「らしさ」を押し付けられた私たちに選ぶ権利はないのか
文字数 2,880文字
話題の作品が気になるけど、忙しくて全部は読めない!
そんなあなたに、話題作の中身を3分でご紹介。
ぜひ忙しい毎日にひとときの癒やしを与えてくれる、お気に入りの作品を見つけてください。
今回の話題作
『川のほとりで羽化するぼくら』彩瀬まる読むのにかかる時間:約3分31秒
■POINT
・川と橋をテーマに描く4つの物語
・「生きづらさ」からは自ら動かないと逃げ出せない
・今一度考えたい。男女の役割は必要なのか
■川と橋をテーマに描く4つの物語
「橋のこちらに来てくれと誰かに願うことはない。自分が望めばどこにでも行ける」
橋を渡れば、川を越えれば、違う世界に行けるような気がする。いくつになっても、淡い期待を抱いてしまうのはなぜだろう。
彩瀬まる著『川のほとりで羽化するぼくら』は、川を越えることをテーマとした4つの物語からなる短編集だ。
川と、川を渡るための橋にテーマを置きながら、物語の内容はバラエティに富んでいる。
仕事を辞め、慣れない育児に奮闘するパパ・暁彦。ママではないことに限界を感じつつも、ある育児ブログを心のよりどころに、少しずつ自分たちの育児らしさを見つけていく「わたれない」。
七夕をモチーフとした「ながれゆく」。浅緋(あさひ)ら織女たちは、一年に一度だけ恋人の牛飼いと会うことができる。天が定めた罪と罰に縛られる生活に疑問を覚えた浅緋は、いまいるところから逃げようと恋人に持ち掛ける。
近未来を舞台とし、男女の性をキーワードに、川の向こうとこちら側で異なる価値観を描く「ゆれながら」。
結婚してからずっと、夫を支えてきたタカ。勲章を与えられ、威張る夫のそばでため息をつく彼女の悲哀と悩みを描いた「ひかるほし」。
どの作品でも登場人物たちは「らしさ」「~でなければならない」に縛られ、そこからの解放を求めてもがいている。
■「生きづらさ」からは自ら動かないと逃げ出せない
「わたれない」では育児をするのはママだという概念に、「ながれゆく」では罪と罰に、「ゆれながら」では生命の誕生の方法について、そして「ひかるほし」では夫婦のあり方について登場人物たちは縛られている。
ファンタジックな物語もありながらも、4つの物語に通じているのは「生きづらさ」だ。本人しか気づくことができず、自覚してしまうと余計に息苦しさを感じる。それは、自分を取り巻く環境に疑問を感じるからだ。
物語の主人公たちは、「なんだか息苦しい」からスタートして「どうして息苦しいのだろう?」と疑問を深めていく。原因が分かれば解決をすればいいだけなのだが、そのためには周りの「こうでなければならない」という呪縛を解かなければならない。今の環境を変えることになるかもしれないし、今ある人間関係を壊すことになるかもしれない。勇気がなければできることではない。そこから一歩を踏み出すための原動力が描かれており、生きづらさを抱えながらも足踏みをしている人の背中を押す作品となっている。
■今一度考えたい。男女の役割は必要なのか
「男らしくありなさい」「男は台所に立つものではない」「妻は夫を支えるもの」「育児は女性の仕事」……など、男だから女だからと振り分けられる役割はこれまでも多くあった。自分が望んだわけでもない役割を押し付けられて、居心地の悪さを感じる人も多いだろう。「ながれゆく」では、子どもは母体を通さずに生まれ、性交渉もしない。前の時代を知らず、「母体から生まれた子どもは母親との繋がりが強いのではないか?」と問いかける人もいる。繋がりの強さはどんな形であろうと関係ない。しかし、分かりやすい形で「母から生まれることで、強い繋がりが生まれる」という価値観は今でも押し付けられることがある。結局、その先入観からは逃れられないのか。
「ひかるほし」ではタカがどんなときも夫の世話をし続けてきた。1日だって休むこともなく、だ。仕事も夫の退職時に「自分がやめるんだからお前も引っ込め、みっともない」と辞めさせられる。
「いいか、お前は俺より一日でもいいから長く生きろよ。一人で残されたって困るからな」
そんなふうに言う夫の言葉を、タカは都合よく解釈できない。寂しいとか悲しいという意味ではない。言葉通り、何もできない夫は妻が死ねば、「困る」のだ。しかし、タカはそんな自分の役割が窮屈で、苦しい。
役割があるほうが、生きるのには楽だ。ただ、それは自分で選び取った場合の話だ。多くは生まれた瞬間に男か女かで決められる。選択することも楽ではない。それでも、「選択ができる」という選択肢は残されていたほうがよいのではないか。そんなこれからの社会について考えさせられる。
「忙しい人のための3分で読める話題作書評」バックナンバー
・「推しって一体何?」へのアンサー(『推し、燃ゆ』宇佐見りん)
・孤独の中で生きた者たちが見つけた希望の光(『52ヘルツのクジラたち』町田そのこ)
・お金大好き女性弁護士が、遺言状の謎に挑む爽快ミステリー(『元彼の遺言状』新川帆立)
・2つの選択肢で惑わせる 世にも悪趣味な実験(『スイッチ 悪意の実験』潮谷験)
・「ふつう」も「日常」も尊いのだと叫びたい(『エレジーは流れない』三浦しをん)
・ゴッホはなぜ死んだのか 知識欲くすぐるミステリー(『リボルバー』原田マハ)
・絶望の未来に希望を抱かざるを得ない物語の説得力(『カード師』中村文則)
・黒田官兵衛と信長に叛旗を翻した謀反人の意図とは?(『黒牢城』米澤穂信)
・恋愛が苦手な人こそ読んでほしい。動物から学ぶ痛快ラブコメ!(『パンダより恋が苦手な私たち』瀬那 和章)
・高校の部活を通して報道のあり方を斬る(『ドキュメント』湊かなえ)
・現代社会を映す、一人の少女と小さな島の物語(『彼岸花が咲く島』李 琴峰)
・画鬼・河鍋暁斎を父にもったひとりの女性の生き様(『星落ちて、なお』澤田瞳子)
・ミステリ好きは読むべき? いま最もミステリ愛が詰め込まれた一作(『硝子の塔の殺人』知念実希人)
・人は人を育てられるのか? 子どもと向き合う大人の苦悩(『まだ人を殺していません』小林由香)
・猫はかわいい。それだけでは終われない、猫と人間の人生(『みとりねこ』有川ひろ)
・指1本で人が殺せる。SNSの誹謗中傷に殺されかけた者の復活。(『死にたがりの君に贈る物語』綾崎隼)
・“悪手”は誰もが指す。指したあとにあなたならどうするのか。(『神の悪手』芦沢央)
・何も信用できなくなる。最悪の読後感をどうとらえるか。(『花束は毒』織守きょうや)