現代社会を映す、一人の少女と小さな島の物語

文字数 2,279文字

話題の作品が気になるけど、忙しくて全部は読めない!

そんなあなたに、話題作の中身を3分でご紹介。

ぜひ忙しい毎日にひとときの癒やしを与えてくれる、お気に入りの作品を見つけてください。

今回の話題作

『彼岸花が咲く島』李 琴峰

この記事の文字数:1,513字

読むのにかかる時間:約3分2秒

文・構成:ふくだりょうこ

■POINT

・少女が流れ着いたのは見ず知らずの島

・島の複雑な言語体系

・島での生活が現す複雑な社会問題とは

■少女が流れ着いたのは見ず知らずの島


「うつくしい ひのもとぐにを とりもどすための ポジティブ・アクション」


 この一文を目にしたとき、なぜだか背中がスッと冷たくなった。


 第165回芥川賞を受賞した李琴峰による『彼岸花が咲く島』。

 舞台となるのはある島国。彼岸花が咲く砂浜に真っ白なワンピースを身にまとった少女が打ち上げられた。彼女を見つけたのは島の少女、游娜。游娜は少女を自分の家に連れて帰り、看病した。

 島に来るまでの一切の記憶を失くした少女は宇美と名付けられ、游娜とその「オヤ」と一緒に暮らし始める。

 島には歴史を語り継ぐ女性・ノロたちがいた。彼女たちが島の人たちを取りまとめ、人々はのんびりと生活を送っている。宇美は游娜のおかげもあり、次第に島の生活になじんでいくが、彼女を戸惑わせるものがあった。それはこの島で使われている言語、“女語”と“ニホン語”だった。

■島の複雑な言語体系


 ページをめくると、きっと読者も宇美と一緒に戸惑うことになるだろう。


「リー、海の向こうより来したダー!」

 これが“ニホン語”である。意味は「あなたは海の向こうから来た」。


「上手って言葉も分からないのか?」

 これは游娜の同級生の少年、拓慈が話す“女語”。島の女だけが話す言葉だ。こちらのほうが“日本語”っぽさがある。


「まったく、こっちは ペーシェントなのよ、ひどくない?」

 そしてこれは宇美が話す“ひのもとことば”だ。女語と似ているが、読んでいるとひらがなとカタカナ(英単語)で構成されていることがわかる。


 “女語”は“ひのもとことば”と似ているので、宇美はすぐに理解できた。一番クセがある“ニホン語”も苦戦しつつも、游娜と女語が得意な拓慈に意味を教えてもらっているうちに、解像度が上がっていく。

 言語が通じるようになることで3人は仲を深め、互いの思想を把握していく。しかし、言語は気持ちを伝えるだけのものではない。その土地の文化や歴史を伝えることにもなる。


 国を統一するために、言語を強要されることがある。例えば、A国がB国を支配し、B国でA国語を共通語にさせる。その後、B国がA国から独立しても、B国にはA国語が残る。

 また、日本のひらがなは独自のものだが、漢字は中国から渡ってきたものを使用している。どうして島には“女語”と“ニホン語”があるのか。“女語”と似た“ひのもとことば”はこの2つの言語と何の関係があるのか。

■島での生活が現す複雑な社会問題とは


 その背景には、島の歴史が関係していた。

 島は自然で溢れていることが描写から分かるが、この物語は過去の話でもないし、作中の文明が著しく遅れているわけでもない。島にはソーラーパネルも車もある。時代設定は「今」に近い未来の物語だ。

なぜ“女語”は女だけにしか教えられないのか。歴史の伝達者であるノロには女性しかなれないのか。

 ノロになりたい拓慈は、よそから来た身でありながら、ノロになるチャンスを得られた宇美に向かってこう言う。

「なんで私がお前に同情されなきゃならないんだ。まったく、女っていいご身分だよな」

 女しかノロになれないことを不公平だと怒る拓慈。

この言葉にこそ、ノロには女しかなれない理由が隠されているように思う。


 宇美がたどり着いた島は一体なんなのか。「家族」で構成されていない家。男性とは暮らせないノロ。“オンケイ”を持ってやってくるニライカナイからの船。そして、咲き誇る彼岸花の意味するものとは。キーワードは「性別」だ。

 全てを読み終わったあとに、この物語が現代社会のさまざまな矛盾と問題を描いていることが分かるはずだ。

今回紹介した本は……


『彼岸花が咲く島』

李琴峰

文芸春秋

1925円(1750円+消費税10%)

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