ある日突然、愛する人が存在ごと世界から消えてしまったとしたら?
文字数 3,794文字
話題の作品が気になるけど、忙しくて全部は読めない!
そんなあなたに、話題作の中身を3分でご紹介。
ぜひ忙しい毎日にひとときの癒やしを与えてくれる、お気に入りの作品を見つけてください。
武田綾乃『世界が青くなったら』
この記事の文字数:1,627字
読むのにかかる時間:約3分15秒
■POINT
・ある日、大切な人が消えた
・会いたい人に会える店で誰と会う?
・切ない純愛の行方は
■ある日、大切な人が消えた
「なんせここは『自己満足を売る店』だからな」
もしも、朝起きたときに、大切な人が消えていたとしたら……。予想していなかったような悪いできごとが起こると、人は「ああしておけばよかった」「別の選択をしていたら変わっていたかもしれない」と後悔をする。では、その後悔をもしやり直すことができたら?
「響け!ユーフォニアム」シリーズを手掛ける武田綾乃による青春恋愛ファンタジー『世界が青くなったら』。
主人公の仲内佳奈には大好きな恋人がいた。同じ大学の坂橋亮だ。昔からの友人たちにも「あの佳奈が彼氏にハマッちゃうなんてね」と驚かれるほど、愛している。
しかしある朝、目を覚ますと亮は世界から消えていた。スマホの電話帳にも名前がない、LINEの履歴もない、家を訪れてみると、そこはずっと空室だったと言われる。
親友の茉莉に相談をしてみても、「彼氏いたの?」と聞かれる。亮は佳奈の心の中以外に存在しなくなってしまった。
自分の頭がおかしくなってしまったのではないかと不安に駆られつつも、佳奈は亮の手がかりを探し始める。ヒントは茉莉が夢に見た「奇跡が起こる店」。その店は、絶対に会えない人に会わせてもらえる場所だった。
■会いたい人に会える店で誰と会う?
物語の大きなポイントになっているのは奇跡が起こる店「Kassiopeia」だ。店主のミツルは「この店は並行世界の交差点」だという。
客が望む相手に会わせることができるが、その相手はここじゃない別の世界に住んでいる、つまり、パラレルワールドの住人ということだ。
人生にはいくつもの選択肢があって、選ぶ道によって結果も出会う人も変わる。自分が「選ばなかった道を選んだ自分がいる世界」に暮らす人間に会うことができる。
別の世界の人間に会うわけだから、何を言おうと、しようと実生活に影響はない。会った相手も夢だと思うだけ。ただ、「客」には必要なことで、会えればスッキリできる。が、店で起こったことは忘れる。だから、ミツルは「Kassiopeia」を「自己満足の店」だという。
「もしあの選択をしていれば」
その選択が間違っていなかったと知ることができたら、ホッとできるだろう。けれど、選択を間違えていたと知ったら、人はどのような行動を取るのか。
店には4人の客が訪れ、そのたびに間違っていた、間違っていなかった、を確認する。
■切ない純愛の行方は
佳奈以外に誰も覚えていない恋人の存在。第三者が聞くと、佳奈の妄想ではないかと思うだろう。佳奈自身も、自分の頭がおかしくなったのではないかと思うときがあった。
でも、「Kassiopeia」の店主・ミツルは亮にどことなく似ている。それが亮への唯一の繋がりに思えた佳奈は店で働かせてもらえるように直訴する。冷たいように見えて、佳奈を突き放しきることができないミツル。佳奈が手伝いに来ることを容認し、店の掃除や、客が会いたいと思っている人との思い出話の聞き取りを任せるようになる。
客たちの思い出に触れること、客が会いたい人に会う瞬間を見届けることで、佳奈は亮への想いを再確認する。そして、亮とどことなく似ているミツルとの距離も縮めていくように。
やがて、ミツル自身が亮の存在をほのめかすようになり、佳奈の心はざわめく。
好きとか愛とか、どこか空々しくて、どんなに好きだった相手のこともやがて忘れていく。物語にはそんなクールさがある反面、佳奈の愛情はとても強く、愛は永遠にあるものかもしれない、と思ってしまう。
亮との出会いが佳奈の心と運命を変えた。ひたすらに亮を求める姿は、忘れていた新鮮な恋心を思い出させてくれる。
