筋肉文学? いや、ひとりの女性の“目覚め”の物語だ
文字数 3,539文字
話題の作品が気になるけど、忙しくて全部は読めない!
そんなあなたに、話題作の中身を3分でご紹介。
ぜひ忙しい毎日にひとときの癒やしを与えてくれる、お気に入りの作品を見つけてください。
「我が友、スミス」石田夏穂
この記事の文字数:1,634字
読むのにかかる時間:約3分16秒
■POINT
・ボディ・ビル大会出場が人生を変える?
・トレーニングマシンは友達!?
・「女性らしく」とは、「私らしく」とはなんなのか
■ボディ・ビル大会出場が人生を変える?
「そうだ、私は、別の生き物になりたかったのだ」
別の誰かになりたい、生まれ変わったら○○になりたい、と考えることはあるかもしれない。しかし、「別の生き物」とはなんだろう。
石田夏穂『我が友、スミス』。第45回すばる文学賞佳作を受賞、第166回芥川賞候補作である。
会社員のU野は筋トレに精を出す29歳の女性。Gジムに通い始めてから1年3ヵ月が経つ。日々、自己流でトレーニングに励んでいたが、あるとき元ボディ・ビルダーO島に声をかけられる。
「あなた、今年はどの大会に出るの?」
その一言をきっかけに、U野はボディ・ビル大会に出ることを決める。
筋トレと食事管理で体を引き締めていくU野だったが、大会で上位に入るためには、筋肉だけではなく、「女らしさ」も身につけなければならない。
日々すっぴんで過ごしていたU野は、そういった意味でも新たな挑戦を始めるのだった。
■トレーニングマシンは友達!?
筋トレに全く知識がないもので、『我が友、スミス』というタイトルに、最初は「スミスとはボディ・ビル大会を目指す中で友人となった同志のことだろうか」と思っていた。が、スミスとは「スミス・マシン」という「バーベルの左右にレールがついたトレーニングマシン」のことである。U野はこのスミスが好きなのだが、Gジムにはスミスがひとつしかなく、なかなか利用することができない。
物語の随所にスミスへの愛がほとばしる。ボディ・ビルの大会に出るためにU野はNジムに移籍するが、スミスが3台あったことも大きなポイントになっていたほどだ。
もともと、ひとつのことに夢中になりやすいU野は筋トレにのめり込んでいく。大会のためにやっていた減量もやりすぎだと言われてしまうほど。
筋トレの方法についても、物語の中で詳しく描かれている。初心者でも分かりやすい。それぞれの世界にはその世界のルールや常識がある。そういったものを踏まえて見ていくことで、「ボディ・ビル」という分野への理解度が深まる。なぜ身体を鍛えるのか、そこにかける人たちの想いとは。想像を絶するほどに、彼ら、彼女らはアスリートだ。
■「女性らしく」とは、「私らしく」とはなんなのか
筋肉を鍛えればいい、というわけではない。U野が出場するBB大会では、「女性らしさ」も審査項目のひとつとなる。
U野はこれまで化粧をしたことがなく、「女性らしさ」からは遠いところで生きていた。私服も、「小学生のような格好」と自ら称するほどだ。そこに突如求められた「女性らしさ」のハードルは恐ろしく高いものだった。
「ステートメント・ピアス」、「脱毛」、「タンニング(要するに日焼け)」、「12センチのハイヒール」、「布面積の少ないビキニ」。
脱毛やヒールはより筋肉を美しく魅せるため、ビキニだって同じだ。そのためなら、とU野は納得してチャレンジするが、やたらと大きなアクセサリーをつけるだとか、濃いメイクをするだとか、笑顔を作るだとかいった注文に「そんなこと筋肉に必要はありますか!?」と憤ってしまう。そのせいで筋トレが嫌いになりそうになる。別の生き物になろうとして筋トレに励み、ボディ・ビル大会に出場しようとしたのに、結局は世間が求める「女性らしさ」を身につけなければならないことに、絶望したりもする。
反発を覚えながらも、U野はボディ・ビル大会に出ることで新たな答えを見つける。
「らしさ」とは何なのか。何か「らしさ」を求められると大きなグループにひとくくりにされたような気持ちになる。自分が望んでもいない「らしさ」を求められたとしたら?
