「ふつう」も「日常」も尊いのだと叫びたい
文字数 1,980文字
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『エレジーは流れない』三浦しをん
この記事の文字数:1,449字
読むのにかかる時間:約2分54秒
文・構成:ふくだりょうこ
■POINT
・温泉町を舞台に繰り広げられる青春群像劇
・ふつうじゃない家族構成が主人公を大人にする
・日常を過ごす、ということの尊さ
■温泉町を舞台に繰り広げられる青春群像劇
「『ふつう』はひとつではなく、いろいろな種類があることこそがふつうなのだと、子どもながらに感じた」
小学生のころのささやかな経験を振り返り、そう悟るのは主人公の穂積怜だ。「ふつうとはなんなのだ?」に首をかしげる大人たちを後目に怜はもう答えを見つけ出していた。
三浦しをんの最新作『エレジーは流れない』。舞台は海と山に囲まれた餅湯温泉。かつては団体旅行客でにぎわっていたが、今は夏などの観光シーズンを除いてはひっそりとしている。そんな餅湯温泉の商店街にある「お土産 ほづみ」生まれ育った穂積怜。のどかに日々を過ごしているように見える彼だったが、実は複雑な家庭事情、進路に頭を悩ませていた。しかし、悩んでいても日々は流れ、学校の屋上で同級生たちとお弁当を広げる。
平穏を願う怜に次々と降りかかる騒動に振り回されながらも、怜は少しずつ大人になっていく。
■ふつうじゃない家族構成が主人公を大人にする
怜は宿題が出れば無視できずにやるし、コツコツと普段から勉強もしているので成績もそれなりに良い。母親に対して時には反抗心を抱きつつも、基本的に逆らうこともなく、家の土産屋を手伝い、弁当は自分で作り、母と交代制で夕飯も作る。「ふつう」よりも少し「優等生」。それに少し納得できていなところもある。なるべく波風を立てないように、激しい感情を表明することなく日々を過ごすことに腐心しているようにも見える。
そんな彼の「ふつう」じゃないところは2つの家があることだ。普段、一緒に暮らしている土産屋を営む「おふくろ」の寿絵。食品関連会社の三代目の女社長な「お母さん」の伊都子。怜は、毎月第3週は伊都子の家で過ごす。それが小さいころからの習慣だったのでこれが怜の「ふつう」。いや、ふつうとは違うのは知っていたけれど、本当のことを知るのが怖くて、怜はどちらの母親にも詳しいことを聞けずにいたが、聞かずにはいられない事態が起こっていく。
母親たちとの関わりを通じて、怜の本当の性格や自身も気がついていない本音が垣間見られることで、キャラクターの輪郭が濃くなっていくのが興味深い。
■日常を過ごす、ということの尊さ
怜には毎日、昼休みを共にする友人たちがいる。幼馴染で美術部の部長を務めているちょっと影の薄い丸山。同じく幼馴染の竜人と心平。ふたりは明るいバカかつ、尋常ではない運動神経の持ち主ということもあって、気が合う。しかし、もう一度言うが、バカだ。心平は竜人にカンチョーをして右手の中指と人差し指を骨折するというエピソードに集約されている。そしてもうひとりは老舗旅館の跡取り息子で落ち着いた物腰の藤島。
心平や竜人は思い立ったが吉日とばかりに行動を起こし、それに怜と丸山が巻き込まれていく。それを見守る藤島という構図だ。
大きなケンカが起きるわけでもない。いじめもない。地元の「餅湯博物館」から縄文式土器が盗まれるという事件も起きるが、とびきり大事件というわけでもない。
毎日、ちょっとずつ昨日と違うことが起こり、進路に頭を悩ませて、時には友達に嫉妬したり。その嫉妬が関係に波風を立てるわけでもない。そうして日常が過ぎていく。でもそんな日常の尊さになかなか気がつかない。気がつくのは、最後まで読み終えた読者だけ。そして、「日常っていいな」ときっと思う。今のこの時代だから余計に。