読んでいる者の本性を暴く? 爆発を予言する男との息詰まる舌戦!

文字数 3,836文字

話題の作品が気になるけど、忙しくて全部は読めない!

そんなあなたに、話題作の中身を3分でご紹介。

ぜひ忙しい毎日にひとときの癒やしを与えてくれる、お気に入りの作品を見つけてください。

今回の話題作

呉勝浩『爆弾』

文・構成:ふくだりょうこ

■POINT

・突然、東京が爆弾の脅威にさらされる

・爆発を予言する男の食えなさ

・人間の本性とは何か

■突然、東京が爆弾の脅威にさらされる


「命は平等って、ほんとうですか?」


嫌な質問だな、と思う。多くの人は「平等だ」と答えるだろう。

しかし「大切な人と、知らない人がおぼれていたらあなたはどちらを助けますか」と聞かれたらどうだろう。


呉勝浩『爆弾』。

ある中年男が傷害事件で野方署に連行された。酔っぱらって酒屋の自動販売機を蹴りつけ、それを止めた店員を殴ったという。すぐに片がつくと思われていた事件。しかし、「スズキタゴサク」と名乗った男は、自分に霊感があるという。10時に秋葉原で爆発事件が起きる、と予言したのだ。

取り調べを担当していた等々力は半信半疑だ。しかし、スズキの予告通り、爆発は起こった。


「わたしの霊感じゃあここから三度、次は一時間後に爆発します」


秋葉原の爆発は小規模なものだった。しかし、次第に爆発の規模は大きくなっていく。次に起こった東京ドーム近くの爆発では死者が出てしまった。やがて爆弾は東京中の人間を巻き込む事態へと発展する。

どこに爆弾があるのか、いつ爆発するのか、目的はなんなのか。スズキと警察の駆け引きが始まる。

■爆発を予言する男の食えなさ


霊感があるというスズキは、記憶喪失だという。住所も忘れた。そのわりに、ぺちゃくちゃと思い出話をする。

等々力の次に取り調べを担当することになった警視庁の清宮には「心の形を当てて見せます」と言って、『九つの尻尾』というゲームを持ち掛ける。スズキの9つの問いに清宮が答えていくというシンプルなものだが、その中には、爆弾が隠されている場所、爆発する時間のヒントが隠されていた。清宮と彼の部下である類家はスズキの話の中から爆弾の場所を特定していく。が、飄々としたスズキの態度に清宮は次第に翻弄されていく。


スズキとは、等々力、清宮のほか、類家、取り調べの補助を行う伊勢が対峙することになる。狭い取り調べ室の中で繰り広げられる駆け引きは手に汗握る。

対峙する者たちの反応はさまざまだ。翻弄される者、利用される者、己の本心と向き合うことになる者。スズキの学がないというわりに、巧みな話術。自然といつもとは違う自分が引き出されていく。


読んでいてその口をふさぎたい衝動に駆られる。それでいてスズキの証言の中から爆弾が仕掛けられている場所を特定しようと考えてしまっている自分がいる。読者もまた、スズキタゴサクの術中にハマッてしまうのだ。

■人間の本性とは何か


どうにかして爆発を防ぎたい。警察はそのために必死の捜索を繰り広げる。23区全体に爆破の危険があるとわかると都民はパニックに陥り、事態はさらに混迷を極めていく。

もちろん、警察は正義のために奔走するわけだが、事件に巻き込まれていく中で、それまで自覚していなかった自分の中の本性に気がつくことになる。


爆破を見て心が騒ぐ者もいるし、同僚が爆破に巻き込まれ、命の順位をつけてしまった自分に愕然とする者もいる。

だからこそ、スズキタゴサクの行動に怒りながらも、「わからなくもない」と思ってしまう読者もいるかもしれない。その時、ハッとして、そんな自分を恥じるだろうか。


本性というのは誰にもわからない。自分にだってわからない。だからこそ、知ってしまったときに驚くだろうし、恥じたり、怒ったりする場合もあるだろう。だが、大半の人は本性を自覚したとしても、理性でそれを抑える。抑えられないのが犯罪者なのだ。

人が超えてはいけない一線とは何か。それがこの作品には描かれている。

今回紹介した本は…

『爆弾』

呉勝浩

講談社

1980円(1800円+消費税10%)

「忙しい人のための3分で読める話題作書評」バックナンバー

「推しって一体何?」へのアンサー(『推し、燃ゆ』宇佐見りん)

「多様性」という言葉の危うさ(『正欲』朝井リョウ)

孤独の中で生きた者たちが見つけた希望の光(『52ヘルツのクジラたち』町田そのこ)

お金大好き女性弁護士が、遺言状の謎に挑む爽快ミステリー(『元彼の遺言状』新川帆立)

2つの選択肢で惑わせる 世にも悪趣味な実験(『スイッチ 悪意の実験』潮谷験)

「ふつう」も「日常」も尊いのだと叫びたい(『エレジーは流れない』三浦しをん)

ゴッホはなぜ死んだのか 知識欲くすぐるミステリー(『リボルバー』原田マハ)

絶望の未来に希望を抱かざるを得ない物語の説得力(『カード師』中村文則)

