私たちは意図せず詐欺に加担しているかもしれないという恐怖

文字数 4,682文字

話題の作品が気になるけど、忙しくて全部は読めない!

そんなあなたに、話題作の中身を3分でご紹介。

ぜひ忙しい毎日にひとときの癒やしを与えてくれる、お気に入りの作品を見つけてください。

今回の話題作

辻村深月『嘘つきジェンガ』

■POINT

・詐欺と言ってもいろいろある

・不安が詐欺を呼び寄せる?

・詐欺で自分をだまし、自己肯定感を高める

■詐欺と言ってもいろいろある


「真面目で、ただまっすぐにきていた自分の人生が、確実に曲がり始めたことを、震えながら自覚する」


詐欺は犯罪だ。多くの人はすすんでやろうとはもちろんしない。しかし、気がついたときにはすでに、詐欺に加担していたとしたら。何気ないことがきっかけでついた嘘が、詐欺につながっていたとしたら……。そして、何より、自分が詐欺の被害者となったとしたら。


辻村深月『嘘つきジェンガ』。詐欺をテーマとした3つの作品が収録されている。

『2020年のロマンス詐欺』の主人公は大学生の加賀耀太。山形から上京するが、緊急事態宣言が発令されてしまい、学校にも行けず、バイトもできない。実家の定食屋も売上が下がり、仕送りも半分になる。どうやってお金を稼げば……と悩んでいるときに、地元の友人から「メールでできる簡単なバイト」を紹介される。それはロマンス詐欺の片棒を担ぐことだった。

『五年目の受験詐欺』では風間多佳子が次男の中学受験の際に、裏口入学のお金を払ってしまう。しかし、実は仲介した教育コンサルタントが運営する完全紹介制の「まさこ塾」による詐欺だった。

そして、『あの人のサロン詐欺』の舞台はオンラインサロン。人気漫画原作者・谷嵜レオの名を騙り、ファンとの非公式交流イベントを開催する「紡」。完璧に谷嵜を演じる紡だったが、予想外のことから偽物だということが露呈する。

■不安が詐欺を呼び寄せる?


詐欺は普通の人間でも、気が付いたらやってしまっている、詐欺に引っ掛かっている……ということがあるのかもしれない。

人をだましてお金をとれば詐欺だ。意図的にやらなければそんなことはできないのでは、と思うかもしれないが、『嘘つきジェンガ』を読んでいるとなんとも言えない恐怖感を抱いてしまう。


『2020年のロマンス詐欺』の耀太は、持ちかけられた話を訝しがりながらも、言われたとおりに仕事を始める。お金がないと生きられないからだ。やがて”本部”の人間からの連絡で詐欺だと知り、うろたえる。が、そこで突っぱねられるほど、耀太は世の中を知らなかったし、勇気もなかった。彼もまた、詐欺の被害者とも言える。

『五年目の受験詐欺』では、息子の受験がうまくいかないかもしれないという思いに駆られ、多佳子は100万という大金を支払ってしまう。本来なら、そんなことはしなかっただろう。いけないことだと思いながらも、踏み切ってしまうのは心をむしばむ不安が原因だ。

冷静だったら、不安などなく生活ができていれば、だまされることもなかっただろう。悪い奴は、いつだって心が弱っている人の隙をつく。

■詐欺で自分を騙し、自己肯定感を高める


他の2作品と『あの人のサロン詐欺』は少し様子が違う。圧倒的な才能がある谷嵜レオ。紡はそんな谷嵜の作品が大好きで憧れていた。しかし、憧れすぎて、谷嵜レオは自分の生まれ変わりなのかもしれない、と友達に言ってしまう。やがてそんな思いは加速し、谷嵜は昔からの知り合いだと言い始め、SNSでも谷嵜が知り合いだということを匂わせる。そんなある日、もしかして谷嵜本人なのでは? というリプライが届き、紡は向かってはいけない、谷嵜になりすます、という方向へと進み始めてしまう。


自分を谷嵜だと思って接する谷嵜ファンの視線は、紡にとってとても心地が良く、谷嵜でいることを辞められなくなってしまう。お金を取るつもりはなかったが、古参の会員からアドバイスされて会費を取り始める。

