ルンタッタ、ルンタッタと笑いたい人たちの物語
文字数 4,784文字
話題の作品が気になるけど、忙しくて全部は読めない!
そんなあなたに、話題作の中身を3分でご紹介。
ぜひ忙しい毎日にひとときの癒やしを与えてくれる、お気に入りの作品を見つけてください。
劇団ひとり『浅草ルンタッタ』
■POINT
・置屋で暮らす女たちと赤ん坊
・浅草オペラに魅せられて
・楽しいから笑っているわけじゃない
■置屋で暮らす女たちと赤ん坊
「お母さん……うたって……」
歌は不思議だ。ひとりで歌っても元気が出る。でも、誰かと歌うと心が躍り、笑顔になる。
劇団ひとり『浅草ルンタッタ』。前作『青天の霹靂』から12年ぶりとなる新作だ。
舞台となるのは明治から大正にかけての浅草。置屋「燕屋」にある日、女の子の赤ん坊が捨てられていた。その子を見つけ、抱き上げたのは遊女の千代。かつて彼女は自分の幼い子どもを亡くしていた。周りの女たちは反対したが、千代はどうにか説き伏せて、赤ん坊を「燕屋」で育てることとなる。
赤ん坊はお雪と名付けられた。最初は気乗りしなかった女たちもやがてお雪を愛し、自分たちにできることはなんでもしてあげた。教えられることは教え、ときには厳しく、時には甘やかす。お雪は「燕屋」の花だった。
「燕屋」で育ち、このまま楽しく過ごしていくのだと信じて疑っていなかったであろうお雪。しかし、お雪たちの日々はある男の手によっていとも簡単に壊されてしまう。
■浅草オペラに魅せられて
お雪は芝居小屋に行くのが大好きだった。彼女が好きなのは浅草オペラ。オペラではなく、浅草オペラ?
オペラが最初に浅草の芝居小屋で公演されたときは、大きな話題を呼んだ。とはいえ、本場のように全て歌でやるというわけではなく、歌とセリフで構成されたものだ。それも、オペラをそのまま長い時間公演するわけにもいかないので、名シーンだけを繋ぎ合わせたものだった。おまけに浅草の人たちは飽きっぽいという。どんどん新しいものを上演していかなければならないし、芝居小屋の人間たちもそんなにたくさんの作品を知っているわけではない。それどころか、本場のオペラを見たことがある人がいない。次第に、洋物の楽器を使っていればオペラと認められるようになった。本物のオペラとは少し違う。でも、当時の人たちにはとてもウケる、オリジナルの浅草オペラが誕生した。
お雪はその浅草オペラに魅了されていたし、浅草の人たちも夢中になっていた。芝居小屋はいつも満席だった。やがて浅草オペラはお雪にとって、生きていくために必要不可欠なものになっていく。
描かれている人々の生活は決して裕福なものではないけれど、エンターテイメントは昔からずっと人の力になっていることがわかる。
■楽しいから笑っているわけじゃない
舞台となっているのは行き場のいなくなった女性たちが集う置屋だ。
女たちはたまにケンカもするが、それぞれ仲良く、それなりに楽しくやっていた。が、政府公認である遊郭とは違い、置屋は表立って営業ができない。そのため、訪れる警察官に袖の下を渡すこともある。いや、そもそも警察官が来るべきではないだろう、という話なのだが、どの時代にもいけないことをするやつはいる。
燕屋では、金をもらいタダで女と遊び、権力を笠に着て好き勝手放題する中村という男に手を焼いていた。何をされても文句は言えない。中村の言うことは絶対だった。だがあるとき、中村は人の道理を外れた行動を起こす。それに怒ったお千代だったが……。
「浅草ルンタッタ」という陽気なタイトルらしく、人々の心を躍らせる浅草オペラを題材とした一見明るい物語だ。しかし、その影にいるのは、笑わなければ「やってられない」という気持ちの人たち。そして、笑うことを忘れてしまった人に届けたい笑顔がある人たちだ。
明治、大正のころと違い、今は良い時代になったと感じるかもしれない。でも、笑わなければやっていられない人のほうがきっと多い。
だから一緒に歌おう、踊ろう、ルンタッタ。そんなふうに呼びかけているようだ。
それにしても、なんと口触りの良い音だ、「ルンタッタ」。
「忙しい人のための3分で読める話題作書評」バックナンバー
・「推しって一体何?」へのアンサー(『推し、燃ゆ』宇佐見りん)
・孤独の中で生きた者たちが見つけた希望の光(『52ヘルツのクジラたち』町田そのこ)
