「世界最期の日に何をするか」は戯言ではない
文字数 2,100文字
話題の作品が気になるけど、忙しくて全部は読めない!
そんなあなたに、話題作の中身を3分でご紹介。
ぜひ忙しい毎日にひとときの癒やしを与えてくれる、お気に入りの作品を見つけてください。
『滅びの前のシャングリラ』凪良ゆう
読むのにかかる時間:約3分7秒
・本屋大賞受賞後、初の新作はディストピア
・今だからこそ読んでおきたい終末の世界
・最期の日、自分はどう過ごしたいかを考える
「殺されるくらいなら、殺してでも生き延びろ」
好きな女の子と一緒に東京へ行く、と言い出した息子に、母はそう言って包丁を渡した。世界は、一変していた。
2020年本屋大賞受賞後の第一作となる凪良ゆう著『滅びの前のシャングリラ』。
ぽっちゃり体型で運動と成績は中の下、クラスの上級階層の男子にはイジられ、パシリとして扱われている江那友樹、17歳。
「こいつら全員死んじまえ。それが叶わないなら、ぼくがもう死んでしまいたい」
そんな友樹の願いは予想しない形で叶う。1ヵ月後に地球に直径10キロの小惑星が衝突する。それは、恐竜が絶滅したときに衝突されたとする小惑星と同じぐらいのサイズ。テレビで報道されるのは「もしかしたら、地球上の人類の2割は生き残れるかもしれない」という絶望的な推測。
日常はあっという間に壊れ、世界は荒廃していく。
そんな中で友樹は、地元の広島から東京にアーティストLocoのライブを観に行くという藤森雪絵に同行することに。
世界滅亡を目前にし、友樹を始めとした「人生をうまく生きられなかった」4人の最期の1ヵ月を描く。
「1ヶ月後、小惑星が衝突し、人類は滅亡します」
こういった設定の場合、ハリウッド映画では小惑星をどうにかしようとするヒーローが描かれるわけだが、本作の中ではそういった話題は出てこない。ただ普通に、日々を生きていた人たちの暮らしが描かれる。
人類滅亡だなんて――と2年前なら笑えたかもしれない。しかし、世界は今、パンデミックで想像もしない世界で生きることになった。
そうなると、小惑星が衝突し、人類が滅亡するというのもあり得るかもしれない、と頭の端っこで思う。そして、私たちは、荒廃した世界を垣間見てしまったがために、妙にこの作品にリアリティを感じてしまう。
例えば、友樹たちが暮らす郊外では米と水の争奪戦が始まったころ、東京などの大都会では略奪行為が始まっている。パンデミックの最初のころ、店頭からはマスクと消毒液、そしてトイレットペーパーと粉ものが消えた。マスクを高値で販売する人間が現れた。トイレットペーパーが不足するということにいたってはデマで、間もなく商品不足は解消されたけれど、人々はみなスーパーに走った。
1ヶ月後に死ぬと宣告されて、誰が冷静に物事を見つめられるだろう。混乱世界を、私たちはたやすく想像できるようになってしまった、ということを思い知らされる。
みんな死んでしまうんだ。自分も――。そうなったとき、どんなふうにして過ごしたいか。冷静でいるつもりでも、どこか麻痺した頭で自分の欲求を探っていく。
友樹は小学校から片想いをしていた雪絵と一緒にいることを選んだ。彼女が少しでも幸せでいられる方法、満足できる方法を模索した。逆に、雪絵に好意を持つ故に乱暴しようとした男もいた。自分が満たされるものはなんなのか、自分が最期に欲するものはなんなのか、ということがあまりにも鮮明に描かれ、自覚することになる。
死にざまが人生を映すというのだろうか。平時に惨めで、心のどこかで死にたいといつも思っていた友樹は死ぬ直前にはもう少し生きていたいと思えるようになる。
明日も生きると思っているから、世の中は秩序が保たれている。でも、明日生きられないかもしれないと思うと人は自由になれる。なんとも皮肉で矛盾した世界だ。
突然そんな日が訪れてほしくはない。でも、今だからこそ、真面目に「最期の日はどのように過ごしたいか」を考えてみてもいいのではないだろうか。