画鬼・河鍋暁斎を父にもったひとりの女性の生き様
文字数 2,266文字
話題の作品が気になるけど、忙しくて全部は読めない!
そんなあなたに、話題作の中身を3分でご紹介。
ぜひ忙しい毎日にひとときの癒やしを与えてくれる、お気に入りの作品を見つけてください。
今回の話題作
『星落ちて、なお』澤田瞳子読むのにかかる時間:約2分55秒
■POINT
・河鍋暁斎の娘・とよの人生
・「家族」の形に悩み続けたとよは答えを出せたのか
・絵師としての苦悩、越えられない父
■河鍋暁斎の娘・とよの人生
「人ってのは結局、喜ぶためにこの世に生まれてくるんじゃないんですかね」
人は、生まれた瞬間から生きている。死ぬまで生きている。当たり前のことだが、当たり前すぎて忘れてしまう。そんな死ぬまでの人生をどう生きるのか。
第165回直木賞受賞作品である澤田瞳子の『星落ちて、なお』。
河鍋暁斎という人物を知っているだろうか。幕末から明治にかけて絵師として活躍した人物である。物語の主人公はその暁斎の娘、“とよ”だ。
とよにとって、父としてよりも、絵の師匠としての方が大きな存在だった暁斎。弟子として絵を学びながら、とよは甲斐甲斐しく暁斎の世話と手伝いをしていた。
早くから養子に出された腹違いの兄・周三郎、絵の道には進まず、どこか自堕落な弟の記六、病弱な妹のきく。暁斎が亡くなったことがきっかけで、河鍋家の家族のバランスが崩れ始める。更に、明治から大正という時代の変化とともに、絵の世界にもその変化が現れる。
偉大な父の死後、迷いながらも絵の道を進み、家族の形に悩むとよの生涯を描く。
■血縁について悩み続けたとよは答えを出せたのか
兄の周三郎はことあるごとにとよに難癖をつけてくる。記六は頼りなく、都合の良いときだけとよのもとを訪れる。妹のきくとの仲は悪くはないが、病弱という点で、とよの気が休まることはなかった。
そして、とよは自分の家族の形に対して懐疑的だった。兄からは恨まれていると思い、顔を合わせるのは気が重い。とよ自身も家族を持つが、その形に疑問を持つようになる。自分たち河鍋家は血ではなく、墨で繋がっているだけではないのか。父は、自分を娘としてではなく、弟子としてしか見ていなかったのではないか。いびつだった父娘関係からか、とよは常に頭の片隅で「正しい家族の形」について考え続けているようにも見える。
自分以外の家族を見ているときも、「家族とはなんなのか」という答えを無意識のうちに探し、それぞれの家族を分析している。とにかく、とよは自分が納得できる「家族」の答えが欲しかった。
■絵師としての苦悩、越えられない父
とよの悩みは家族についてだけではない。
自身を「画鬼」と名乗っていた父の暁斎は狩野派の流れを受けながらも、ほかの流派や画法も取り入れ、さまざまな作品を残した。
そんな父の画風を最も忠実に受け継いでいたのは兄の周三郎だった。一方とよは、父どころか、兄を越えることもできない。絵の道を歩み続けながらも、とよがすっきりとした気持ちで絵を描いている場面はほとんどない。兄が亡くなったあとは、自分しか暁斎の流れを継ぐ者がいない、という責任感に押しつぶされそうになっているようにも見える。
父を意識し、兄を意識し、のびのびと描くことができなかったとよがそれでも絵筆を離せなかったのはなぜなのか。ただ単純に、絵を描くことが喜びだったからだ。5歳で絵筆を持ち、悩みながらも描き続けた彼女にとって、描くこと自体が幸せだった。そして、絵があったからこそ、とよはさまざまな人と出会い、心を震わせる出来事と相対することができた。
絵が全てだった、というと、味気ないものに聞こえるかもしれない。しかし、とよにとってそれは父が遺してくれたものであり、反発し合う兄との繋がりでもあった。家族を形作るのは血ではない。想いだ。あまりにも強すぎると苦しめられることもあるかもしれないが、「伝えたい想い」こそが家族を繋ぐのかもしれない。
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・画鬼・河鍋暁斎を父にもったひとりの女性の生き様(『星落ちて、なお』澤田瞳子)