祖父と孫娘と、ふたりが紡ぐ人生とミステリー
文字数 2,240文字
話題の作品が気になるけど、忙しくて全部は読めない!
そんなあなたに、話題作の中身を3分でご紹介。
ぜひ忙しい毎日にひとときの癒やしを与えてくれる、お気に入りの作品を見つけてください。
小西マサテル『名探偵のままでいて』
■POINT
・祖父と孫娘の穏やかな物語
・心くすぐるミステリーの十八番がたっぷり
・謎解きだけではない、絡み合う事象
■祖父と孫娘の穏やかな物語
「どんな物語を紡ぐかね」
「物語」というワードが入ったとたんに、自分が今から話すことは少し特別なものになる。なんと不思議な言葉だろう。実は世界には、「物語」があふれている。
小西マサテルによる『名探偵のままでいて』。第21回「このミステリーがすごい!」大賞受賞作だ。
小学校教師の主人公・楓。彼女の祖父はかつて小学校の校長で、校内で一番人気の教師だった。しかし71歳となった今はレビー小体型認知症を患い、介護を受けながら暮らしている。レビー小体型認知症では、幻視や記憶障害といった症状が現れる。その幻視は、病気のせいで実在しないものが見えていると認識している患者も多くいて、祖父もまたその一人だった。
祖父はぼんやりとしているときもあれば、覚醒し、かつてのようにハキハキと話すことも多い。特に、楓が身の回りで起きた謎について話すと祖父は生き生きとした様子を見せる。そして、楽しげに謎を解いていくのだ。
そんな中で楓の人生に関わる大きな事件が起きる。
■心くすぐるミステリーの十八番がたっぷり
楓の祖父は、家から出ない。楓が持ってきた情報だけで謎を解いていく。いわゆる安楽椅子探偵だ。
楓から情報を聞いたあとは、「楓はどんな物語を紡ぐかね」と楓がどのような推理をしたかを尋ねる。楓は事前に考えてきた自分の「物語」を祖父に話して聞かせる。「物語」を話すときの楓はいつも少し緊張している。自信がないのもあるかもしれないが、ちょっと先生からの採点待ちをしているような印象もある。
祖父も、楓もミステリーが好きだ。いや、祖父が好きだったから楓も好きなのかもしれないが、作中にはいたるところにミステリーの十八番や、名作の引用がある。それは楓の同僚・岩田の後輩・四季が登場したことで加速する。海外のミステリーに染まっている楓の仕草を指摘したり、昔の海外ミステリーの「古さ」を挙げ連ねたり。ただ、そんな彼がいることで、ミステリーの解説がされ、さらにミステリーの薫りが強くなっていく。
楓の祖父が謎解きの前に必ず「煙草を一本くれないか」というのもミステリーっぽい。さながら「じっちゃんの名にかけて」や「真実はいつもひとつ!」といった決めゼリフのよう。こういった「決まり事」があると、「おっ、来るぞ来るぞ」とワクワクが盛り上がっていい。
■謎解きだけではない、絡み合う事象
ミステリーだけあってメインはもちろん謎解きだが、それぞれのバックボーンや人間関係が興味深い。祖父と楓の関係、楓と岩田、四季の関係。それぞれちょっとずつ変わり者だが、変わり者の理由がきちんと段階を追って明らかにされていくので心地よい。
さらに、物語の中盤からは楓のストーカーが現れる。ストーカーの正体は、楓の人生に大きな影響を与えるものであり、物語の根幹にも関わる。謎解きとは別に物語がもうひとつ走っていることで、より作品の奥行が増すように感じられる。
そして、興味深いのが楓と祖父の関係だ。レビー小体型認知症を患った祖父を心配し、どうにか元気でいられる時間を長くできないかと腐心する。その裏には、楓たちの家族の秘密があった。タイトルの「名探偵のままでいて」という言葉は、楓から祖父へのメッセージでもあるのだろう。
いつまでも聡明なおじいちゃんでいて、いつまでも元気なおじいちゃんのままでいて。
そんなメッセージが感じられると、物語にはより人間味が増す。
そして最後に明らかになるのは祖父の、楓への想い。読み終えたときにはきっと、ホッと笑顔がこぼれるはずだ。
「忙しい人のための3分で読める話題作書評」バックナンバー
・みんなで金持ちになれたらどんなにいいだろう。財布にまつわるエトセトラ(『財布は踊る』原田ひ香)
・大人びた高校生たちの魅力があふれる青春ミステリ(『栞と嘘の季節』米澤穂信)
・未解決事件を巡り奔走する警察、嗤う犯人……事件の悪夢は終わるのか(『リバー』奥田英朗)
・映画と小説の世界がリンクし、新たな鈴芽の旅が楽しめる(『すずめの戸締り』新海誠)
・嘘がつきたくなるほど大切な友との真実を見つける旅(『嘘つきなふたり』武田綾乃)
・たった1週間の旅が女性たちの本音を赤裸々にする(『ペーパー・リリイ』佐原ひかり)
・全てを分かり合うことはできない。家族も、夫婦も違う体を生きている。(『かんむり』彩瀬まる)
・私もいつか「老害の人」? 人生はやりたいようにやったもの勝ち(『老害の人』内館牧子)
・舞台はクイズ番組! クイズを解きながら、謎を解く新感覚小説(『君のクイズ』小川哲)
・猛烈に憧れを抱かざるを得ない、まぶしいほどの美しい愛を描いた傑作(『光のとこにいてね』一穂ミチ)