまったから大胆な行動に出ることもできないのかもしれない。理性で考えればできないことが多い。それでも「愛」という本能に突き動かされた志織がとった行動とは。夫婦だから愛がないわけでも、恋がないわけでもない。

「忙しい人のための3分で読める話題作書評」バックナンバー
・「推しって一体何?」へのアンサー(『推し、燃ゆ』宇佐見りん)
・孤独の中で生きた者たちが見つけた希望の光(『52ヘルツのクジラたち』町田そのこ)
・お金大好き女性弁護士が、遺言状の謎に挑む爽快ミステリー(『元彼の遺言状』新川帆立)
・2つの選択肢で惑わせる 世にも悪趣味な実験(『スイッチ 悪意の実験』潮谷験)
・「ふつう」も「日常」も尊いのだと叫びたい(『エレジーは流れない』三浦しをん)
・ゴッホはなぜ死んだのか 知識欲くすぐるミステリー(『リボルバー』原田マハ)
・絶望の未来に希望を抱かざるを得ない物語の説得力(『カード師』中村文則)
・黒田官兵衛と信長に叛旗を翻した謀反人の意図とは?(『黒牢城』米澤穂信)
・恋愛が苦手な人こそ読んでほしい。動物から学ぶ痛快ラブコメ!(『パンダより恋が苦手な私たち』瀬那 和章)
・高校の部活を通して報道のあり方を斬る(『ドキュメント』湊かなえ)
・現代社会を映す、一人の少女と小さな島の物語(『彼岸花が咲く島』李 琴峰)
・画鬼・河鍋暁斎を父にもったひとりの女性の生き様(『星落ちて、なお』澤田瞳子)
・ミステリ好きは読むべき? いま最もミステリ愛が詰め込まれた一作(『硝子の塔の殺人』知念実希人)
・人は人を育てられるのか? 子どもと向き合う大人の苦悩(『まだ人を殺していません』小林由香)
・猫はかわいい。それだけでは終われない、猫と人間の人生(『みとりねこ』有川ひろ)
・指1本で人が殺せる。SNSの誹謗中傷に殺されかけた者の復活。(『死にたがりの君に贈る物語』綾崎隼)
・“悪手”は誰もが指す。指したあとにあなたならどうするのか。(『神の悪手』芦沢央)
・何も信用できなくなる。最悪の読後感をどうとらえるか。(『花束は毒』織守きょうや)
・今だからこそ改めて看護師の仕事について知るべきなのではないか。(『ヴァイタル・サイン』南杏子)
・「らしさ」を押し付けられた私たちに選ぶ権利はないのか(『川のほとりで羽化するぼくら』彩瀬まる)
・さまざまな「寂しさ」が詰まった、優しさと希望が感じられる短編集(『かぞえきれない星の、その次の星』重松清)
・ゾッとする、気分が落ち込む――でも読むのを止められない短編集(『カミサマはそういない』深緑野分)
・社会の問題について改めて問いかける 無戸籍をテーマとしたミステリー作品(『トリカゴ』辻堂ゆめ)
・2つの顔を持つ作品たち 私たちは他人のことを何も知らない(『ばにらさま』山本文緒)
・今を変えなければ未来は変わらない。現代日本の問題をストレートに描く(『夜が明ける』西加奈子)
・自分も誰かに闇を押し付けるかもしれない。本物のホラーは日常に潜んでいる(『闇祓』辻村深月)
・ひとりの女が会社を次々と倒産させることは可能なのか?痛快リーガルミステリー(『倒産続きの彼女』新川帆立)
・絡み合う2つの物語 この世に本物の正義はあるのか(『ペッパーズ・ゴースト』伊坂幸太郎)
・新たな切り口で戦国を描く。攻め、守りの要は職人たちだった――(『塞王の楯』今村翔吾)
・鍵を握るのは少女たち――戦争が彼女たちに与えた憎しみと孤独と絆(『同志少女よ、敵を撃て』逢坂冬馬)
・運命ではない。けれど、ある芸人との出会いがひとりの女性を変えた。(『パラソルでパラシュート』一穂ミチ)
・吸血鬼が受け入れられている世界に生きる少女たちの苦悩を描く(『愚かな薔薇』恩田陸)
・3人の老人たちの自殺が浮き彫りにする「日常」(『ひとりでカラカサさしてゆく』江國香織)
・ミステリーの新たな世界観を広げる! 弁理士が主人公の物語(『特許やぶりの女王 弁理士・大鳳未来』南原詠)
・大切な人が自殺した――遺された者が見つけた生きる理由(『世界の美しさを思い知れ』額賀澪)
・生きづらさを嘆くだけでは何も始まらない。未来を切り開くため「ブラックボックス」を開く(『ブラックボックス』砂川文次)
・筋肉文学? いや、ひとりの女性の“目覚め”の物語だ(『我が友、スミス』石田夏穂)
・腐女子の世界を変えたのは、ひとりの美しい死にたいキャバ嬢だった(『ミーツ・ザ・ワールド』金原ひとみ)
・人生はうまくいかない。けれど絶望する必要はないと教えてくれる物語たち。(『砂嵐に星屑』一穂ミチ)
・明治の東海道を舞台としたデスゲーム。彼らがたどり着くのは未来か、滅びか。(『イクサガミ 天』今村翔吾)
・自分の友達が原因で妹が事故に遭った。ぎこちなくなった家族の未来は?(『いえ』小野寺史宜)
・ある日突然、愛する人が存在ごと世界から消えてしまったとしたら?(『世界が青くなったら』武田綾乃)