・お金大好き女性弁護士が、遺言状の謎に挑む爽快ミステリー(『元彼の遺言状』新川帆立)
・2つの選択肢で惑わせる 世にも悪趣味な実験(『スイッチ 悪意の実験』潮谷験)
・「ふつう」も「日常」も尊いのだと叫びたい(『エレジーは流れない』三浦しをん)
・ゴッホはなぜ死んだのか 知識欲くすぐるミステリー(『リボルバー』原田マハ)
・絶望の未来に希望を抱かざるを得ない物語の説得力(『カード師』中村文則)
・黒田官兵衛と信長に叛旗を翻した謀反人の意図とは?(『黒牢城』米澤穂信)
・恋愛が苦手な人こそ読んでほしい。動物から学ぶ痛快ラブコメ!(『パンダより恋が苦手な私たち』瀬那 和章)
・高校の部活を通して報道のあり方を斬る(『ドキュメント』湊かなえ)
・現代社会を映す、一人の少女と小さな島の物語(『彼岸花が咲く島』李 琴峰)
・画鬼・河鍋暁斎を父にもったひとりの女性の生き様(『星落ちて、なお』澤田瞳子)
・ミステリ好きは読むべき? いま最もミステリ愛が詰め込まれた一作(『硝子の塔の殺人』知念実希人)
・人は人を育てられるのか? 子どもと向き合う大人の苦悩(『まだ人を殺していません』小林由香)
・猫はかわいい。それだけでは終われない、猫と人間の人生(『みとりねこ』有川ひろ)
・指1本で人が殺せる。SNSの誹謗中傷に殺されかけた者の復活。(『死にたがりの君に贈る物語』綾崎隼)
・“悪手”は誰もが指す。指したあとにあなたならどうするのか。(『神の悪手』芦沢央)
・何も信用できなくなる。最悪の読後感をどうとらえるか。(『花束は毒』織守きょうや)
・今だからこそ改めて看護師の仕事について知るべきなのではないか。(『ヴァイタル・サイン』南杏子)
・「らしさ」を押し付けられた私たちに選ぶ権利はないのか(『川のほとりで羽化するぼくら』彩瀬まる)
・さまざまな「寂しさ」が詰まった、優しさと希望が感じられる短編集(『かぞえきれない星の、その次の星』重松清)
・ゾッとする、気分が落ち込む――でも読むのを止められない短編集(『カミサマはそういない』深緑野分)
・社会の問題について改めて問いかける 無戸籍をテーマとしたミステリー作品(『トリカゴ』辻堂ゆめ)
・2つの顔を持つ作品たち 私たちは他人のことを何も知らない(『ばにらさま』山本文緒)
・今を変えなければ未来は変わらない。現代日本の問題をストレートに描く(『夜が明ける』西加奈子)
・自分も誰かに闇を押し付けるかもしれない。本物のホラーは日常に潜んでいる(『闇祓』辻村深月)
・ひとりの女が会社を次々と倒産させることは可能なのか?痛快リーガルミステリー(『倒産続きの彼女』新川帆立)
・絡み合う2つの物語 この世に本物の正義はあるのか(『ペッパーズ・ゴースト』伊坂幸太郎)
・新たな切り口で戦国を描く。攻め、守りの要は職人たちだった――(『塞王の楯』今村翔吾)
・鍵を握るのは少女たち――戦争が彼女たちに与えた憎しみと孤独と絆(『同志少女よ、敵を撃て』逢坂冬馬)
・運命ではない。けれど、ある芸人との出会いがひとりの女性を変えた。(『パラソルでパラシュート』一穂ミチ)
・吸血鬼が受け入れられている世界に生きる少女たちの苦悩を描く(『愚かな薔薇』恩田陸)
・3人の老人たちの自殺が浮き彫りにする「日常」(『ひとりでカラカサさしてゆく』江國香織)
・ミステリーの新たな世界観を広げる! 弁理士が主人公の物語(『特許やぶりの女王 弁理士・大鳳未来』南原詠)
・大切な人が自殺した――遺された者が見つけた生きる理由(『世界の美しさを思い知れ』額賀澪)
・生きづらさを嘆くだけでは何も始まらない。未来を切り開くため「ブラックボックス」を開く(『ブラックボックス』砂川文次)
・筋肉文学? いや、ひとりの女性の“目覚め”の物語だ(『我が友、スミス』石田夏穂)
・腐女子の世界を変えたのは、ひとりの美しい死にたいキャバ嬢だった(『ミーツ・ザ・ワールド』金原ひとみ)
・人生はうまくいかない。けれど絶望する必要はないと教えてくれる物語たち。(『砂嵐に星屑』一穂ミチ)
・明治の東海道を舞台としたデスゲーム。彼らがたどり着くのは未来か、滅びか。(『イクサガミ 天』今村翔吾)
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