そして、ミツルはどのような形で亮と関わっているのか。
ミステリー要素もありながら描かれる恋愛模様。
ただ、「恋」が一番言葉で説明しづらいもの。待ち受ける運命に、佳奈はどのような結論を見出すのだろうか。

「忙しい人のための3分で読める話題作書評」バックナンバー
・「推しって一体何?」へのアンサー(『推し、燃ゆ』宇佐見りん)
・孤独の中で生きた者たちが見つけた希望の光(『52ヘルツのクジラたち』町田そのこ)
・お金大好き女性弁護士が、遺言状の謎に挑む爽快ミステリー(『元彼の遺言状』新川帆立)
・2つの選択肢で惑わせる 世にも悪趣味な実験(『スイッチ 悪意の実験』潮谷験)
・「ふつう」も「日常」も尊いのだと叫びたい(『エレジーは流れない』三浦しをん)
・ゴッホはなぜ死んだのか 知識欲くすぐるミステリー(『リボルバー』原田マハ)
・絶望の未来に希望を抱かざるを得ない物語の説得力(『カード師』中村文則)
・黒田官兵衛と信長に叛旗を翻した謀反人の意図とは?(『黒牢城』米澤穂信)
・恋愛が苦手な人こそ読んでほしい。動物から学ぶ痛快ラブコメ!(『パンダより恋が苦手な私たち』瀬那 和章)
・高校の部活を通して報道のあり方を斬る(『ドキュメント』湊かなえ)
・現代社会を映す、一人の少女と小さな島の物語(『彼岸花が咲く島』李 琴峰)
・画鬼・河鍋暁斎を父にもったひとりの女性の生き様(『星落ちて、なお』澤田瞳子)
・ミステリ好きは読むべき? いま最もミステリ愛が詰め込まれた一作(『硝子の塔の殺人』知念実希人)
・人は人を育てられるのか? 子どもと向き合う大人の苦悩(『まだ人を殺していません』小林由香)
・猫はかわいい。それだけでは終われない、猫と人間の人生(『みとりねこ』有川ひろ)
・指1本で人が殺せる。SNSの誹謗中傷に殺されかけた者の復活。(『死にたがりの君に贈る物語』綾崎隼)
・“悪手”は誰もが指す。指したあとにあなたならどうするのか。(『神の悪手』芦沢央)
・何も信用できなくなる。最悪の読後感をどうとらえるか。(『花束は毒』織守きょうや)
・今だからこそ改めて看護師の仕事について知るべきなのではないか。(『ヴァイタル・サイン』南杏子)
・「らしさ」を押し付けられた私たちに選ぶ権利はないのか(『川のほとりで羽化するぼくら』彩瀬まる)
・さまざまな「寂しさ」が詰まった、優しさと希望が感じられる短編集(『かぞえきれない星の、その次の星』重松清)
・ゾッとする、気分が落ち込む――でも読むのを止められない短編集(『カミサマはそういない』深緑野分)
・社会の問題について改めて問いかける 無戸籍をテーマとしたミステリー作品(『トリカゴ』辻堂ゆめ)
・2つの顔を持つ作品たち 私たちは他人のことを何も知らない(『ばにらさま』山本文緒)
・今を変えなければ未来は変わらない。現代日本の問題をストレートに描く(『夜が明ける』西加奈子)
・自分も誰かに闇を押し付けるかもしれない。本物のホラーは日常に潜んでいる(『闇祓』辻村深月)
・ひとりの女が会社を次々と倒産させることは可能なのか?痛快リーガルミステリー(『倒産続きの彼女』新川帆立)
・絡み合う2つの物語 この世に本物の正義はあるのか(『ペッパーズ・ゴースト』伊坂幸太郎)
・新たな切り口で戦国を描く。攻め、守りの要は職人たちだった――(『塞王の楯』今村翔吾)
・鍵を握るのは少女たち――戦争が彼女たちに与えた憎しみと孤独と絆(『同志少女よ、敵を撃て』逢坂冬馬)
・運命ではない。けれど、ある芸人との出会いがひとりの女性を変えた。(『パラソルでパラシュート』一穂ミチ)
・吸血鬼が受け入れられている世界に生きる少女たちの苦悩を描く(『愚かな薔薇』恩田陸)
・3人の老人たちの自殺が浮き彫りにする「日常」(『ひとりでカラカサさしてゆく』江國香織)
・ミステリーの新たな世界観を広げる! 弁理士が主人公の物語(『特許やぶりの女王 弁理士・大鳳未来』南原詠)
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