谷嵜でいることで自己肯定感が高まり、紡は以前よりもイキイキし始める。人をだましてお金を取る以上に、紡は自分を騙すことでこの世の中をどうにか生きているのだな、と思うと辛い。


不安な生活が続く人が増えれば増えるほど、詐欺も増えていくのではないか。他人の不幸は蜜の味と言うが、犯罪者にとっては願ってもいない獲物。こんなご時勢に警鐘を鳴らす作品なのかもしれない。

今回紹介した本は

『嘘つきジェンガ』

辻村深月

文藝春秋

1815円(1650円+消費税10%)

「忙しい人のための3分で読める話題作書評」バックナンバー

「推しって一体何?」へのアンサー(『推し、燃ゆ』宇佐見りん)

「多様性」という言葉の危うさ(『正欲』朝井リョウ)

孤独の中で生きた者たちが見つけた希望の光(『52ヘルツのクジラたち』町田そのこ)

お金大好き女性弁護士が、遺言状の謎に挑む爽快ミステリー(『元彼の遺言状』新川帆立)

2つの選択肢で惑わせる 世にも悪趣味な実験(『スイッチ 悪意の実験』潮谷験)

「ふつう」も「日常」も尊いのだと叫びたい(『エレジーは流れない』三浦しをん)

ゴッホはなぜ死んだのか 知識欲くすぐるミステリー(『リボルバー』原田マハ)

絶望の未来に希望を抱かざるを得ない物語の説得力(『カード師』中村文則)

黒田官兵衛と信長に叛旗を翻した謀反人の意図とは?(『黒牢城』米澤穂信)

恋愛が苦手な人こそ読んでほしい。動物から学ぶ痛快ラブコメ!(『パンダより恋が苦手な私たち』瀬那 和章)

高校の部活を通して報道のあり方を斬る(『ドキュメント』湊かなえ)

現代社会を映す、一人の少女と小さな島の物語(『彼岸花が咲く島』李 琴峰)

画鬼・河鍋暁斎を父にもったひとりの女性の生き様(『星落ちて、なお』澤田瞳子)

ミステリ好きは読むべき? いま最もミステリ愛が詰め込まれた一作(『硝子の塔の殺人』知念実希人

人は人を育てられるのか? 子どもと向き合う大人の苦悩(『まだ人を殺していません』小林由香)

猫はかわいい。それだけでは終われない、猫と人間の人生(『みとりねこ』有川ひろ)

指1本で人が殺せる。SNSの誹謗中傷に殺されかけた者の復活。(『死にたがりの君に贈る物語』綾崎隼)

“悪手”は誰もが指す。指したあとにあなたならどうするのか。(『神の悪手』芦沢央)

何も信用できなくなる。最悪の読後感をどうとらえるか。(『花束は毒』織守きょうや)

今だからこそ改めて看護師の仕事について知るべきなのではないか。(『ヴァイタル・サイン』南杏子)

「らしさ」を押し付けられた私たちに選ぶ権利はないのか(『川のほとりで羽化するぼくら』彩瀬まる)

さまざまな「寂しさ」が詰まった、優しさと希望が感じられる短編集(『かぞえきれない星の、その次の星』重松清)

ゾッとする、気分が落ち込む――でも読むのを止められない短編集(『カミサマはそういない』深緑野分)

社会の問題について改めて問いかける 無戸籍をテーマとしたミステリー作品(『トリカゴ』辻堂ゆめ)

2つの顔を持つ作品たち 私たちは他人のことを何も知らない(『ばにらさま』山本文緒

今を変えなければ未来は変わらない。現代日本の問題をストレートに描く(『夜が明ける』西加奈子)

自分も誰かに闇を押し付けるかもしれない。本物のホラーは日常に潜んでいる(『闇祓』辻村深月)

ひとりの女が会社を次々と倒産させることは可能なのか?痛快リーガルミステリー(『倒産続きの彼女』新川帆立)

絡み合う2つの物語 この世に本物の正義はあるのか(『ペッパーズ・ゴースト』伊坂幸太郎)

新たな切り口で戦国を描く。攻め、守りの要は職人たちだった――(『塞王の楯』今村翔吾)

鍵を握るのは少女たち――戦争が彼女たちに与えた憎しみと孤独と絆(『同志少女よ、敵を撃て』逢坂冬馬)

