腐女子の世界を変えたのは、ひとりの美しい死にたいキャバ嬢だった

文字数 3,622文字

話題の作品が気になるけど、忙しくて全部は読めない!

そんなあなたに、話題作の中身を3分でご紹介。

ぜひ忙しい毎日にひとときの癒やしを与えてくれる、お気に入りの作品を見つけてください。

今回の話題作

『ミーツ・ザ・ワールド』金原ひとみ

この記事の文字数:1,650字

読むのにかかる時間:約3分18秒


文・構成:ふくだりょうこ

■POINT

・死にたい彼女に生きてほしいと願う物語

・初めて知った、人との関わりの楽しさ

・物語に詰め込まれた由嘉里の愛

■死にたい彼女に生きてほしいと願う物語


「何の執着もない人に何か執着してほしい、してくれと願う自分が正しいのか愚かなのわからない」


何かに執着することで、人は生きることにも執着できるようになる。だとしたら、大切な人には何でもいいから執着してほしい、と思ってしまうのは当然かもしれない。


金原ひとみによる『ミーツ・ザ・ワールド』。

主人公の由嘉里は焼肉擬人化漫画『ミート・イズ・マイン』を愛する腐女子。

推しに夢中になっていたが「ひとりで仕事と趣味だけで生きていくなんて憂鬱」と結婚を目指して合コンに参加するが、二度目の合コン帰り、夜の新宿歌舞伎町で酔いつぶれる。そんな由嘉里を助けたのが美しいキャバ嬢・ライだった。

ライの家に連れていかれ、介抱された由嘉里。

「私はこの世界から消えなきゃいけない」「私のあるべき姿は消えてる状態」と言うライに不思議と惹かれた由嘉里は、出会ったその日から彼女と一緒に暮らし始める。


ライと出会ったことで変わっていく由嘉里の世界。

歌舞伎町のホストクラブでナンバーワンだというアサヒ、ゴールデン街で「寂蓼」というバーを経営するオシン、オシンが「この世の不幸を全て体現したような女」という小説家のユキ。

歌舞伎町でのさまざまな出会いは、由嘉里の考え方にも影響を与え始める。


そして、やがて由嘉里はライが「死にたくならない方法」を考え始める。

■初めて知った、人との関わりの楽しさ


由嘉里が新たに関わることになる人たちは、少し変わっている。例えば、アサヒはホストクラブでナンバーワンだが、それは妻が愛人業で稼いだ金でアサヒをナンバーワンにしているからだ。由嘉里はその話を聞き、「どういうこと????」とクエスチョンマークを飛ばすが、そんなふうに今までの人生では出会わなかった、理解しがたい人物たちと次々に出会っていく。

自分の理解の範疇を超えた人間にはちょっと線を引いてしまうが、ライやアサヒ、ユキ、オシンにはひとつの特徴があった。それは彼らが正直だということだ。

ダサいと思ったらダサいというし、自分の意見を押し付けるな、と思ったままに口にする。それは決して怒っているわけでも、蔑んでいるわけでもない。彼らは違うと思ったらちゃんと相手に伝えるのだ。オブラートで包まず、「それは違う」と言える。だから、由嘉里も自分の気持ちを素直に口にできるようになる。そうすることで、卑屈だった心が少しずつ氷解していく。

こじれにこじれていた由嘉里の心が、最後のページをめくるころにはほどけている。

人の心を壊すのも、生かすのも、人なのだ。


■物語に詰め込まれた由嘉里の愛


腐女子の由嘉里は推しコンテンツの話になると、とめどない情報量を相手に届ける。それはもう、あらゆる語彙力を駆使して。その様子はオタクの姿を如実に現していて、そのリアルさに驚くほどだ。

ライたちは、その話を笑いながら聞きつつも、聞き流してはいない。ちゃんと『ミート・イズ・マイン』を検索するから、由嘉里も嬉しくなってしまうのだろう。

作中にはたびたびそんな「推し語り」が登場する。二次元、2.5次元、三次元に限らずだ。好きな人のことについて語るとき、人は雄弁になる。


似た熱量で、由嘉里はライを好きになっていく。ライのことを考える時間が多くなる。ライについて多くを語ることはないが、それは行動に現れ、「ライのために」と余計なこともするようになる。恋をしたことがなかった由嘉里は生身の人にそんなふうに心を傾けたのは初めてではないか。それも、「私なんか」と自分を蔑むことなく、ありのままでぶつかっていく。

出会いがひとりの人間の世界を変えた、と言うと劇的かもしれない。でも、人が思っているより簡単に世界は変わる。


由嘉里の場合は今までとは全く異なる世界へと変貌を遂げたが、世界の多くの人は、「出会い」によって少しずつ自分の世界を変えて行っているのかもしれない。


今回紹介した本は……


ミーツ・ザ・ワールド

金原ひとみ

集英社

1650円(1500円+消費税10%)

