さまざまな「寂しさ」が詰まった、優しさと希望が感じられる短編集

文字数 2,503文字

話題の作品が気になるけど、忙しくて全部は読めない!

そんなあなたに、話題作の中身を3分でご紹介。

ぜひ忙しい毎日にひとときの癒やしを与えてくれる、お気に入りの作品を見つけてください。

今回の話題作

「かぞえきれない星の、その次の星」重松清
この記事の文字数:1,323字

読むのにかかる時間:約2分39秒

文・構成:ふくだりょうこ

■POINT

・11の優しい物語が詰まった短編集

・それぞれの物語ににじむ、寂しさ

・垣間見える風刺に「今」を考えさせられる

■11の優しい物語が詰まった短編集


「さみしさを、しっかり書かなきゃな。がんばるよ」


重松清による『かぞえきれない星の、その次の星』。「小説 野性時代」に昨年8月号から掲載された短編11作品が1冊にまとめられている。

コロナが猛威を振るった2020年、その様子が作品に投影されている。

『こいのぼりのナイショの仕事』と『こいのぼりのサイショの仕事』では、“こいのぼり”が主役だ。感染症の流行によって学校が休校になってしまった子どもたちのために、“こいのぼり”がナイショの仕事をがんばる……というもの。

『天の川の両岸』では1ヵ月だけの出張だったはずが、感染症によって自宅に帰れなくなり、娘と毎日オンラインでしか話せないパパの話。『かえる神社の年越し』ではこの1年でなかったことにしたい願いを託される神社の「かえる」たちの話。

ほかにも、明るく優しい母と一緒に暮らす、ミックスルーツの少女の悩みを描く『コスモス』、鬼退治に勤しむ桃太郎一行の物語『花一輪』など多種多様な物語が揃っている。

■それぞれの物語ににじむ、寂しさ


11の作品に共通するのは「寂しさ」だ。家族に会えない寂しさ、友だちに会えない寂しさなど分かりやすいものもあれば、理解してもらえない寂しさ、相手を理解できていなかったことへの寂しさなど、さまざまだ。

鼻の奥がツンとするような寂しさだが、涙はこぼれない。物語の最後にはどれも希望があるからだ。

幸せに生きることができなかった子どもたちの物語もいくつか登場する。この2年、現実にはたくさんのものを失われた子どもたちがいる。しかし、それより前にも私たちは、耳をふさぎたくなるような、悲しく、辛い子どもたちのニュースを聞いてきたはずだ。

そんな子どもたちにもいつか幸せになってほしい。できれば次に会うときは笑顔で。本書は傷つけられた人をいかにして救うのか、救済の物語でもある。苦しみを与える物語だけでは、人の心は救われないのだ。

■垣間見える風刺に「今」を考えさせられる


寂しさをはらんだ優しい物語たちばかりだが、その中には今の世の中をチクリと刺す言葉も散りばめられている。

クラスメイトのいじりを見て見ぬフリをしていた主人公に投げられた、「『いじめる』と『いじる』って、どこがどう違うんだろうな」という言葉。

コロナ禍の日本社会を見て、「嫌な国になっちゃったなあ、って」と言うツバメ。

ミックスルーツのリナに対して、「ねばり強さはクラスの誰よりも日本人らしかったリナさん」と言って自分たちは差別をしていませんよ、としたり顔をするクラスメイト――。

コロナ禍は世界規模で人々を苦しめた。でも、今ある問題はそれだけではない。コロナ禍によってあぶりだされた問題、人の嫌な部分、以前からある差別や苦しみも本作では描いている。

「寂しさ」を描きながらも、その「寂しさ」の本質について考えさせられる。誰も寂しくない世界を作るのは難しいことだ。しかし、自分のごく身近な人を理解しよう、幸せになれるように努力しよう、と考えてみるだけで、世界はほんの少しよい方向に変わるのかもしれない。

今回紹介した本は……


『かぞえきれない星の、その次の星』

重松清

KADOKAWA

1870円(1700円+消費税10%)

「忙しい人のための3分で読める話題作書評」バックナンバー

「推しって一体何?」へのアンサー(『推し、燃ゆ』宇佐見りん)

「多様性」という言葉の危うさ(『正欲』朝井リョウ)

孤独の中で生きた者たちが見つけた希望の光(『52ヘルツのクジラたち』町田そのこ)

お金大好き女性弁護士が、遺言状の謎に挑む爽快ミステリー(『元彼の遺言状』新川帆立)

2つの選択肢で惑わせる 世にも悪趣味な実験(『スイッチ 悪意の実験』潮谷験)

「ふつう」も「日常」も尊いのだと叫びたい(『エレジーは流れない』三浦しをん)

ゴッホはなぜ死んだのか 知識欲くすぐるミステリー(『リボルバー』原田マハ)

絶望の未来に希望を抱かざるを得ない物語の説得力(『カード師』中村文則)

黒田官兵衛と信長に叛旗を翻した謀反人の意図とは?(『黒牢城』米澤穂信)

恋愛が苦手な人こそ読んでほしい。動物から学ぶ痛快ラブコメ!(『パンダより恋が苦手な私たち』瀬那 和章)

高校の部活を通して報道のあり方を斬る(『ドキュメント』湊かなえ)

現代社会を映す、一人の少女と小さな島の物語(『彼岸花が咲く島』李 琴峰)

画鬼・河鍋暁斎を父にもったひとりの女性の生き様(『星落ちて、なお』澤田瞳子)

ミステリ好きは読むべき? いま最もミステリ愛が詰め込まれた一作(『硝子の塔の殺人』知念実希人

人は人を育てられるのか? 子どもと向き合う大人の苦悩(『まだ人を殺していません』小林由香)

猫はかわいい。それだけでは終われない、猫と人間の人生(『みとりねこ』有川ひろ)

指1本で人が殺せる。SNSの誹謗中傷に殺されかけた者の復活。(『死にたがりの君に贈る物語』綾崎隼)

“悪手”は誰もが指す。指したあとにあなたならどうするのか。(『神の悪手』芦沢央)

何も信用できなくなる。最悪の読後感をどうとらえるか。(『花束は毒』織守きょうや)

今だからこそ改めて看護師の仕事について知るべきなのではないか。(『ヴァイタル・サイン』南杏子)

「らしさ」を押し付けられた私たちに選ぶ権利はないのか(『川のほとりで羽化するぼくら』彩瀬まる)

さまざまな「寂しさ」が詰まった、優しさと希望が感じられる短編集(『かぞえきれない星の、その次の星』重松清)

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