高校の部活を通して報道のあり方を斬る
文字数 2,273文字
話題の作品が気になるけど、忙しくて全部は読めない!
そんなあなたに、話題作の中身を3分でご紹介。
ぜひ忙しい毎日にひとときの癒やしを与えてくれる、お気に入りの作品を見つけてください。
今回の話題作
『ドキュメント』湊かなえこの記事の文字数:1,538字
読むのにかかる時間:約3分5秒
■POINT
・少人数の放送部がドキュメンタリーを制作
・挫折と夢と。高校の部活に生きる学生を描く
・ドキュメントとは何なのか
■少人数の放送部がドキュメンタリーを制作
「報道は自分のためにしちゃダメなんだ……」
ハッとさせられる。が、「報道の現場」を舞台にした物語ではない。
湊かなえの『ドキュメント』。
主人公の町田圭祐は、中学時代は陸上部で活躍していたが、交通事故に遭ったことで足を悪くし、高校では放送部に入部する。
3年生が引退したあと、2年生と圭祐ら1年生は毎年恒例のJBK杯全国高校放送コンテストに出場するため、準備を始める。創作テレビドラマ、ラジオドキュメント、アナウンスなど6つの部門がある中で、圭祐たちがまず手をつけたのはテレビドキュメント作品だった。密着するのは陸上部。圭祐は複雑な気持ちを抱えながらも、前向きに制作に取り組んでいたが、ドローンで撮影した動画の中に衝撃的な映像を見つけてしまう。それは、圭祐の親友で、陸上部で活躍が期待される良太が煙草を手に部室から出てくる姿だった。
■挫折と夢と。部活に生きる学生を描く
圭祐たちが通う青海学院は、どうやらさまざまな部活が全国で活躍している高校のようだ。スポーツ推薦枠が多くあり、全国大会常連の部活も多数ある。放送部も全国での優勝を目指しており、レベルが高い。
となると、実力者が集まるのは当たり前の話で、その中での競争は激化する。放送部が追う陸上部の駅伝チームでは主力の選手がケガをし、補欠となっているどの選手がメンバーに選ばれるか、というのが注目ポイントとなっていた。そして、期待されているのが、圭祐の親友の良太だった。良太がいたから、圭祐は中学時代、陸上部でがんばることができた。そして高校に入っても切磋琢磨していけるはずだった。事故に遭い、それが叶わなくなった圭祐は、陸上部を、良太をカメラ越しに見つめる中で、葛藤や悔しさ、心の中に残る未練と向き合っていくことになる。
良太以外にも、登場する生徒たちそれぞれも何かしら夢中になっているもの、目指しているものを明確に持っているのが印象的だ。自分のためだけに努力することができた学生時代が自然とよみがえってくる。
■ドキュメントとは何なのか
物語の前半では圭祐の葛藤を始めとした学生時代だからこその甘酸っぱさ、瑞々しさを感じることができる。
しかし、煙草を手にした良太の姿が撮影されるという事件が起きて以降は雰囲気がガラリと変わる。実は罠にハメられていた良太、その計画を企てていた意外な人物の正体。真相に迫っていく中で、「ドキュメントとは何なのか」が見つめ直されることになる。
放送部はやみくもに事実を撮影し、ドキュメンタリーを撮っていたわけではなく、「こうなってくれたら理想的だ」「こういうシーンが撮りたい」という大まかな流れ、“ストーリー”に沿って撮影していた。無意識のうちに、それが悪いと思うこともなく。
しかし、事件が起こったことによってその姿勢に疑念が持ち上がる。
――自分たちの都合のいいように物事を「作ろう」としてしまってはいないか。
陸上の有力選手だったころ、記者に自分が意図しない方向に記事をまとめられてしまったこと。理想の答えに誘導するような質問をされたこと。質問をされた際にモヤモヤとしたものを感じたこと。
更には、「作り手の都合が良いもの」によって、望まない事件が起こってしまったこと――。
圭祐は報道に関する疑問を思い出していく。
高校部活小説ではあるが、訴えかけられているのは報道の真実についてだ。改めて社会の切り取られ方について疑問を投げかける作品となっている。読後感はとても爽やかだが、自分が受け止めている報道の形は果たして正しいのだろうか、と考えざるを得なくなるはずだ。
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