自分の友達が原因で妹が事故に遭った。ぎこちなくなった家族の未来は?
文字数 3,715文字
話題の作品が気になるけど、忙しくて全部は読めない!
そんなあなたに、話題作の中身を3分でご紹介。
ぜひ忙しい毎日にひとときの癒やしを与えてくれる、お気に入りの作品を見つけてください。
『いえ』小野寺史宜
この記事の文字数:1,610字
読むのにかかる時間:約3分13秒
■POINT
・妹が遭った事故が「いえ」を変えていく
・日々にモヤモヤを抱えて生きる傑の出口は?
・家族が絆を築き直す
■妹が遭った事故が「いえ」を変えていく
「残念ながら、おれは自分をいいやつだと思ったことはない」
そういうのは物語の主人公・三上傑。
とか言いつつ、誰かを責めるときは無意識のうちに自分をいいやつ側に置いている、と続く。きっと、誰もが心の端っこに抱えている思いで、チクリと胸が痛む。
小野寺史宜による『ひと』、『まち』に続く下町荒川青春譚の最新作『いえ』。
社会人3年目、スーパーで社員として働く傑。都立高校の教頭をしている父、専業主婦の母、大学3年の妹・若緒。若緒とは特別仲が良いというわけでもなく、いたって「普通」の関係だった。
しかし、若緒がドライブデート中に事故に遭い、後遺症で左足を引きずるようになってから、妹を気にかけることが増えた。もちろん、怪我のこともあるが、もうひとつの大きな要因は若緒の恋人が、傑の友達である城山大河だったということ。三上家にもよく訪れており、そんな大河が若緒と交際していることを三上家は歓迎していた。それが、事故以来、大河と傑の関係、そして三上家の関係が変わっていく。
■日々にモヤモヤを抱えて生きる傑の出口は?
描かれるのは、傑の日常だ。
勤め先のスーパーで、パートの女性たちとうまくやっていけないことに落ち込む日もある。
酒を飲みすぎて、駅で吐いてしまう日もある。
嫌なことがあって近所の河川敷を歩く日もあるし、若緒と近所の喫茶店に行く日もあるし、図書館に行く日だってある。本人も自覚しているように、「いいやつ」ではないので、感じの悪い言葉を放ち、後悔することもある。
そんな傑は少し気持ちがダウナーだ。常に若緒のことが頭にある。
大河のことも気になっている。事故の状況を考えると、大河にも過失があったように見えるのだ。それなのに、若緒だけに後遺症があってどうして大河には。そもそも、自分が大河と仲良くなければ、家に遊びに連れてこなければ、とたらればで考えてしまう。
だからと言って何か行動できるわけではない。もやもやを抱えるばかりだ。
しかし、当の若緒は前を向き、就職活動に励む。そんな若緒の言動に、傑も少しずつ感化されていく。
前を向き、心の中のモヤモヤを解消しようとやっと動き出せるようになるのだ。
■家族が絆を築き直す
若緒の事故については、家族内で意見が分かれた。
大河を責める母。大河は悪くない、という父。被害者ではなく、事故を起こした大河――加害者の恋人というスタンスの若緒。傑ははっきりとは言わないが、母寄りの考えだ。
感情をもっとも露わにするのは母だった。父が自分と意見が違うことに歯がゆさを感じている。何かと父の言動の揚げ足を拾い、ケンカに持ち込む。そして最終的に大河を責めるところにたどり着く。全く関係のないことでケンカしていたのに。
やがて、母は家を出ていく。自分の父の具合が悪いからと言って実家に帰り、そのまま戻ってこなくなったのだ。
少しずつ変容していく家族。とびきり仲がよかったわけでもないが、それなりに仲もよかった。でも、ギクシャクし始めるとあっという間に家族はバラバラになる。
考え方の違い、距離感の保ち方は家族でもそれぞれ違う。きっかけがあれば、壊れるのは簡単だ。
ただ、やり直したいという意思が互いにあればリスタートできる。やはり、赤の他人ではなくて、「家族」というものは離れたままではいられない、不思議な関係なのだ。
特に三上家は、全員が若緒を心配した結果、バラバラになった。中心にいる若緒がどう動くかが家族の未来を左右する。
「いえ」もさまざまだし、関係性もさまざまだ。
しかし、人間が育まれるのは間違いなく「いえ」だ。その場所をどのように守り、時に壊し、作っていくのか。年を重ねれば変化せざるを得ない「いえ」を受け入れるのもまた、その場で育まれた人たちにとって必要な行為なのかもしれない。

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