80年前の写真が現代に語りかける戦争の記憶
文字数 4,606文字
話題の作品が気になるけど、忙しくて全部は読めない!
そんなあなたに、話題作の中身を3分でご紹介。
ぜひ忙しい毎日にひとときの癒やしを与えてくれる、お気に入りの作品を見つけてください。
額賀澪『モノクロの夏に帰る』
■POINT
・1冊の写真集から思いを馳せるある夏
・それぞれの境遇から見る戦争
・偽善だっていいじゃないか
■1冊の写真集から思いを馳せるある夏
「同じ教室とか同じ街にいる人間すら大事にできないんだから、そりゃあ戦争だった起こる」
戦争は決して遠い場所のことではない。地球という星で起こっていることで、その火の粉がいつ自分に降りかかるかわからない。
額賀澪『モノクロの夏に帰る』はそんな危機感を描いている。
「僕は祖父の戦争体験を捏造したことがある」という一文から始まる物語のテーマは「戦争」だ。
あるとき、戦時中のモノクロの写真にAIを使って色をつけた写真集「時をかける色彩」が発行された。戦争を知らない20代の書店員・黒瀬が自身のコメントをつけ、その写真集を店頭に並べたことから注目を集め、少しずつ人の心を動かし始める。
「時をかける色彩」をきっかけに、ワーカホリックのテレビマン、アメリカから来た少年、福島で生まれ育った高校生、そして保健室登校の中学生の世界がほんの少し、変わっていく。
■それぞれの境遇から見る戦争
作中にははっきりと「ロシアのウクライナ侵攻にし始めて……」という記載があるとおり、物語は現代が舞台となっている。2022年に起こったこの出来事を登場人物たちはどのように受け止めているだろうか。
登場する人物たちはみな若く、第二次世界大戦は今と地続きの過去、というよりは、歴史の教科書にのっている出来事という印象が強い。祖父母も戦争を体験していない世代だ。そう聞くと、改めて第二次世界大戦は昔のことになっているんだな、と感じる。
しかし、この作品で興味深いのは、現代の日常を生きる彼らが他人事とはせず、戦争を自分事として考えているところだ。
テレビマンの守美は広島県の出身で、小さい頃から平和学習が学校で行われており、「戦争の記録」とは身近なものだった。作中でも言及されているが、広島や長崎のように戦争の爪痕が大きい場所にいないと、終戦記念日である8月にならなければ、思い出さない人が多い。そんな中でどれだけ多くの人にこの記憶を共有することができるのか、繰り返してはならない歴史だと伝えることができるのか。
それは自分事と重ねるほかない。ある人は、ホロコーストで迫害されていた同性愛者に思いをはせる。ある人は空襲の中で残った地蔵を見て戦争を実感する。戦争は、私たちが思っている以上に、自分事に引き寄せるきっかけがいたるところにあるのかもしれない。
■偽善だっていいじゃないか
「戦争をするな」「戦争はするべきではない」という声は今も昔もあふれている。当然だ、誰だって、殺されることも殺すこともしたくない。一方で、戦争はなくならない、人は争うものだと言って諦める人もいる。学校の、教室の中でさえ、差別は起こり、いじめが起こり、時に暴力がふるわれる。そんなふうに小さなコミュニティでさえ争いが起きるのに、世界規模で見たときに起こらないはずがないのだ、と。
そして、「戦争はいけないことだ」という人に向かって綺麗ごとだと嘲笑する。
しかし、綺麗ごとの何が悪いのだろう。そうやって、全ての人が諦めてしまったら世界はどうなってしまうのだろう。たとえ、少し気恥ずかしかったとしても、自分が思った「綺麗ごと」は発信していかなければならないのではないか。そうやって、作中の人物たちは、自分たちなりの一歩を踏み出す。
