ミステリーの新たな世界観を広げる! 弁理士が主人公の物語
文字数 3,359文字
話題の作品が気になるけど、忙しくて全部は読めない!
そんなあなたに、話題作の中身を3分でご紹介。
ぜひ忙しい毎日にひとときの癒やしを与えてくれる、お気に入りの作品を見つけてください。
『特許やぶりの女王 弁理士・大鳳未来』南原詠
この記事の文字数:1,565字
読むのにかかる時間:約3分8秒
■POINT
・新たなリーガルヒロインの登場?
・「特許権侵害」がキーワードとなるミステリー
・才能を持つ者には才能を守る者が必要だ
■新たなリーガルヒロインの登場?
「あなたの才能は私が守ります」
なんて、心を掴む言葉だろう。弁理士・大鳳未来の言葉には力がある。
第20回『このミステリーがすごい!』大賞受賞作である『特許やぶりの女王 弁理士・大鳳未来』。
主人公はタイトルにもある通り、凄腕の女性弁理士・大鳳未来だ。特許権を盾に企業から巨額の賠償金をふんだくってきた未来は、弁護士の姚愁林とともにミスルトウ特許法律事務所を立ち上げる。今度は攻めるのではなく、特許権侵害を警告された企業を守るのが専門だ。
特許権に関する案件だけで食べていけるのか? と思うが、日本ではまともに侵害を扱える法律事務所は片手で数えるほど、らしい。というわけでミスルトウ特許法律事務所のもとにはひっきりなしに依頼が来るのだ。
案件が片付いてホッと息をついたのもつかの間。未来たちのもとに、ある依頼が舞い込む。映像技術の特許権侵害を警告され、活動停止を迫られる人気VTuber天ノ川トリィを守ってほしい。
依頼を達成するために調べを進めていくが、状況は圧倒的に不利。そんな中、未来は大胆な作戦を決行する。
■「特許権侵害」がキーワードとなるミステリー
そもそも、弁理士とはなんなのか。
特許権や商標権などといった「知的財産権」に関する専門家だ。簡単に言えば、新しい発明を保護する、といったところだろうか。だから、未来が言った「あなたの才能は私が守る」は依頼人にとっては力強く感じられる宣言なのかもしれない。
とは言え、特許侵害とはなんなのか、どうなれば侵害になるのか、それによってどのような損害が出るのか……などはわからない。が、全くわからなくても、トリィの案件を解決していく中で未来は非常にわかりやすく、且つ、いかに仕事が大変なのかを伝えてくれている。
同時に、今回の依頼人であるVTuberについても、認識はさまざまだ。単語は知っていても具体的にどういうものかはわからない、どんな活動をしているのかわからないという人も多いだろう。トリィはVTuberとしては型破りだ。しかし、これもまた、特許侵害について突き詰めていく中でうまく解説してくれている。今回の特許侵害の警告が、いかにトリィにとって危機的状態なのかということも。
弁理士の役割、特許について、VTuberについて、この3つへの理解度を深めながら、事件が解決に向かっていくさまは、パズルがピタリとはまっていくような爽快さを感じる。
■才能を持つ者には才能を守る者が必要だ
設定も強烈だが、キャラクターも強烈だ。
未来は仕事第一の生活。それはお金のためというよりも、仕事が好きだとか、自分の正義感のために働いているようにも思う(もちろん、お金も好きだろうが……)。
「ウィン・ウィンなんて、下品な言葉を使わないで」
「私はあなたの才能がうらやましい」
こういった未来の言葉には、創作者への尊敬の念がにじみ出ている。
天ノ川トリィは並外れた体力、どれだけ歌っても枯れない強靭な喉、他人を魅了する歌声、パフォーマンスを持つ、まさに才能にあふれた人だ。傍若無人で口も悪いし乱暴なところもあるけれど、それでも、その才能に多くの人が惚れずにはいられない。
最初、トリィと未来は相反する存在のように見える。相性も悪そうだし、互いのことなんてとてもじゃないけれど、理解し合えない。
が、態度はどうであれ、未来は才能ある者をリスペクトし、守りたいと思っている。トリィの才能を守りたい。トリィもまた、自分の才能を認め、守ろうとしてくれる人物の真摯な姿勢に心が動いていく。
余計な言葉はいらない。互いの仕事に対する姿勢のみで互いを認め合う。その関係は弁理士と依頼人という上では最高の関係だと言えるのかもしれない。
「忙しい人のための3分で読める話題作書評」バックナンバー
・「推しって一体何?」へのアンサー(『推し、燃ゆ』宇佐見りん)
・孤独の中で生きた者たちが見つけた希望の光(『52ヘルツのクジラたち』町田そのこ)
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・2つの選択肢で惑わせる 世にも悪趣味な実験(『スイッチ 悪意の実験』潮谷験)
・「ふつう」も「日常」も尊いのだと叫びたい(『エレジーは流れない』三浦しをん)
・ゴッホはなぜ死んだのか 知識欲くすぐるミステリー(『リボルバー』原田マハ)
・絶望の未来に希望を抱かざるを得ない物語の説得力(『カード師』中村文則)
・黒田官兵衛と信長に叛旗を翻した謀反人の意図とは?(『黒牢城』米澤穂信)
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