作中に登場する人物たちはみなイニシャルで表記されている。U野は自分かもしれないし、O島はどこかのあの人かもしれない。自分だとしたらどのような選択をするのか、読み終えたあとに考えてみてもいいのかもしれない。
「忙しい人のための3分で読める話題作書評」バックナンバー
・「推しって一体何?」へのアンサー(『推し、燃ゆ』宇佐見りん)
・孤独の中で生きた者たちが見つけた希望の光(『52ヘルツのクジラたち』町田そのこ)
・お金大好き女性弁護士が、遺言状の謎に挑む爽快ミステリー(『元彼の遺言状』新川帆立)
・2つの選択肢で惑わせる 世にも悪趣味な実験(『スイッチ 悪意の実験』潮谷験)
・「ふつう」も「日常」も尊いのだと叫びたい(『エレジーは流れない』三浦しをん)
・ゴッホはなぜ死んだのか 知識欲くすぐるミステリー(『リボルバー』原田マハ)
・絶望の未来に希望を抱かざるを得ない物語の説得力(『カード師』中村文則)
・黒田官兵衛と信長に叛旗を翻した謀反人の意図とは?(『黒牢城』米澤穂信)
・恋愛が苦手な人こそ読んでほしい。動物から学ぶ痛快ラブコメ!(『パンダより恋が苦手な私たち』瀬那 和章)
・高校の部活を通して報道のあり方を斬る(『ドキュメント』湊かなえ)
・現代社会を映す、一人の少女と小さな島の物語(『彼岸花が咲く島』李 琴峰)
・画鬼・河鍋暁斎を父にもったひとりの女性の生き様(『星落ちて、なお』澤田瞳子)
・ミステリ好きは読むべき? いま最もミステリ愛が詰め込まれた一作(『硝子の塔の殺人』知念実希人)
・人は人を育てられるのか? 子どもと向き合う大人の苦悩(『まだ人を殺していません』小林由香)
・猫はかわいい。それだけでは終われない、猫と人間の人生(『みとりねこ』有川ひろ)
・指1本で人が殺せる。SNSの誹謗中傷に殺されかけた者の復活。(『死にたがりの君に贈る物語』綾崎隼)
・“悪手”は誰もが指す。指したあとにあなたならどうするのか。(『神の悪手』芦沢央)
・何も信用できなくなる。最悪の読後感をどうとらえるか。(『花束は毒』織守きょうや)
・今だからこそ改めて看護師の仕事について知るべきなのではないか。(『ヴァイタル・サイン』南杏子)
・「らしさ」を押し付けられた私たちに選ぶ権利はないのか(『川のほとりで羽化するぼくら』彩瀬まる)
・さまざまな「寂しさ」が詰まった、優しさと希望が感じられる短編集(『かぞえきれない星の、その次の星』重松清)
・ゾッとする、気分が落ち込む――でも読むのを止められない短編集(『カミサマはそういない』深緑野分)
・社会の問題について改めて問いかける 無戸籍をテーマとしたミステリー作品(『トリカゴ』辻堂ゆめ)
・2つの顔を持つ作品たち 私たちは他人のことを何も知らない(『ばにらさま』山本文緒)
・今を変えなければ未来は変わらない。現代日本の問題をストレートに描く(『夜が明ける』西加奈子)
・自分も誰かに闇を押し付けるかもしれない。本物のホラーは日常に潜んでいる(『闇祓』辻村深月)
・ひとりの女が会社を次々と倒産させることは可能なのか?痛快リーガルミステリー(『倒産続きの彼女』新川帆立)
・絡み合う2つの物語 この世に本物の正義はあるのか(『ペッパーズ・ゴースト』伊坂幸太郎)
・新たな切り口で戦国を描く。攻め、守りの要は職人たちだった――(『塞王の楯』今村翔吾)
・鍵を握るのは少女たち――戦争が彼女たちに与えた憎しみと孤独と絆(『同志少女よ、敵を撃て』逢坂冬馬)
・運命ではない。けれど、ある芸人との出会いがひとりの女性を変えた。(『パラソルでパラシュート』一穂ミチ)
・吸血鬼が受け入れられている世界に生きる少女たちの苦悩を描く(『愚かな薔薇』恩田陸)
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