太平洋戦争終結から77年が経ち、当時のことを実際に知っている人は年々減っていく。そんな中で、今を生きる人たちができることは、戦争の記憶に触れ、感じ、次の世代に伝えていくことなのかもしれない。
「忙しい人のための3分で読める話題作書評」バックナンバー
・「推しって一体何?」へのアンサー(『推し、燃ゆ』宇佐見りん)
・孤独の中で生きた者たちが見つけた希望の光(『52ヘルツのクジラたち』町田そのこ)
・お金大好き女性弁護士が、遺言状の謎に挑む爽快ミステリー(『元彼の遺言状』新川帆立)
・2つの選択肢で惑わせる 世にも悪趣味な実験(『スイッチ 悪意の実験』潮谷験)
・「ふつう」も「日常」も尊いのだと叫びたい(『エレジーは流れない』三浦しをん)
・ゴッホはなぜ死んだのか 知識欲くすぐるミステリー(『リボルバー』原田マハ)
・絶望の未来に希望を抱かざるを得ない物語の説得力(『カード師』中村文則)
・黒田官兵衛と信長に叛旗を翻した謀反人の意図とは?(『黒牢城』米澤穂信)
・恋愛が苦手な人こそ読んでほしい。動物から学ぶ痛快ラブコメ!(『パンダより恋が苦手な私たち』瀬那 和章)
・高校の部活を通して報道のあり方を斬る(『ドキュメント』湊かなえ)
・現代社会を映す、一人の少女と小さな島の物語(『彼岸花が咲く島』李 琴峰)
・画鬼・河鍋暁斎を父にもったひとりの女性の生き様(『星落ちて、なお』澤田瞳子)
・ミステリ好きは読むべき? いま最もミステリ愛が詰め込まれた一作(『硝子の塔の殺人』知念実希人)
・人は人を育てられるのか? 子どもと向き合う大人の苦悩(『まだ人を殺していません』小林由香)
・猫はかわいい。それだけでは終われない、猫と人間の人生(『みとりねこ』有川ひろ)
・指1本で人が殺せる。SNSの誹謗中傷に殺されかけた者の復活。(『死にたがりの君に贈る物語』綾崎隼)
・“悪手”は誰もが指す。指したあとにあなたならどうするのか。(『神の悪手』芦沢央)
・何も信用できなくなる。最悪の読後感をどうとらえるか。(『花束は毒』織守きょうや)
・今だからこそ改めて看護師の仕事について知るべきなのではないか。(『ヴァイタル・サイン』南杏子)
・「らしさ」を押し付けられた私たちに選ぶ権利はないのか(『川のほとりで羽化するぼくら』彩瀬まる)
・さまざまな「寂しさ」が詰まった、優しさと希望が感じられる短編集(『かぞえきれない星の、その次の星』重松清)
・ゾッとする、気分が落ち込む――でも読むのを止められない短編集(『カミサマはそういない』深緑野分)
・社会の問題について改めて問いかける 無戸籍をテーマとしたミステリー作品(『トリカゴ』辻堂ゆめ)
・2つの顔を持つ作品たち 私たちは他人のことを何も知らない(『ばにらさま』山本文緒)
・今を変えなければ未来は変わらない。現代日本の問題をストレートに描く(『夜が明ける』西加奈子)
・自分も誰かに闇を押し付けるかもしれない。本物のホラーは日常に潜んでいる(『闇祓』辻村深月)
・ひとりの女が会社を次々と倒産させることは可能なのか?痛快リーガルミステリー(『倒産続きの彼女』新川帆立)
・絡み合う2つの物語 この世に本物の正義はあるのか(『ペッパーズ・ゴースト』伊坂幸太郎)
・新たな切り口で戦国を描く。攻め、守りの要は職人たちだった――(『塞王の楯』今村翔吾)
・鍵を握るのは少女たち――戦争が彼女たちに与えた憎しみと孤独と絆(『同志少女よ、敵を撃て』逢坂冬馬)
