映画界を舞台に躍動する女性たち…挫折と希望のお仕事物語

文字数 4,434文字

話題の作品が気になるけど、忙しくて全部は読めない!

そんなあなたに、話題作の中身を3分でご紹介。

ぜひ忙しい毎日にひとときの癒やしを与えてくれる、お気に入りの作品を見つけてください。

今回の話題作

深緑野分『スタッフロール』

文・構成:ふくだりょうこ

■POINT

・2人の女性が映画界で奮闘

・技術の盛者必衰

・夢を持った人たちの情熱

■2人の女性が映画界で奮闘


「もう、またか、と失望したくないの」


仕事に夢中になればなるほど、「今度こそ評価されるかもしれない」「でもまたダメかもしれない」と心が揺れ動く。そして「ダメだった」が続けば、人は自信を失っていく。時にはもうその道で努力することもやめてしまうかもしれない。


第167回直木賞候補作でもある深緑野分『スタッフロール』。

物語の主人公は2人の女性。

第二次世界大戦直後に生まれたマチルダ。映画とモンスターに魅せられ、特殊造形師としてハリウッドに飛び込んでいく。

もうひとりは現代のロンドンでアニメーターとして働くヴィヴィアンだ。

男性が多い映画界で、マチルダは苦悩しながらも自らの夢に向かって邁進する。しかし、時代は進み、映画界にはCGが登場。特殊造形がCGに負けるはずがない、そう思うが技術の発達が次第にマチルダを追い詰めていく。

一方、ヴィヴィアンが生きる時代は2010年代。すでにCGが当たり前の世界だ。高い技術で作られるCGは映像作品には欠かせないものになっていた。それでも、彼女は悩んでいた。自分が作るものが正しいのか、そして自分のピークは過ぎてしまったのではないか。

そんな2人を『レジェンド・オブ・ストレンジャー』という映画が繋いでいく。

■技術の盛者必衰


『レジェンド・オブ・ストレンジャー』は架空の作品だが、作中には実在する映画も多く登場する。『2001年:宇宙の旅』、『スターウォーズ』、『E.T.』、『エイリアン』。1990年の映画に登場するモンスターたちは当たり前に「実在するもの」だった。作り物だと分かっているのに、「そこにいる」質感。

だからこそ、確かに、CGが登場したばかりのころは違和感があった。なんとなく、画面とズレているような、背景と質感が違うような……すごいとは思いつつも、作り物なのだと冷めることも。それも技術の進化と共に消えていく。今や、CGだとわからないものも多くある。

技術は進化する。それに伴って、映画も進化してきた。しかし、進化するものがあれば同時に出番が少なくなる技術もある。特殊造形はCGに仕事を奪われた。奪われる側からすれば新しい技術が憎いと思う場合もある。だからと言って、CGを作る側に悩みがないわけではない。「昔のほうがよかった」という者はいるし、CGは「ボタンをポンと押せばおしまい」などという人もいる。

嫉妬も、恐怖もある。それでも全ての映画人に共通するのは、「良い映画を作りたい」という思いだけだ。何より、一足飛びに技術も映画も進化しない。全ての人の情熱があったから今の映画がある。

■夢を持った人たちの情熱


主人公の2人は夢を持っている。マチルダは、特殊造形師になりたいからと、両親に黙って大学を辞め、ハリウッド御用達の工房に弟子入りする。ヴィヴィアンは、紆余曲折を経て、アニメーターという天職と出会う。

好きな仕事ができて幸せ……だということはきっと2人も感じている。が、自信が持てない。好きだからこそ、もっと技術を伸ばしたい。優秀であるがゆえに、自分の立ち位置も知っている。

がんばってもがんばっても、映画のスタッフロールに名前が載らないマチルダ。女だからというだけじゃない、自分に創造の才能がないからだと客観視している。

ヴィヴィアンはアカデミー賞にノミネートされながらも、落選してしまったことで自信を失い、立ち止まってしまう。

第三者から見れば、2人とも素晴らしいクリエイターである。マチルダは伝説の造形師として名を残しているし、ヴィヴィアンに至ってはアカデミー賞ノミネートという時点で評価されている。

