自分も誰かに闇を押し付けるかもしれない。本物のホラーは日常に潜んでいる
文字数 3,160文字
話題の作品が気になるけど、忙しくて全部は読めない!
そんなあなたに、話題作の中身を3分でご紹介。
ぜひ忙しい毎日にひとときの癒やしを与えてくれる、お気に入りの作品を見つけてください。
辻村深月『闇祓』
この記事の文字数:1,780字
読むのにかかる時間:約3分34秒
■POINT
・澪を脅かす転校生の正体とは
・極上のホラーに読み終わったとき、叫び声をあげる
・闇ハラスメント(闇ハラ)はすぐそばにある
■澪を脅かす転校生の正体とは
「こいつらは、自分の闇を押し付けるんだよ」
辻村深月による初の本格ホラーミステリ長篇『闇祓』。「こいつら」とは誰なのか。「闇」を押し付けた、その先で何が起こるのか。
原野澪が通う私立三峯学園に男子生徒が転校してきた。名前は、白石要。要は初めて教室に入ってきたときから、澪をじっと見つめていた。
一目惚れされたんじゃないのか、とはしゃぐ澪の親友たち。しかし、要はどこか「普通の生徒」とは異なる雰囲気を醸し出していた。話しかけられてもまともに答えないし、何を考えているのかさっぱりわからない。表情も変わらない。
委員長である澪は、担任に頼まれて要に校内を案内していたが、2人きりになったタイミングで彼はこう言った。
「今日、家に行ってもいい?」
転校初日にそんなことを言われて、誰が「どうぞ」と言えるだろう。
恐怖に駆られた澪は憧れの先輩、神原一太に助けを求める。優しい一太は、澪の相談に乗り、心配して家まで送ってくれる。舞い上がる澪。しかし、要の一言が澪を恐怖に突き落とす。
「神原一太と仲良くしないでもらえますか」
それも、直接言うのではなく、澪の机に鉛筆で書いて伝えるという予想外の方法で。
要の目的はなんなのか。ストーカーか、嫌がらせか。
一方で一太が少しずつ威圧的な態度をとるようになる。澪のすべてを否定し、責めるような言葉たち。次第に、澪は要よりも一太に追い詰められていく。
苦しむ澪に要が放った「あいつらが来ると死ぬ」。
その言葉の意味とは。そして要は何者なのか。
■極上のホラーに読み終わったとき、叫び声をあげる
「ホラー」と聞くとどのようなものを思い浮かべるだろうか。
おばけ屋敷のように驚かされるよりは、何の物音もせずスッと近づいてくる。気がついたら後ろにいる。振り返って目が合ったら終わり――そんなイメージを個人的には思い浮かべる。
『闇祓』のホラーはまさにそんな、気がついたらそばにある恐怖だ。
舞台となっているのは、学校、家庭、団地、会社――。生きていれば、必ず接点のある場所、コミュニティだ。そんな馴染みのある場所で、小さな異変が起こる。知人の様子が少しずつおかしくなっていく。最初は小さな異変だったものが、無視できない異物となり、自分に襲い掛かってくる。予感はない。まさか自分が被害者になろうとは思いもしない。だから防ぎようもなく、逃げられない。
自分を襲うのは誰か。その正体は巧みに隠されていて、なかなか見つけることができない。ラストまで読んでようやく何が諸悪の根源だったのかと分かる。正体を知ってから改めて読み返すと、物語の至るところにその影が滲み出ている。ずっと見られていたのだと知り、背中が冷たくなるはずだ。
■闇ハラスメント(闇ハラ)はすぐそばにある
本作の本編に入る前に、下記のような記述がある。
【闇ハラスメント】精神・心が闇の状態にあることから生ずる、自分の事情や思いなどを一方的に相手に押しつけ、不快にさせる言動・行為。
闇ハラスメント、略して闇ハラ。
作中で蔓延しているのが闇ハラスメントであり、人々を死に追いやるのも闇ハラスメントなのだ。
エピローグにはさまざまな闇ハラの実例が掲載されている。それらを読んで、思わずゾッとする。見たこと、聞いたことがある闇ハラ。もしかすると、したことがある闇ハラもあるかもしれない。
例えば、ちょっと偉そうな会社の上司。みんな気に食わないと思いつつ、そのことを言わずにいたのに、誰かが口にしたとする。
「部長ってウザくない?」
ひとりが言い出したとたん、憎悪は膨らむ。みんなが言っているんだからいいじゃないか。みんなが責めているんだからいいんじゃないか。それで、上司が心を病んだり、最悪の事態を選んだとしたら?
要は物語の終盤に、澪に向かってこう語りかける。
「今、原野さんが視ている厭な感覚があるとしたら、それは原野さん自身の感じる恐怖のせい。生み出しているのは、原野さん自身」
陳腐だが、きっと人間の心より恐ろしいものはない。ホラーを生み出しているのは人間自身だ。
それが分かっても、この作品の読後感が悪くならないのは、自分自身が変われば闇は祓える、と思えるからなのかもしれない。
「忙しい人のための3分で読める話題作書評」バックナンバー
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・孤独の中で生きた者たちが見つけた希望の光(『52ヘルツのクジラたち』町田そのこ)
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・自分も誰かに闇を押し付けるかもしれない。本物のホラーは日常に潜んでいる(『闇祓』辻村深月)