・運命ではない。けれど、ある芸人との出会いがひとりの女性を変えた。(『パラソルでパラシュート』一穂ミチ)
・吸血鬼が受け入れられている世界に生きる少女たちの苦悩を描く(『愚かな薔薇』恩田陸)
・3人の老人たちの自殺が浮き彫りにする「日常」(『ひとりでカラカサさしてゆく』江國香織)
・ミステリーの新たな世界観を広げる! 弁理士が主人公の物語(『特許やぶりの女王 弁理士・大鳳未来』南原詠)
・大切な人が自殺した――遺された者が見つけた生きる理由(『世界の美しさを思い知れ』額賀澪)
・生きづらさを嘆くだけでは何も始まらない。未来を切り開くため「ブラックボックス」を開く(『ブラックボックス』砂川文次)
・筋肉文学? いや、ひとりの女性の“目覚め”の物語だ(『我が友、スミス』石田夏穂)
・腐女子の世界を変えたのは、ひとりの美しい死にたいキャバ嬢だった(『ミーツ・ザ・ワールド』金原ひとみ)
・人生はうまくいかない。けれど絶望する必要はないと教えてくれる物語たち。(『砂嵐に星屑』一穂ミチ)
・明治の東海道を舞台としたデスゲーム。彼らがたどり着くのは未来か、滅びか。(『イクサガミ 天』今村翔吾)
・自分の友達が原因で妹が事故に遭った。ぎこちなくなった家族の未来は?(『いえ』小野寺史宜)
・ある日突然、愛する人が存在ごと世界から消えてしまったとしたら?(『世界が青くなったら』武田綾乃)
・あり得ない! 事件を一晩で解決する弁護士・剣持麗子、見参。(『剣持麗子のワンナイト推理』新川帆立)
・想いは変わらない……夫婦が織りなす色あせない「恋愛」(『求めよ、さらば』奥田亜希子)
・別れ、挫折、迷い。それぞれが「使命」を見つけるまでの物語(『タラント』角田光代)
・骨太リーガルミステリが問いかける。正義とは正しいのか。(『刑事弁護人』薬丸岳)
・思うようにいかない人生に、前を向く勇気をくれる一冊。(『オオルリ流星群』伊与原新)
・読んでいる者の本性を暴く? 爆発を予言する男との息詰まる舌戦!(『爆弾』呉勝浩)
・リアルとフィクションが肉薄……緻密な取材が導き出す真実とは?(『朱色の化身』塩田武士)
・沖縄本土復帰直前に起こった100万ドル強奪事件! 琉球警察に未来が託される(『渚の螢火』坂上泉)
・舞台は公正取引委員会! ノンキャリ女性の奮闘劇(『競争の番人』新川帆立)
・思わず「オーレ!」と叫びたくなる! 新感覚の闘牛士×ミステリー(『情熱の砂を踏む女』下村敦史)
・孤独な青年が音楽教室を舞台に裏切りと奏でる喜びに揺れ動く(『ラブカは静かに弓を持つ』安壇美緒)
・少し苦いけれど、ハッピーになれる現代のおとぎ話(『マイクロスパイ・アンサンブル』伊坂幸太郎)
・愛と別れを経て人は強くなる。孤独と寂しさを乗り越える物語。(『夜に星を放つ』窪美澄)
・映画界を舞台に躍動する女性たち…挫折と希望のお仕事物語(『スタッフロール』深緑野分)
・宇佐美りんが描く、生々しい家族の慟哭(『くるまの娘』宇佐美りん)
・食を通じて暴かれる? 人間の本性とは。(『おいしいごはんが食べられますように』高瀬隼子)
・こんな世界で暮らしたくない……でもやがて来るかもしれない世界に背筋が凍る(『信仰』村田沙耶香)
・誰も信用できない、意外な着地点……予想外の展開が爽快!(『入れ子細工の夜』阿津川辰海)
・これが令和のミステリ作品。リアルな設定にゾッとする。(『#真相をお話しします』結城真一郎)
・好きな人と一緒にいたい…その想いがままならないもどかしさ(『汝、星のごとく』凪良ゆう)
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