思うようにいかない人生に、前を向く勇気をくれる一冊。
文字数 4,174文字
話題の作品が気になるけど、忙しくて全部は読めない!
そんなあなたに、話題作の中身を3分でご紹介。
ぜひ忙しい毎日にひとときの癒やしを与えてくれる、お気に入りの作品を見つけてください。
伊与原新『オオルリ流星群』
この記事の文字数:1,803字
読むのにかかる時間:約3分36秒
■POINT
・同級生と作る「昔」と「今」
・明らかになる28年前の謎
・人生はいつだって「これから」だ
■同級生と作る「昔」と「今」
『お父さん、今年だけは夏休みの工作があるんだ』
「夏休み」という響きは甘美だ。大人になってから振り返るとキラキラしていて、でも少し切なかったり、苦かったり。この物語ではある夏休みの思い出を共有する大人たちが、再び一緒に夏を過ごす。
伊与原新による書き下ろし『オオルリ流星群』。
舞台となるのは神奈川県秦野市。
秦野市で祖父の代から続く薬局の店主・種村久志はあるとき、高校の同級生・スイ子こと山際彗子が帰ってきたことを聞く。
久志とスイ子、伊東千佳、勢田修、梅野和也、そして槙恵介は同じ高校の同級生だ。6人は3年生のときに文化祭のため、1万個の空缶をつかって巨大タペストリーを作った。描かれているのは、秦野市の北部、丹沢のほうで見られるという鳥・オオルリだ。彼らにとって大きなプロジェクトで、大切な夏の思い出だった。
それから28年。スイ子が秦野に戻ってきた理由は、太陽系の果てを観測する天文台を自分の手で建てるため。久志と千佳、修はスイ子の計画を手伝うことになるが、その過程で高校3年の夏に起きた出来事の真実が明らかになっていく。
■明らかになる28年前の謎
かつてのメンバーでスイ子を手伝っているのは3人だけ。和也はうつ病になり、実家の部屋に引きこもっていた。
そして槙は、19歳のときに事故で亡くなっている。当時、槙の行動には不審な点が多かった。タペストリーを作ろうと言い出した張本人だったにもかかわらず、完成直前にプロジェクトから抜けてしまった。それから久志たちと話をしようともしなくなる。関係がこじれたわけではないから、久志たちも首をひねるばかり。人気者だった槙はそれから一心不乱に勉強に打ち込むようになり、誰とも口を利かなくなる。その1年後、19歳の時に電車に轢かれて亡くなった。当時、泥酔していたという。お酒が飲めない体質なのに、だ。
久志たちの中にはわだかまりと、疑問がずっとあった。槙に何が起こっていたのか。スイ子が帰ってきて、かつての同級生たちが集まったことで真実のきっかけを掴むこととなる。
その過程でそれぞれの心の中で大きくなっていくのは、槙だけでなく互いの真実は何も知らないということだ。例えば、高校時代の久志たちは、周りの目を気にせず、黙々と勉強をするスイ子のことをどこか特別視していた。しかし、28年を経てスイ子の口から明らかにされた真実は彼らにとって衝撃的なものだった。「そんなことがあったんだ」と流すことができない。どうして教えてくれなかったのか、「裏切り」だと感じ、ショックを受ける。そこから彼らがどのように事実と向き合っていくのか、丁寧な心理描写に心を掴まれる。
■人生はいつだって「これから」だ。
45歳とは人生においてどのような時期なのだろう。
久志は近所に大型ドラッグストアができ、経営する薬局の今後に悩んでいた。
千佳は公立中学の理科教師だが、情熱があるわけではなく、自分でも「惰性で続けている」と言う。
修は勤めていた番組制作会社を辞めて、弁護士になるため勉強中。
スイ子は長く勤めていた国立天文台をクビになったのがきっかけで秦野に戻ってきていた。
それぞれが何かしらの鬱屈を抱えていた。久志は、自分は幸せホルモンに恵まれていないと言っているが、行動を起こしたとしても何も変わらないだろうという諦めがある。千佳も同じだ。