「忙しい人のための3分で読める話題作書評」バックナンバー

「推しって一体何?」へのアンサー(『推し、燃ゆ』宇佐見りん)

「多様性」という言葉の危うさ(『正欲』朝井リョウ)

孤独の中で生きた者たちが見つけた希望の光(『52ヘルツのクジラたち』町田そのこ)

お金大好き女性弁護士が、遺言状の謎に挑む爽快ミステリー(『元彼の遺言状』新川帆立)

2つの選択肢で惑わせる 世にも悪趣味な実験(『スイッチ 悪意の実験』潮谷験)

「ふつう」も「日常」も尊いのだと叫びたい(『エレジーは流れない』三浦しをん)

ゴッホはなぜ死んだのか 知識欲くすぐるミステリー(『リボルバー』原田マハ)

絶望の未来に希望を抱かざるを得ない物語の説得力(『カード師』中村文則)

黒田官兵衛と信長に叛旗を翻した謀反人の意図とは?(『黒牢城』米澤穂信)

恋愛が苦手な人こそ読んでほしい。動物から学ぶ痛快ラブコメ!(『パンダより恋が苦手な私たち』瀬那 和章)

高校の部活を通して報道のあり方を斬る(『ドキュメント』湊かなえ)

現代社会を映す、一人の少女と小さな島の物語(『彼岸花が咲く島』李 琴峰)

画鬼・河鍋暁斎を父にもったひとりの女性の生き様(『星落ちて、なお』澤田瞳子)

ミステリ好きは読むべき? いま最もミステリ愛が詰め込まれた一作(『硝子の塔の殺人』知念実希人

人は人を育てられるのか? 子どもと向き合う大人の苦悩(『まだ人を殺していません』小林由香)

猫はかわいい。それだけでは終われない、猫と人間の人生(『みとりねこ』有川ひろ)

指1本で人が殺せる。SNSの誹謗中傷に殺されかけた者の復活。(『死にたがりの君に贈る物語』綾崎隼)

“悪手”は誰もが指す。指したあとにあなたならどうするのか。(『神の悪手』芦沢央)

何も信用できなくなる。最悪の読後感をどうとらえるか。(『花束は毒』織守きょうや)

今だからこそ改めて看護師の仕事について知るべきなのではないか。(『ヴァイタル・サイン』南杏子)

「らしさ」を押し付けられた私たちに選ぶ権利はないのか(『川のほとりで羽化するぼくら』彩瀬まる)

さまざまな「寂しさ」が詰まった、優しさと希望が感じられる短編集(『かぞえきれない星の、その次の星』重松清)

ゾッとする、気分が落ち込む――でも読むのを止められない短編集(『カミサマはそういない』深緑野分)

社会の問題について改めて問いかける 無戸籍をテーマとしたミステリー作品(『トリカゴ』辻堂ゆめ)

2つの顔を持つ作品たち 私たちは他人のことを何も知らない(『ばにらさま』山本文緒

今を変えなければ未来は変わらない。現代日本の問題をストレートに描く(『夜が明ける』西加奈子)

自分も誰かに闇を押し付けるかもしれない。本物のホラーは日常に潜んでいる(『闇祓』辻村深月)

ひとりの女が会社を次々と倒産させることは可能なのか?痛快リーガルミステリー(『倒産続きの彼女』新川帆立)

絡み合う2つの物語 この世に本物の正義はあるのか(『ペッパーズ・ゴースト』伊坂幸太郎)

新たな切り口で戦国を描く。攻め、守りの要は職人たちだった――(『塞王の楯』今村翔吾)

鍵を握るのは少女たち――戦争が彼女たちに与えた憎しみと孤独と絆(『同志少女よ、敵を撃て』逢坂冬馬)

運命ではない。けれど、ある芸人との出会いがひとりの女性を変えた。(『パラソルでパラシュート』一穂ミチ

吸血鬼が受け入れられている世界に生きる少女たちの苦悩を描く(『愚かな薔薇』恩田陸)

3人の老人たちの自殺が浮き彫りにする「日常」(『ひとりでカラカサさしてゆく』江國香織)

ミステリーの新たな世界観を広げる! 弁理士が主人公の物語(『特許やぶりの女王 弁理士・大鳳未来』南原詠)

大切な人が自殺した――遺された者が見つけた生きる理由(『世界の美しさを思い知れ』額賀澪)

生きづらさを嘆くだけでは何も始まらない。未来を切り開くため「ブラックボックス」を開く(『ブラックボックス』砂川文次)

筋肉文学? いや、ひとりの女性の“目覚め”の物語だ(『我が友、スミス』石田夏穂)

腐女子の世界を変えたのは、ひとりの美しい死にたいキャバ嬢だった(『ミーツ・ザ・ワールド』金原ひとみ)

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