黒田官兵衛と信長に叛旗を翻した謀反人の意図とは?(『黒牢城』米澤穂信)

恋愛が苦手な人こそ読んでほしい。動物から学ぶ痛快ラブコメ!(『パンダより恋が苦手な私たち』瀬那 和章)

高校の部活を通して報道のあり方を斬る(『ドキュメント』湊かなえ)

現代社会を映す、一人の少女と小さな島の物語(『彼岸花が咲く島』李 琴峰)

画鬼・河鍋暁斎を父にもったひとりの女性の生き様(『星落ちて、なお』澤田瞳子)

ミステリ好きは読むべき? いま最もミステリ愛が詰め込まれた一作(『硝子の塔の殺人』知念実希人

人は人を育てられるのか? 子どもと向き合う大人の苦悩(『まだ人を殺していません』小林由香)

猫はかわいい。それだけでは終われない、猫と人間の人生(『みとりねこ』有川ひろ)

指1本で人が殺せる。SNSの誹謗中傷に殺されかけた者の復活。(『死にたがりの君に贈る物語』綾崎隼)

“悪手”は誰もが指す。指したあとにあなたならどうするのか。(『神の悪手』芦沢央)

何も信用できなくなる。最悪の読後感をどうとらえるか。(『花束は毒』織守きょうや)

今だからこそ改めて看護師の仕事について知るべきなのではないか。(『ヴァイタル・サイン』南杏子)

「らしさ」を押し付けられた私たちに選ぶ権利はないのか(『川のほとりで羽化するぼくら』彩瀬まる)

さまざまな「寂しさ」が詰まった、優しさと希望が感じられる短編集(『かぞえきれない星の、その次の星』重松清)

ゾッとする、気分が落ち込む――でも読むのを止められない短編集(『カミサマはそういない』深緑野分)

社会の問題について改めて問いかける 無戸籍をテーマとしたミステリー作品(『トリカゴ』辻堂ゆめ)

2つの顔を持つ作品たち 私たちは他人のことを何も知らない(『ばにらさま』山本文緒

今を変えなければ未来は変わらない。現代日本の問題をストレートに描く(『夜が明ける』西加奈子)

自分も誰かに闇を押し付けるかもしれない。本物のホラーは日常に潜んでいる(『闇祓』辻村深月)

ひとりの女が会社を次々と倒産させることは可能なのか?痛快リーガルミステリー(『倒産続きの彼女』新川帆立)

絡み合う2つの物語 この世に本物の正義はあるのか(『ペッパーズ・ゴースト』伊坂幸太郎)

新たな切り口で戦国を描く。攻め、守りの要は職人たちだった――(『塞王の楯』今村翔吾)

鍵を握るのは少女たち――戦争が彼女たちに与えた憎しみと孤独と絆(『同志少女よ、敵を撃て』逢坂冬馬)

運命ではない。けれど、ある芸人との出会いがひとりの女性を変えた。(『パラソルでパラシュート』一穂ミチ

吸血鬼が受け入れられている世界に生きる少女たちの苦悩を描く(『愚かな薔薇』恩田陸)

3人の老人たちの自殺が浮き彫りにする「日常」(『ひとりでカラカサさしてゆく』江國香織)

ミステリーの新たな世界観を広げる! 弁理士が主人公の物語(『特許やぶりの女王 弁理士・大鳳未来』南原詠)

大切な人が自殺した――遺された者が見つけた生きる理由(『世界の美しさを思い知れ』額賀澪)

生きづらさを嘆くだけでは何も始まらない。未来を切り開くため「ブラックボックス」を開く(『ブラックボックス』砂川文次)

筋肉文学? いや、ひとりの女性の“目覚め”の物語だ(『我が友、スミス』石田夏穂)

腐女子の世界を変えたのは、ひとりの美しい死にたいキャバ嬢だった(『ミーツ・ザ・ワールド』金原ひとみ)

人生はうまくいかない。けれど絶望する必要はないと教えてくれる物語たち。(『砂嵐に星屑』一穂ミチ)

明治の東海道を舞台としたデスゲーム。彼らがたどり着くのは未来か、滅びか。(『イクサガミ 天』今村翔吾)

・自分の友達が原因で妹が事故に遭った。ぎこちなくなった家族の未来は?(『いえ』小野寺史宜)

・ある日突然、愛する人が存在ごと世界から消えてしまったとしたら?(『世界が青くなったら』武田綾乃)

・あり得ない! 事件を一晩で解決する弁護士・剣持麗子、見参。(『剣持麗子のワンナイト推理』新川帆立)

・想いは変わらない……夫婦が織りなす色あせない「恋愛」(『求めよ、さらば』奥田亜希子)

・別れ、挫折、迷い。それぞれが「使命」を見つけるまでの物語(『タラント』角田光代)

・骨太リーガルミステリが問いかける。正義とは正しいのか。(『刑事弁護人』薬丸岳)

・思うようにいかない人生に、前を向く勇気をくれる一冊。(『オオルリ流星群』伊与原新)

・読んでいる者の本性を暴く? 爆発を予言する男との息詰まる舌戦!(『爆弾』呉勝浩)

登場人物紹介

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