2つの選択肢で惑わせる 世にも悪趣味な実験
文字数 2,097文字
話題の作品が気になるけど、忙しくて全部は読めない!
そんなあなたに、話題作の中身を3分でご紹介。
ぜひ忙しい毎日にひとときの癒やしを与えてくれる、お気に入りの作品を見つけてください。
『スイッチ 悪意の実験』潮谷験
読むのにかかる時間:約3分12秒
・「人の悪意」を「実験」するメフィスト賞受賞作
・美しいほどシンプルで、的確に人の心を追い立てる「悪意の実験」
・人間の心理を精緻に解きほぐすことで、謎を解き明かす
■「人の悪意」を「実験」するメフィスト賞受賞作
「理由のない悪が最も恐ろしい」
悪とは何なのか。理由のある悪よりも恐ろしい悪とは?
そんな問いかけを投げかけるのは、第63回メフィスト賞を受賞した『スイッチ 悪意の実験』だ。
私立狼谷大学文学部史学科に所属する主人公・箱川小雪ら6名が持ちかけられたバイト。それは1ヶ月にわたるある実験に参加し、その様子を観察された上で、依頼主からインタビューを受けるというごく簡単な仕事だった。報酬は1日1万円、バイト終了後に追加報酬として100万が支払われる。つまり、1ヶ月で130万円の報酬が得られるというわけだ。
しかし、その実験はある一家を破滅に導くものだった。自分たちの些細な行動によって幸せな家族を壊してしまうかもしれない。そんなストレスを感じつつも小雪たちは1ヶ月を過ごすことになる。
メリットも理由もないのに他人を不幸にするようなことをわざわざするはずがないと誰もが思っていたが、事態は最終日に急変する。
■美しいほどシンプルで、的確に人の心を追い立てる「悪意の実験」
実験はごくシンプルなものだ。スマホにインストールされたスイッチを押すか押さない
か、というだけのこと。
ただし、スイッチを押せば、家族経営のベーカリー「ホワイトドワーフ」への金銭的援
助が止まり、経営している家族は破産することになる。
スイッチを押すかどうかは本人の自由。押しても押さなくても報酬は手に入る。
そんな状況なら押すはずがない。だって、スイッチを押すメリットがないし、押してしまったら後味が悪いから。
誰もがそう考えるのではないだろうか。それは小雪たちも同じだ。
しかし、バイトの依頼主である心理コンサルタントの安楽是清はこういう。
「(金銭の授与により、精神の安らぎがある状況で)それでもなお、あの家族を傷つけたいという悪意が生じるか――僕はそのあたりを見極めたいんだよ」
心理コンサルタントを名乗るだけあって、安楽の心理分析は的確で、とんでもないバイトを引き受けてしまった小雪たちの退路を塞いでしまう。
実際に自分のスマホにそんなアプリがダウンロードされたとしたら。存在を忘れてしまえばいい、と思うかもしれない。しかし、日常的に使うスマホにインストールされているからこそ、スマホを手にするたびに「ホワイトドワーフ」のことが思い浮かぶ。
出来心で押してしまうかもしれない。それこそが理由のない悪だという。
理由のない悪はどうして最も恐ろしいのか。安楽はどうして理由のない悪について実験しようとしているのか。
それは物語が解き明かされていく中で知ることができる。
■人間の心理を精緻に解きほぐすことで、謎を解き明かす
スイッチを押すかどうかの選択肢のほか、作中ではある大きな事件が起きる。その“犯人”を捜していくことになるわけだが、物的証拠や、アリバイを崩していくというものではなく、登場人物の人柄や心理状況を読み解いていくことで事件の真相に近づいていくことになる。
主要人物である安楽が心理コンサルタントであるということ、小雪たちが通う狼谷大学は仏教系の団体が母体になっているということ、またある教団が事件に関わってくることで、読者もまた「人の心とはどういうものか」というのをより深く考えていくことになる。
どうして人は何かに寄りかかろうとするのか。信じることは尊いのか。
主人公である小雪も自分の「心」についてはある過去――トラウマ――を抱えており、それが彼女の人格形成に大きな影響を与えている。しかし、小雪が過去に向き合い、成長することこそが事件解決のカギを握っている。
ぜひ小雪と一緒に自分の心と向き合いながら、物語へと入り込んでいってみてほしい。