舞台は公正取引委員会! ノンキャリ女性の奮闘劇
文字数 4,284文字
話題の作品が気になるけど、忙しくて全部は読めない!
そんなあなたに、話題作の中身を3分でご紹介。
ぜひ忙しい毎日にひとときの癒やしを与えてくれる、お気に入りの作品を見つけてください。
新川帆立『競争の番人』
■POINT
・多くの人は詳しく知らない公取委をエンタメ化
・「商売」に留まらない日本社会のしがらみ
・ヒロイン・白熊楓の苦悩
■多くの人は詳しく知らない公取委をエンタメ化
「この世界にヒーローはいると思う?」
この問いに、どう答えるだろう。「いてほしいけれど、いないと思う」それが一番多い答えかもしれない。
きっと、誰もヒーローになりたいと思って働いてはいないのではないか。
『元彼の遺言状』の著者・新川帆立による新作『競争の番人』。7月期のフジテレビ系“月9”枠でドラマ化も決定している。
今回主人公となるのは公正取引委員会第六審査長所属の審査官・白熊楓だ。
「公正取引委員会」とは聞いたことがあるが、なんなのか。
楓の言葉を借りると
「事業者たちにフェアな環境で戦ってもらうために、ズルをする人たちを取り締まっているの」
だそうだ。独占禁止法に違反する疑いがある企業を調査したり、違反があった企業には排除措置命令や課税金納付命令を出す。
警察や検察と比べると地味で、弱小官庁と本人たちは嘆くが、その中でも国民の公正な自由競争のために地道に働く。
作中では白熊たちがウェディング業界に巣食う談合、下請けいじめなどに踏み込んでいく。
■「商売」に留まらない日本社会のしがらみ
人は死なないし誘拐もされない。しかし、日本中の多くで起こっているであろう出来事がぎゅっと詰め込まれている。白熊たちが取り組むのは「ホテル3社のカルテル」だ。
栃木県S市にあるホテル3社が毎年、ウェディング費用を値上げ。なんとその値上げ幅も同じ。そのため、S市の平均ウェディング費用は他の地域よりも13%も高くなっているという。このように、事業者同士が話し合って値上げなどの合意をすることを「カルテル」と言う。
しかし、楓たちは調査を大っぴらに行うことはできない。公取委に調べられていると分かれば、証拠と成り得る書類などを処分される可能性があるからだ。そのため、立入検査が行われるまで調査は秘密裡に行われる。確かに、地味だ。
おまけに、この立入検査を拒否されることがある。立入検査には警察の捜査差押のような効力はない。たとえ行われてもその証拠が押さえられない可能性もある。
3社のカルテル調査では、あるホテルへの立入検査が拒否されたことで暗礁に乗り上げる。それでも、楓たちは小さなほころびから少しずつ調査を進め、真相に近づいていく。
調査対象となる人間の中には、周りからの圧力で違法行為に手を染めた人も、仕方なく巻き込まれていく人がいるのも事実だ。
“悪事”を暴いたところで不幸な人しか生まれないこともあるかもしれない。それでも、悪事が続けば、正しく働いているにもかかわらず不幸になる人が生まれる。使命感を持って働きつつも、唇をかみしめることが多い公取委の奮闘が描かれている。
■ヒロイン・白熊楓の苦悩
主人公の楓はノンキャリ職員。あるとき、自分が聴取のサポートを担当した人物が自殺してしまう。そのことが楓の心に暗い影を落とす。
そんな中、二十歳で司法試験に合格した、東大・ハーバード卒の審査官・小勝負勉が同じチームに配属されてくる。天才肌で変わり者の小勝負と組むことが多くなる楓。めんどくさそうな顔で正論を言う小勝負にイライラしながらも、時としてその正論に心を刺される。
小勝負にも彼なりの正義があるが、楓には納得できないことが多い。だからと言って楓の正義が正しいとも言えない。公取委は「競争の番人」。客観性を持ち、国民の利益を考えなければならない。どこかだけがズルをして儲かってしまう仕組みは、多くの人が損をする。が、楓はかつて担当した人間が自殺したことが原因で、「自分たちのせいでもう誰も死なせたくない」と知らず知らずのうちに調査の対象者である事業者側に寄り添っていくようになる。公正な判断が鈍ることが多々起きたのだ。楓自身もそんな自分の言動にうっすらと違和感を持ち始める。
小勝負といることで、楓は自身のコンプレックスや不甲斐なさに向き合っていく。そんな中で、楓はどのような答えを見つけるのか。
楓の成長を描くというより、楓がスタートラインに立つまでの物語と言ってもいいかもしれない。
小勝負も楓と接しているうちに、「誰も自分を理解できるはずがない」という考えが変わっていく。反発し合っていたふたりがどのようにバディとしての関係を築いていくのかも必見だ。
「忙しい人のための3分で読める話題作書評」バックナンバー
・「推しって一体何?」へのアンサー(『推し、燃ゆ』宇佐見りん)
・孤独の中で生きた者たちが見つけた希望の光(『52ヘルツのクジラたち』町田そのこ)
・お金大好き女性弁護士が、遺言状の謎に挑む爽快ミステリー(『元彼の遺言状』新川帆立)