ただ、きっとそこで調子に乗れるような人たちなら、成長はできないはずだ。自分はこれでいいのだとそこで止まってしまう。もっともっと認められたい、いいものを作りたい、という思いが彼女たちを突き動かす。喜びも悲しみも、夢が、仕事が握っている。

そんな人生が幸せか、不幸なのかは人によって分かれるだろう。しかし、仕事をがんばる全ての人たちの心に間違いなく、響く作品だ。

今回紹介した本は

『スタッフロール』

深緑野分

1870円(1700円+消費税10%)

「忙しい人のための3分で読める話題作書評」バックナンバー

「推しって一体何?」へのアンサー(『推し、燃ゆ』宇佐見りん)

「多様性」という言葉の危うさ(『正欲』朝井リョウ)

孤独の中で生きた者たちが見つけた希望の光(『52ヘルツのクジラたち』町田そのこ)

お金大好き女性弁護士が、遺言状の謎に挑む爽快ミステリー(『元彼の遺言状』新川帆立)

2つの選択肢で惑わせる 世にも悪趣味な実験(『スイッチ 悪意の実験』潮谷験)

「ふつう」も「日常」も尊いのだと叫びたい(『エレジーは流れない』三浦しをん)

ゴッホはなぜ死んだのか 知識欲くすぐるミステリー(『リボルバー』原田マハ)

絶望の未来に希望を抱かざるを得ない物語の説得力(『カード師』中村文則)

黒田官兵衛と信長に叛旗を翻した謀反人の意図とは?(『黒牢城』米澤穂信)

恋愛が苦手な人こそ読んでほしい。動物から学ぶ痛快ラブコメ!(『パンダより恋が苦手な私たち』瀬那 和章)

高校の部活を通して報道のあり方を斬る(『ドキュメント』湊かなえ)

現代社会を映す、一人の少女と小さな島の物語(『彼岸花が咲く島』李 琴峰)

画鬼・河鍋暁斎を父にもったひとりの女性の生き様(『星落ちて、なお』澤田瞳子)

ミステリ好きは読むべき? いま最もミステリ愛が詰め込まれた一作(『硝子の塔の殺人』知念実希人

人は人を育てられるのか? 子どもと向き合う大人の苦悩(『まだ人を殺していません』小林由香)

猫はかわいい。それだけでは終われない、猫と人間の人生(『みとりねこ』有川ひろ)

指1本で人が殺せる。SNSの誹謗中傷に殺されかけた者の復活。(『死にたがりの君に贈る物語』綾崎隼)

“悪手”は誰もが指す。指したあとにあなたならどうするのか。(『神の悪手』芦沢央)

何も信用できなくなる。最悪の読後感をどうとらえるか。(『花束は毒』織守きょうや)

今だからこそ改めて看護師の仕事について知るべきなのではないか。(『ヴァイタル・サイン』南杏子)

「らしさ」を押し付けられた私たちに選ぶ権利はないのか(『川のほとりで羽化するぼくら』彩瀬まる)

さまざまな「寂しさ」が詰まった、優しさと希望が感じられる短編集(『かぞえきれない星の、その次の星』重松清)

ゾッとする、気分が落ち込む――でも読むのを止められない短編集(『カミサマはそういない』深緑野分)

社会の問題について改めて問いかける 無戸籍をテーマとしたミステリー作品(『トリカゴ』辻堂ゆめ)

2つの顔を持つ作品たち 私たちは他人のことを何も知らない(『ばにらさま』山本文緒

今を変えなければ未来は変わらない。現代日本の問題をストレートに描く(『夜が明ける』西加奈子)

自分も誰かに闇を押し付けるかもしれない。本物のホラーは日常に潜んでいる(『闇祓』辻村深月)

