猛烈に憧れを抱かざるを得ない、まぶしいほどの美しい愛を描いた傑作

文字数 2,284文字

話題の作品が気になるけど、忙しくて全部は読めない!

そんなあなたに、話題作の中身を3分でご紹介。

ぜひ忙しい毎日にひとときの癒やしを与えてくれる、お気に入りの作品を見つけてください。

今回の話題作

一穂ミチ『光のとこにいてね』

文・構成:ふくだりょうこ

■POINT

・偶然出会った2人の少女の運命

・人間の愛は尊いことを思い出す

・結珠と果遠の心を縛る母の存在

■偶然出会った2人の少女の運命


「そこの、光のとこにいてね」


小さな子どもが言った言葉。陽だまりができている場所、「光のとこ」。曖昧で、すぐになくなってしまうかもしれないその場所は、なんとも優しいものに聞こえる。


第168回直木賞候補作、2023年本屋大賞ノミネート作品である一穂ミチ『光のとこにいてね』。


毎週水曜日、母親に連れられて古びた団地にやってくる小学2年生の少女・結珠。母は、ボランティアだと言ってある男が住んでいる団地の一室に入っていく。その間、約30分。ひとりで待っているように言われた結珠が出会ったのは、同い年の女の子・果遠だった。

育ってきた環境がまるっきり違う2人。分からないことだらけの世界の中で、幼い2人にとって互いの存在が次第にかけがえのないものになっていく。しかし、2人の時間は長くは続かなかった。

時が流れ、やがて2人は再会する。高校生になった2人は成長しながらも、互いに対する想いはより大きく明確なものとなっていた。

2度の別れののちに、2人が進んだ道とは。

■人間の愛は尊いことを思い出す


「ひとを愛することのすばらしさ」なんて陳腐な表現しかできなかのが歯がゆい。しかし、読了後に感じるのは、忘れかけていたそんな「すばらしさ」だ。


結珠と果遠は2度の別れと2度の再会を果たした。別れはいつも突然だった。再会は運命のようにも見えた。会いたい、もしかしたら会えるかもしれないという淡い期待を、心の中に持ち続けていた。そんな2人の想いが互いを引き寄せたと言っても過言ではないかもしれない。

初めて会ったのが7歳のときで、次に会ったのが高校生、2度目の再会は29歳のとき。

出会ってから20年以上が経っているというのに、2人はお互いのことをよく知らず、でも心の奥底では繋がり合っているという不思議な関係だった。

互いに対して好意を持っていたが、愛や恋というものではなく、魂で惹かれ合っているという表現がぴったりのように思う。彼女たちを深く愛しているそれぞれの配偶者が、自分は一番ではないのだと諦めてしまうほどに。


交互に描かれる結珠と果遠それぞれの視点。全編を通して描かれているのは、それぞれの相手に対する愛だ。でも、愛しているとは言わない。

ただ、ずっと2人からは愛がこぼれていて、胸が締め付けられる。

■結珠と果遠の心を縛る母の存在


幼い2人に共通していたのは、母親に逆らえないということ。もちろん、子どものころは多かれ少なかれそういった部分があるのかもしれない。でも、彼女たちにとって母親の言うことは絶対だった。母の言葉が2人の世界を少し歪めていた。


結珠と果遠が母親に対して抱く想いはもちろん異なるものだったが、母親の影は大人になっても彼女たちについて回り、苦しめる。

自分を愛してくれなかった結珠の母親。男と消えてしまった果遠の母親。

意識すればするほど、「母親のようになってしまうのかもしれない」「母親のようになりたくない」という思いが強くなっていく様子は、呪いにも近いものがあった。


多くの場合、家族との付き合いは長く、子どもから大人になるまでの大切な時間を共に過ごす。その中で受ける影響は大きい。そしてそれは親から離れたあとにも及ぶ。物理的に離れたところで、呪いはとけない。呪いをとくためには自発的な行動が必要だった。

そして、呪いをとくために、結珠と果遠は互いの存在が必要だったのかもしれない。


人間の生々しさももちろん描かれている。それでも、美しい物語だったと感じるのは、あまりにも彼女たちの魂が澄んでいるからなのか。そんなひとは存在するのだろうか。したとして、生きづらそうだとは思う。

それでも憧れるのは、こんなふうにひとを愛したい、愛されてみたいという思いがあるからなのかもしれない。

今回紹介した本は

『光のとこにいてね』

一穂ミチ

文藝春秋

1980円(1800円+消費税10%)

登場人物紹介

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