・2つの選択肢で惑わせる 世にも悪趣味な実験(『スイッチ 悪意の実験』潮谷験)
・「ふつう」も「日常」も尊いのだと叫びたい(『エレジーは流れない』三浦しをん)
・ゴッホはなぜ死んだのか 知識欲くすぐるミステリー(『リボルバー』原田マハ)
・絶望の未来に希望を抱かざるを得ない物語の説得力(『カード師』中村文則)
・黒田官兵衛と信長に叛旗を翻した謀反人の意図とは?(『黒牢城』米澤穂信)
・恋愛が苦手な人こそ読んでほしい。動物から学ぶ痛快ラブコメ!(『パンダより恋が苦手な私たち』瀬那 和章)
・高校の部活を通して報道のあり方を斬る(『ドキュメント』湊かなえ)
・現代社会を映す、一人の少女と小さな島の物語(『彼岸花が咲く島』李 琴峰)
・画鬼・河鍋暁斎を父にもったひとりの女性の生き様(『星落ちて、なお』澤田瞳子)
・ミステリ好きは読むべき? いま最もミステリ愛が詰め込まれた一作(『硝子の塔の殺人』知念実希人)
・人は人を育てられるのか? 子どもと向き合う大人の苦悩(『まだ人を殺していません』小林由香)
・猫はかわいい。それだけでは終われない、猫と人間の人生(『みとりねこ』有川ひろ)
・指1本で人が殺せる。SNSの誹謗中傷に殺されかけた者の復活。(『死にたがりの君に贈る物語』綾崎隼)
・“悪手”は誰もが指す。指したあとにあなたならどうするのか。(『神の悪手』芦沢央)
・何も信用できなくなる。最悪の読後感をどうとらえるか。(『花束は毒』織守きょうや)
・今だからこそ改めて看護師の仕事について知るべきなのではないか。(『ヴァイタル・サイン』南杏子)
・「らしさ」を押し付けられた私たちに選ぶ権利はないのか(『川のほとりで羽化するぼくら』彩瀬まる)
・さまざまな「寂しさ」が詰まった、優しさと希望が感じられる短編集(『かぞえきれない星の、その次の星』重松清)
・ゾッとする、気分が落ち込む――でも読むのを止められない短編集(『カミサマはそういない』深緑野分)
・社会の問題について改めて問いかける 無戸籍をテーマとしたミステリー作品(『トリカゴ』辻堂ゆめ)
・2つの顔を持つ作品たち 私たちは他人のことを何も知らない(『ばにらさま』山本文緒)
・今を変えなければ未来は変わらない。現代日本の問題をストレートに描く(『夜が明ける』西加奈子)
・自分も誰かに闇を押し付けるかもしれない。本物のホラーは日常に潜んでいる(『闇祓』辻村深月)
・ひとりの女が会社を次々と倒産させることは可能なのか?痛快リーガルミステリー(『倒産続きの彼女』新川帆立)
・絡み合う2つの物語 この世に本物の正義はあるのか(『ペッパーズ・ゴースト』伊坂幸太郎)
・新たな切り口で戦国を描く。攻め、守りの要は職人たちだった――(『塞王の楯』今村翔吾)
・鍵を握るのは少女たち――戦争が彼女たちに与えた憎しみと孤独と絆(『同志少女よ、敵を撃て』逢坂冬馬)
・運命ではない。けれど、ある芸人との出会いがひとりの女性を変えた。(『パラソルでパラシュート』一穂ミチ)
・吸血鬼が受け入れられている世界に生きる少女たちの苦悩を描く(『愚かな薔薇』恩田陸)
・3人の老人たちの自殺が浮き彫りにする「日常」(『ひとりでカラカサさしてゆく』江國香織)
・ミステリーの新たな世界観を広げる! 弁理士が主人公の物語(『特許やぶりの女王 弁理士・大鳳未来』南原詠)
・大切な人が自殺した――遺された者が見つけた生きる理由(『世界の美しさを思い知れ』額賀澪)
・生きづらさを嘆くだけでは何も始まらない。未来を切り開くため「ブラックボックス」を開く(『ブラックボックス』砂川文次)
・筋肉文学? いや、ひとりの女性の“目覚め”の物語だ(『我が友、スミス』石田夏穂)
・腐女子の世界を変えたのは、ひとりの美しい死にたいキャバ嬢だった(『ミーツ・ザ・ワールド』金原ひとみ)
・人生はうまくいかない。けれど絶望する必要はないと教えてくれる物語たち。(『砂嵐に星屑』一穂ミチ)
・明治の東海道を舞台としたデスゲーム。彼らがたどり着くのは未来か、滅びか。(『イクサガミ 天』今村翔吾)
・自分の友達が原因で妹が事故に遭った。ぎこちなくなった家族の未来は?(『いえ』小野寺史宜)
・ある日突然、愛する人が存在ごと世界から消えてしまったとしたら?(『世界が青くなったら』武田綾乃)
・あり得ない! 事件を一晩で解決する弁護士・剣持麗子、見参。(『剣持麗子のワンナイト推理』新川帆立)
・想いは変わらない……夫婦が織りなす色あせない「恋愛」(『求めよ、さらば』奥田亜希子)
・別れ、挫折、迷い。それぞれが「使命」を見つけるまでの物語(『タラント』角田光代)
・骨太リーガルミステリが問いかける。正義とは正しいのか。(『刑事弁護人』薬丸岳)
・思うようにいかない人生に、前を向く勇気をくれる一冊。(『オオルリ流星群』伊与原新)
・読んでいる者の本性を暴く? 爆発を予言する男との息詰まる舌戦!(『爆弾』呉勝浩)
・リアルとフィクションが肉薄……緻密な取材が導き出す真実とは?(『朱色の化身』塩田武士)