ひとりの女が会社を次々と倒産させることは可能なのか?痛快リーガルミステリー(『倒産続きの彼女』新川帆立)

絡み合う2つの物語 この世に本物の正義はあるのか(『ペッパーズ・ゴースト』伊坂幸太郎)

新たな切り口で戦国を描く。攻め、守りの要は職人たちだった――(『塞王の楯』今村翔吾)

鍵を握るのは少女たち――戦争が彼女たちに与えた憎しみと孤独と絆(『同志少女よ、敵を撃て』逢坂冬馬)

運命ではない。けれど、ある芸人との出会いがひとりの女性を変えた。(『パラソルでパラシュート』一穂ミチ

吸血鬼が受け入れられている世界に生きる少女たちの苦悩を描く(『愚かな薔薇』恩田陸)

3人の老人たちの自殺が浮き彫りにする「日常」(『ひとりでカラカサさしてゆく』江國香織)

ミステリーの新たな世界観を広げる! 弁理士が主人公の物語(『特許やぶりの女王 弁理士・大鳳未来』南原詠)

大切な人が自殺した――遺された者が見つけた生きる理由(『世界の美しさを思い知れ』額賀澪)

生きづらさを嘆くだけでは何も始まらない。未来を切り開くため「ブラックボックス」を開く(『ブラックボックス』砂川文次)

筋肉文学? いや、ひとりの女性の“目覚め”の物語だ(『我が友、スミス』石田夏穂)

腐女子の世界を変えたのは、ひとりの美しい死にたいキャバ嬢だった(『ミーツ・ザ・ワールド』金原ひとみ)

人生はうまくいかない。けれど絶望する必要はないと教えてくれる物語たち。(『砂嵐に星屑』一穂ミチ)

明治の東海道を舞台としたデスゲーム。彼らがたどり着くのは未来か、滅びか。(『イクサガミ 天』今村翔吾)

自分の友達が原因で妹が事故に遭った。ぎこちなくなった家族の未来は?(『いえ』小野寺史宜)

ある日突然、愛する人が存在ごと世界から消えてしまったとしたら?(『世界が青くなったら』武田綾乃)

あり得ない! 事件を一晩で解決する弁護士・剣持麗子、見参。(『剣持麗子のワンナイト推理』新川帆立)

想いは変わらない……夫婦が織りなす色あせない「恋愛」(『求めよ、さらば』奥田亜希子)

別れ、挫折、迷い。それぞれが「使命」を見つけるまでの物語(『タラント』角田光代)

骨太リーガルミステリが問いかける。正義とは正しいのか。(『刑事弁護人』薬丸岳)

思うようにいかない人生に、前を向く勇気をくれる一冊。(『オオルリ流星群』伊与原新)

読んでいる者の本性を暴く? 爆発を予言する男との息詰まる舌戦!(『爆弾』呉勝浩)

リアルとフィクションが肉薄……緻密な取材が導き出す真実とは?(『朱色の化身』塩田武士)

沖縄本土復帰直前に起こった100万ドル強奪事件! 琉球警察に未来が託される(『渚の螢火』坂上泉)

舞台は公正取引委員会! ノンキャリ女性の奮闘劇(『競争の番人』新川帆立)

思わず「オーレ!」と叫びたくなる! 新感覚の闘牛士×ミステリー(『情熱の砂を踏む女』下村敦史)

孤独な青年が音楽教室を舞台に裏切りと奏でる喜びに揺れ動く(『ラブカは静かに弓を持つ』安壇美緒)

少し苦いけれど、ハッピーになれる現代のおとぎ話(『マイクロスパイ・アンサンブル』伊坂幸太郎)

愛と別れを経て人は強くなる。孤独と寂しさを乗り越える物語。(『夜に星を放つ』窪美澄)

映画界を舞台に躍動する女性たち…挫折と希望のお仕事物語(『スタッフロール』深緑野分)

登場人物紹介

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