愛と別れを経て人は強くなる。孤独と寂しさを乗り越える物語。
文字数 4,197文字
話題の作品が気になるけど、忙しくて全部は読めない!
そんなあなたに、話題作の中身を3分でご紹介。
ぜひ忙しい毎日にひとときの癒やしを与えてくれる、お気に入りの作品を見つけてください。
窪美澄『夜に星を放つ』
■POINT
・愛する人との日々を描く
・失いたくない愛を求めて
・別れが人を強くする
■愛する人との日々を描く
「星はもう僕の中にある」
星は変わらず空にあって瞬いているのに、人はその存在に気づかないことが多い。下を向いて歩いていれば、空が曇っているか、晴れているかも分からないのだ。夜は特に。
窪美澄による短編集『夜に星を放つ』。第167回直木賞候補作にもなっている。
『真夜中のアボカド』の主人公・綾。コロナ禍で少し心が弱っていたときに、アボカドの種を植えたら育つのではないかと思いつき、水耕栽培を始めてみる。そんなアボカドの成長と並行して描かれるのは綾の婚活だ。婚活アプリで会った麻生と恋人になり、順調にその関係が続くと思っていたが、予想外の結末を迎える。
そのほか、16歳になった真が、田舎のおばあちゃんの家で過ごす夏休みを描いた『銀紙色のアンタレス』、交通事故で亡くなった母親が幽霊になって現れ、一緒に暮らすことになった娘を描く『真珠星のスピカ』。離婚して1年が経つ沢渡。そんな彼が出会ったシングルマザーとの日々を描く『湿りの海』、父が再婚し、弟も生まれたというのに新しい母親のことを「お母さん」と呼べない少年の繊細な心情を描く『星の随に』。
どの話もアンハッピーエンドではない。しかし、胸がきゅっと締め付けられる5編だ。
■失いたくない愛を求めて
それぞれの物語には「愛」が関わってくる。『真夜中のアボカド』では綾が恋人の関係にやきもきし、悩む。『銀紙色のアンタレス』は高校生の淡い恋を描く。
恋愛だけではない。『真珠星スピカ』、『星の随に』は家族への愛がメインとなっている。
愛にあふれた生活、誰かを愛するのは幸せなことだと思う。しかし、幸せなことばかりではないのは年を重ねれば重ねるほど身に沁みる。嫌われないように、と自分の心を押し隠し、言いたいことも言えない。愛されている側も、その好意を喜ぶだけではない。時には心を閉ざし、好意そのものに気がつかないように振舞うこともある。
好きな人の好きな人になることは難しい。その困難を乗り越えても、相思相愛が長く続くわけではない。ハッと、愛とは苦行ではないのか、とさえ思う。読んでいて読者の心を締め付けるのはそんなところにあるのかもしれない。
また、コロナ禍での日常を描いているものもあり、「ソーシャルディスタンス」という言葉がどれだけ人の心を孤独にし、絆を深めることを妨げていたかもわかる。
■別れが人を強くする
「愛」と同時に描かれるのは「別れ」だ。
5つの作品の主人公たちはそれぞれ別れを経験する。愛している人との別れは辛い。別れを回避するために、頭を悩ませる。それもまたひとつの愛なのだが、別れはどちらかの心がそっぽを向いてしまったことがきっかけで起きるものだ。修復はなかなか難しい。
きちんとした別れが成立するのは、互いの心がきちんと別の方向を向いたとき。愛があり、そのあとの別れを主人公が納得するまでの過程が丁寧に描かれている。
それは決して美しいものばかりではなく、時としてどす黒い感情もある。その感情は他人に向けられることもあれば、全ては自分のせいだと責めることもある。でもどの感情も人間らしいもので、そこに「生」を感じる。
また、別れは終わりではない。新しい一歩を踏み出すためのスタートでもある。
誰かを愛するから別れがある。でも、だからと言って、もう誰も愛さない、誰のことも大切にしないわけではない。人生は出会いと別れの繰り返し、というよくあるフレーズが頭を過る。が、その繰り返しがあってこそ、人間は成長し、背負うものも重くなる。その重さに耐えるため、人の心はたくましくなっていくのかもしれない。
「忙しい人のための3分で読める話題作書評」バックナンバー
・「推しって一体何?」へのアンサー(『推し、燃ゆ』宇佐見りん)
・孤独の中で生きた者たちが見つけた希望の光(『52ヘルツのクジラたち』町田そのこ)
・お金大好き女性弁護士が、遺言状の謎に挑む爽快ミステリー(『元彼の遺言状』新川帆立)
・2つの選択肢で惑わせる 世にも悪趣味な実験(『スイッチ 悪意の実験』潮谷験)
・「ふつう」も「日常」も尊いのだと叫びたい(『エレジーは流れない』三浦しをん)
・ゴッホはなぜ死んだのか 知識欲くすぐるミステリー(『リボルバー』原田マハ)
・絶望の未来に希望を抱かざるを得ない物語の説得力(『カード師』中村文則)
・黒田官兵衛と信長に叛旗を翻した謀反人の意図とは?(『黒牢城』米澤穂信)
・恋愛が苦手な人こそ読んでほしい。動物から学ぶ痛快ラブコメ!(『パンダより恋が苦手な私たち』瀬那 和章)