けれど、スイ子の天文台作りを手伝っているうちに少しずつそれぞれの気持ちが変わっていく。かつて思い出を共にした者同士だからか、ひとつの大きなものを作り上げたからか、新しいことにチャレンジしたからなのか。
ただ分かるのは、年を重ねても「今」は変えられるということだ。小さな変化が考え方を変え、生活を変え、周りとの関係も変える。
全ての人にとってうまく事が運ぶというわけではないだろう。それでも、悩んでいるなら一歩踏み出してみればいい、と背中を優しく押してくれるような作品だ。
個人的には、物語の舞台である秦野市をよく知っているので、よりリアルに作品を感じることができた。新宿駅から電車で1時間強のところにある街。山に囲まれていて、東京とは時間的にも気持ち的にも少し距離がある場所。ここから飛び出せない。でもどこにいても何か始めることができる。そんな勇気がもらえるはずだ。
「忙しい人のための3分で読める話題作書評」バックナンバー
・「推しって一体何?」へのアンサー(『推し、燃ゆ』宇佐見りん)
・孤独の中で生きた者たちが見つけた希望の光(『52ヘルツのクジラたち』町田そのこ)
・お金大好き女性弁護士が、遺言状の謎に挑む爽快ミステリー(『元彼の遺言状』新川帆立)
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・絶望の未来に希望を抱かざるを得ない物語の説得力(『カード師』中村文則)
・黒田官兵衛と信長に叛旗を翻した謀反人の意図とは?(『黒牢城』米澤穂信)
・恋愛が苦手な人こそ読んでほしい。動物から学ぶ痛快ラブコメ!(『パンダより恋が苦手な私たち』瀬那 和章)
・高校の部活を通して報道のあり方を斬る(『ドキュメント』湊かなえ)
・現代社会を映す、一人の少女と小さな島の物語(『彼岸花が咲く島』李 琴峰)
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・ミステリ好きは読むべき? いま最もミステリ愛が詰め込まれた一作(『硝子の塔の殺人』知念実希人)
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・社会の問題について改めて問いかける 無戸籍をテーマとしたミステリー作品(『トリカゴ』辻堂ゆめ)
・2つの顔を持つ作品たち 私たちは他人のことを何も知らない(『ばにらさま』山本文緒)
・今を変えなければ未来は変わらない。現代日本の問題をストレートに描く(『夜が明ける』西加奈子)
・自分も誰かに闇を押し付けるかもしれない。本物のホラーは日常に潜んでいる(『闇祓』辻村深月)
・ひとりの女が会社を次々と倒産させることは可能なのか?痛快リーガルミステリー(『倒産続きの彼女』新川帆立)
・絡み合う2つの物語 この世に本物の正義はあるのか(『ペッパーズ・ゴースト』伊坂幸太郎)
・新たな切り口で戦国を描く。攻め、守りの要は職人たちだった――(『塞王の楯』今村翔吾)
・鍵を握るのは少女たち――戦争が彼女たちに与えた憎しみと孤独と絆(『同志少女よ、敵を撃て』逢坂冬馬)
・運命ではない。けれど、ある芸人との出会いがひとりの女性を変えた。(『パラソルでパラシュート』一穂ミチ)
・吸血鬼が受け入れられている世界に生きる少女たちの苦悩を描く(『愚かな薔薇』恩田陸)
・3人の老人たちの自殺が浮き彫りにする「日常」(『ひとりでカラカサさしてゆく』江國香織)
・ミステリーの新たな世界観を広げる! 弁理士が主人公の物語(『特許やぶりの女王 弁理士・大鳳未来』南原詠)
・大切な人が自殺した――遺された者が見つけた生きる理由(『世界の美しさを思い知れ』額賀澪)
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