ゾッとする、気分が落ち込む――でも読むのを止められない短編集

文字数 2,857文字

話題の作品が気になるけど、忙しくて全部は読めない!

そんなあなたに、話題作の中身を3分でご紹介。

ぜひ忙しい毎日にひとときの癒やしを与えてくれる、お気に入りの作品を見つけてください。

今回の話題作

「カミサマはそういない」深緑野分

この記事の文字数:1,633字

読むのにかかる時間:約3分16秒

文・構成:ふくだりょうこ

■POINT

・どれを読んでもどこか後味が悪い7編

・人間の悪意を生々しく描く

・人間らしい「悪」を抱えた主人公たち

■どれを読んでもどこか後味が悪い7編


「お前たちはもうここから出られない」


 その言葉にドキリとする。この作品の中から、読者はもう出られないのではないか。それだけの没入感を与えてくれる。


 『カミサマはそういない』は深緑野分による短編集だ。


主人公・山上は実家に帰ると言っていた同居人の伊藤の父親から「息子がまだ帰ってこない」と連絡を受ける。前日に伊藤を駅まで車で送ったもうひとりの同居人の堤は、改札まで彼を見送ったという。伊藤はどこへ行ったのかを探る「伊藤が消えた」。

 「潮風拭いて、ゴンドラ揺れる」の主人公である“僕”は無人遊園地のゴンドラの中で目を覚ます。園内には“僕”をいじめていたヤツの死体が転がっている。そして燃えて真っ黒になった誰だかわからない死体もある。もしかしてここは死後の世界なのか? 自分をいじめる人間がいないのをいいことに死後の世界を楽しむ“僕”の前に現れたのはナイフを持ったピエロだった――。

 そのほかにも、終わらない戦争の中で戦う兵士たちの苦しみを描いた「見張り塔」。年に1回起こる“大放出”。その前には必ず何かを食べなければならない、空腹のままでいると別の世界へといざなわれてしまう「饉奇譚」。ネットの情報をもとにストーカーをする男が行きついた不可思議な街を描く「ストーカーvs盗撮魔」。

 “ダーク”な物語が7編収録されている。

■人間の悪意を生々しく描く


 思わず「神様」を心の中で呼ぶのはどういうときか。それは救いを求めるときだ。普段、信心深いわけでもないのに、都合の良いときだけ神様にお願いする。そんな図々しく、自分勝手な人間のエゴを本作は描いている。


 例えば、「伊藤が消えた」では、山上と堤は伊藤に激しく嫉妬をしている。就職が決まった、金を持っている、顔が良くて異性にモテる、自分が好きな女性と恋人関係になった。あいつはズルイ、だからちょっと困らせてやりたかった。山上は伊藤の財布から現金とキャッシュカード、クレジットカードを抜き取っていた。ただ困らせるだけでよかったのに、山上は予想もしなかった伊藤の変わり果てた姿を目にすることになる。

 「饉奇譚」では自分だけが良ければいいと、他人の命をないがしろにする選択をする人物が描かれ、「ストーカーvs盗撮魔」では、主人公が自分は他人とは異なる人間なのだというエゴを出したいがために足元を掬われることになる。


 人間は誰しもが悪意を持っている。その悪意を少しだけ露呈させるだけのつもりだったのに、ふとしたことで悪意は増幅し、他人に取り返しのつかない傷を与えてしまうのだ。そして悪意は回りまわって自分のところに戻ってくる。


■人間らしい「悪」を抱えた主人公たち


 清廉潔白な人間などいない。が、物語の主人公にはどこか清らかさを求めてしまう。リアルじゃなくても、正義感にあふれ、間違ったことをしないでほしい、と思う。フィクションだからこその願望かもしれない。


 7編に登場する主人公たちは、みな暗い部分を抱えている。困ってしまうのが、彼らの暗い部分に共感できないわけではないということだ。

 ふたつの選択を迫られたときに、善悪問わず、人は自分が楽なほうへと流れてしまう。もしくは自分の身を守ることを選択してしまう。ここでもまた、フィクションの世界では、自分が痛い目に遭ったとしても、「善」と言われるほうを選んでほしい、と思ってしまう。が、彼らはことごとく選んでほしくない道を選ぶ。ゆえに読者は見たくない結末を見て、落ち込むのだ。でも、ラストまで読み切ってしまう。自身が最悪だと思う選択をした人間が迎える顛末を知りたいからだ。それもまた後ろ暗い人間の一面なのかもしれない。


 読み応えのある、結末まで読まざるを得ない傑作集だ。ただ、自分の中にあるどこか後ろ暗い部分を知ってしまうかもしれない、という覚悟をしてからページをめくってほしい。


今回紹介した本は……


『カミサマはそういない』

深緑野分

集英社

1540円(1400円+消費税10%)

「忙しい人のための3分で読める話題作書評」バックナンバー

「推しって一体何?」へのアンサー(『推し、燃ゆ』宇佐見りん)

「多様性」という言葉の危うさ(『正欲』朝井リョウ)

孤独の中で生きた者たちが見つけた希望の光(『52ヘルツのクジラたち』町田そのこ)

お金大好き女性弁護士が、遺言状の謎に挑む爽快ミステリー(『元彼の遺言状』新川帆立)

2つの選択肢で惑わせる 世にも悪趣味な実験(『スイッチ 悪意の実験』潮谷験)

「ふつう」も「日常」も尊いのだと叫びたい(『エレジーは流れない』三浦しをん)

ゴッホはなぜ死んだのか 知識欲くすぐるミステリー(『リボルバー』原田マハ)

絶望の未来に希望を抱かざるを得ない物語の説得力(『カード師』中村文則)

黒田官兵衛と信長に叛旗を翻した謀反人の意図とは?(『黒牢城』米澤穂信)

恋愛が苦手な人こそ読んでほしい。動物から学ぶ痛快ラブコメ!(『パンダより恋が苦手な私たち』瀬那 和章)

高校の部活を通して報道のあり方を斬る(『ドキュメント』湊かなえ)

現代社会を映す、一人の少女と小さな島の物語(『彼岸花が咲く島』李 琴峰)

画鬼・河鍋暁斎を父にもったひとりの女性の生き様(『星落ちて、なお』澤田瞳子)

ミステリ好きは読むべき? いま最もミステリ愛が詰め込まれた一作(『硝子の塔の殺人』知念実希人

人は人を育てられるのか? 子どもと向き合う大人の苦悩(『まだ人を殺していません』小林由香)

猫はかわいい。それだけでは終われない、猫と人間の人生(『みとりねこ』有川ひろ)

指1本で人が殺せる。SNSの誹謗中傷に殺されかけた者の復活。(『死にたがりの君に贈る物語』綾崎隼)

“悪手”は誰もが指す。指したあとにあなたならどうするのか。(『神の悪手』芦沢央)

何も信用できなくなる。最悪の読後感をどうとらえるか。(『花束は毒』織守きょうや)

今だからこそ改めて看護師の仕事について知るべきなのではないか。(『ヴァイタル・サイン』南杏子)

「らしさ」を押し付けられた私たちに選ぶ権利はないのか(『川のほとりで羽化するぼくら』彩瀬まる)

さまざまな「寂しさ」が詰まった、優しさと希望が感じられる短編集(『かぞえきれない星の、その次の星』重松清)

ゾッとする、気分が落ち込む――でも読むのを止められない短編集(『カミサマはそういない』深緑野分)

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