運命ではない。けれど、ある芸人との出会いがひとりの女性を変えた。(『パラソルでパラシュート』一穂ミチ

吸血鬼が受け入れられている世界に生きる少女たちの苦悩を描く(『愚かな薔薇』恩田陸)

3人の老人たちの自殺が浮き彫りにする「日常」(『ひとりでカラカサさしてゆく』江國香織)

ミステリーの新たな世界観を広げる! 弁理士が主人公の物語(『特許やぶりの女王 弁理士・大鳳未来』南原詠)

大切な人が自殺した――遺された者が見つけた生きる理由(『世界の美しさを思い知れ』額賀澪)

生きづらさを嘆くだけでは何も始まらない。未来を切り開くため「ブラックボックス」を開く(『ブラックボックス』砂川文次)

筋肉文学? いや、ひとりの女性の“目覚め”の物語だ(『我が友、スミス』石田夏穂)

腐女子の世界を変えたのは、ひとりの美しい死にたいキャバ嬢だった(『ミーツ・ザ・ワールド』金原ひとみ)

人生はうまくいかない。けれど絶望する必要はないと教えてくれる物語たち。(『砂嵐に星屑』一穂ミチ)

明治の東海道を舞台としたデスゲーム。彼らがたどり着くのは未来か、滅びか。(『イクサガミ 天』今村翔吾)

自分の友達が原因で妹が事故に遭った。ぎこちなくなった家族の未来は?(『いえ』小野寺史宜)

ある日突然、愛する人が存在ごと世界から消えてしまったとしたら?(『世界が青くなったら』武田綾乃)

あり得ない! 事件を一晩で解決する弁護士・剣持麗子、見参。(『剣持麗子のワンナイト推理』新川帆立)

想いは変わらない……夫婦が織りなす色あせない「恋愛」(『求めよ、さらば』奥田亜希子)

別れ、挫折、迷い。それぞれが「使命」を見つけるまでの物語(『タラント』角田光代)

骨太リーガルミステリが問いかける。正義とは正しいのか。(『刑事弁護人』薬丸岳)

思うようにいかない人生に、前を向く勇気をくれる一冊。(『オオルリ流星群』伊与原新)

読んでいる者の本性を暴く? 爆発を予言する男との息詰まる舌戦!(『爆弾』呉勝浩)

リアルとフィクションが肉薄……緻密な取材が導き出す真実とは?(『朱色の化身』塩田武士)

沖縄本土復帰直前に起こった100万ドル強奪事件! 琉球警察に未来が託される(『渚の螢火』坂上泉)

舞台は公正取引委員会! ノンキャリ女性の奮闘劇(『競争の番人』新川帆立)

思わず「オーレ!」と叫びたくなる! 新感覚の闘牛士×ミステリー(『情熱の砂を踏む女』下村敦史)

孤独な青年が音楽教室を舞台に裏切りと奏でる喜びに揺れ動く(『ラブカは静かに弓を持つ』安壇美緒)

少し苦いけれど、ハッピーになれる現代のおとぎ話(『マイクロスパイ・アンサンブル』伊坂幸太郎)

愛と別れを経て人は強くなる。孤独と寂しさを乗り越える物語。(『夜に星を放つ』窪美澄)

映画界を舞台に躍動する女性たち…挫折と希望のお仕事物語(『スタッフロール』深緑野分)

宇佐美りんが描く、生々しい家族の慟哭(『くるまの娘』宇佐美りん)

食を通じて暴かれる? 人間の本性とは。(『おいしいごはんが食べられますように』高瀬隼子)

こんな世界で暮らしたくない……でもやがて来るかもしれない世界に背筋が凍る(『信仰』村田沙耶香)

誰も信用できない、意外な着地点……予想外の展開が爽快!(『入れ子細工の夜』阿津川辰海)

これが令和のミステリ作品。リアルな設定にゾッとする。(『#真相をお話しします』結城真一郎)

好きな人と一緒にいたい…その想いがままならないもどかしさ(『汝、星のごとく』凪良ゆう)

私たちは意図せず詐欺に加担しているかもしれないという恐怖(『嘘つきジェンガ』辻村深月)

登場人物紹介

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