・高校の部活を通して報道のあり方を斬る(『ドキュメント』湊かなえ)
・現代社会を映す、一人の少女と小さな島の物語(『彼岸花が咲く島』李 琴峰)
・画鬼・河鍋暁斎を父にもったひとりの女性の生き様(『星落ちて、なお』澤田瞳子)
・ミステリ好きは読むべき? いま最もミステリ愛が詰め込まれた一作(『硝子の塔の殺人』知念実希人)
・人は人を育てられるのか? 子どもと向き合う大人の苦悩(『まだ人を殺していません』小林由香)
・猫はかわいい。それだけでは終われない、猫と人間の人生(『みとりねこ』有川ひろ)
・指1本で人が殺せる。SNSの誹謗中傷に殺されかけた者の復活。(『死にたがりの君に贈る物語』綾崎隼)
・“悪手”は誰もが指す。指したあとにあなたならどうするのか。(『神の悪手』芦沢央)
・何も信用できなくなる。最悪の読後感をどうとらえるか。(『花束は毒』織守きょうや)
・今だからこそ改めて看護師の仕事について知るべきなのではないか。(『ヴァイタル・サイン』南杏子)
・「らしさ」を押し付けられた私たちに選ぶ権利はないのか(『川のほとりで羽化するぼくら』彩瀬まる)
・さまざまな「寂しさ」が詰まった、優しさと希望が感じられる短編集(『かぞえきれない星の、その次の星』重松清)
・ゾッとする、気分が落ち込む――でも読むのを止められない短編集(『カミサマはそういない』深緑野分)
・社会の問題について改めて問いかける 無戸籍をテーマとしたミステリー作品(『トリカゴ』辻堂ゆめ)
・2つの顔を持つ作品たち 私たちは他人のことを何も知らない(『ばにらさま』山本文緒)
・今を変えなければ未来は変わらない。現代日本の問題をストレートに描く(『夜が明ける』西加奈子)
・自分も誰かに闇を押し付けるかもしれない。本物のホラーは日常に潜んでいる(『闇祓』辻村深月)
・ひとりの女が会社を次々と倒産させることは可能なのか?痛快リーガルミステリー(『倒産続きの彼女』新川帆立)
・絡み合う2つの物語 この世に本物の正義はあるのか(『ペッパーズ・ゴースト』伊坂幸太郎)
・新たな切り口で戦国を描く。攻め、守りの要は職人たちだった――(『塞王の楯』今村翔吾)
・鍵を握るのは少女たち――戦争が彼女たちに与えた憎しみと孤独と絆(『同志少女よ、敵を撃て』逢坂冬馬)
・運命ではない。けれど、ある芸人との出会いがひとりの女性を変えた。(『パラソルでパラシュート』一穂ミチ)
・吸血鬼が受け入れられている世界に生きる少女たちの苦悩を描く(『愚かな薔薇』恩田陸)
・3人の老人たちの自殺が浮き彫りにする「日常」(『ひとりでカラカサさしてゆく』江國香織)
・ミステリーの新たな世界観を広げる! 弁理士が主人公の物語(『特許やぶりの女王 弁理士・大鳳未来』南原詠)
・大切な人が自殺した――遺された者が見つけた生きる理由(『世界の美しさを思い知れ』額賀澪)
・生きづらさを嘆くだけでは何も始まらない。未来を切り開くため「ブラックボックス」を開く(『ブラックボックス』砂川文次)
・筋肉文学? いや、ひとりの女性の“目覚め”の物語だ(『我が友、スミス』石田夏穂)
・腐女子の世界を変えたのは、ひとりの美しい死にたいキャバ嬢だった(『ミーツ・ザ・ワールド』金原ひとみ)
・人生はうまくいかない。けれど絶望する必要はないと教えてくれる物語たち。(『砂嵐に星屑』一穂ミチ)
・明治の東海道を舞台としたデスゲーム。彼らがたどり着くのは未来か、滅びか。(『イクサガミ 天』今村翔吾)
・自分の友達が原因で妹が事故に遭った。ぎこちなくなった家族の未来は?(『いえ』小野寺史宜)
・ある日突然、愛する人が存在ごと世界から消えてしまったとしたら?(『世界が青くなったら』武田綾乃)
・あり得ない! 事件を一晩で解決する弁護士・剣持麗子、見参。(『剣持麗子のワンナイト推理』新川帆立)
・想いは変わらない……夫婦が織りなす色あせない「恋愛」(『求めよ、さらば』奥田亜希子)
・別れ、挫折、迷い。それぞれが「使命」を見つけるまでの物語(『タラント』角田光代)
・骨太リーガルミステリが問いかける。正義とは正しいのか。(『刑事弁護人』薬丸岳)
・思うようにいかない人生に、前を向く勇気をくれる一冊。(『オオルリ流星群』伊与原新)
・読んでいる者の本性を暴く? 爆発を予言する男との息詰まる舌戦!(『爆弾』呉勝浩)
・リアルとフィクションが肉薄……緻密な取材が導き出す真実とは?(『朱色の化身』塩田武士)
・沖縄本土復帰直前に起こった100万ドル強奪事件! 琉球警察に未来が託される(『渚の螢火』坂上泉)
・舞台は公正取引委員会! ノンキャリ女性の奮闘劇(『競争の番人』新川帆立)
・思わず「オーレ!」と叫びたくなる! 新感覚の闘牛士×ミステリー(『情熱の砂を踏む女』下村敦史)
・孤独な青年が音楽教室を舞台に裏切りと奏でる喜びに揺れ動く(『ラブカは静かに弓を持つ』安壇美緒)