たった1週間の旅が女性たちの本音を赤裸々にする
文字数 5,046文字
話題の作品が気になるけど、忙しくて全部は読めない!
そんなあなたに、話題作の中身を3分でご紹介。
ぜひ忙しい毎日にひとときの癒やしを与えてくれる、お気に入りの作品を見つけてください。
佐原ひかり『ペーパー・リリイ』
■POINT
・17歳と38歳が予測不能の旅に出る。
・でこぼこコンビは仲良くなれるのか?
・「恥ずかしい」感情の影にある本音
■17歳と38歳が予測不能の旅に出る。
「そういうスペシャルなものが見つけられないっていうか。見逃すっていうかババ引くっていうか」
ああ、自分の人生をそういうふうに思っている人ってたくさんいるよな、と思った。でも、「そういう星のもとに生まれてしまったんだ」となにかよく分からないもののせいにしておいたほうが気は楽だ。自分が選び取った責任を感じなくていい。
2019年氷室冴子青春文学賞大賞を受賞した佐原ひかりによる新作長篇小説『ペーパー・リリイ』。
17歳、女子高生の野中杏の家に38歳の女性、キヨエが訪れてきた。キヨエは杏と暮らしている「佐々木さん」に会いに来た。佐々木さんの本当の名前は野中京介だ。杏の叔父で、職業は結婚詐欺師。キヨエは京介に騙され、お金を奪われていた。
キヨエが取られたお金は300万だという。目の前にいるキヨエに対して、杏は思う。
「かわいそうだな」「どうにかしてやりたい」
杏はタンスの入っている京介の500万を取り出して、戸惑うキヨエを誘って1週間の旅に出る。目的地は、京介がキヨエに話したという幻の百合。
京介が騙しとったお金を返し、慰謝料を払って、キヨエに最高の7日間をプレゼントしようと杏は心に誓う。
■でこぼこコンビは仲良くなれるのか?
コミュ力が高くてサバサバした性格の杏。どちらかと石橋を叩いて叩いて割ってしまうタイプのキヨエ。おそらく、普通だったら交わることのない2人だ。お互いに近づくこともしない。でも、杏は自分の叔父のせいで不幸になったキヨエに対して罪悪感を抱き、お詫びがしたいと思っていた。叔父が結婚詐欺師であることは知っていたし、詐欺で稼いだお金で育ててもらっているのも分かっていた。キヨエとの旅には、これまで京介がお金を巻き上げた女性たちへの懺悔の意味があるのかもしれない。キヨエにイラッとすることがあっても、杏は怒り散らかすことはなかった。
一方、キヨエはと言うと、杏が年下であろうと、自分を騙した男の家族だったとしても関係なく甘え倒す。分かりやすくかわいらしい甘えじゃなくて、「この人だったら許してくれるだろう」と思って好き勝手やっているイメージだ。それを受けとめる杏……という構図が見える。危ういバランスで成り立っている関係だとは言える。
しかしキヨエは、実は杏が抱える危うい子どもの部分を指摘し、ハッとさせている。
冒険ができないキヨエの手を引っ張る杏。危うい杏を守ろうとするキヨエ。予想外の出会いのおかげで、それぞれが新たな一面を自覚できたことは間違いないだろう。
■「恥ずかしい」感情の影にある本音
正反対なふたりに共通していることは「恥ずかしい」という思いを抱いていることだろう。
キヨエは「騙されて恥ずかしい」と思っているし、杏は自覚していなかったが「保護者が結婚詐欺師なんて恥ずかしい」と思っていたことを知る。
どちらもある意味、日本人らしい意識だな、と思う。
騙されて恥ずかしいと感じるなんて、悪いのは詐欺師の方だし、結婚詐欺のお金で育てられたことが恥ずかしいと感じるのも、育てる側の詐欺師が悪い。なのに、2人は諸悪の根源である京介を強くは責めない。500万円を奪って京介が迎えに来るように仕向けるけれど、京介自身に復讐したいなら、もっと何か、方法があるはずだ(500万円をとられるのは大きな痛手だが)。第三者のせいにせず、自分を恥じる杏とキヨエ。でも、その恥の裏には一体どんな本音があるのか。
幻の百合を見つけるためにひたすら車を走らせる2人。その先で杏たちが見つけたものとは。
また、この物語の最後には大どんでん返しが待っている。結末を知った上で、ぜひ再読し
みてほしい。
「忙しい人のための3分で読める話題作書評」バックナンバー
・「推しって一体何?」へのアンサー(『推し、燃ゆ』宇佐見りん)
・孤独の中で生きた者たちが見つけた希望の光(『52ヘルツのクジラたち』町田そのこ)
・お金大好き女性弁護士が、遺言状の謎に挑む爽快ミステリー(『元彼の遺言状』新川帆立)
・2つの選択肢で惑わせる 世にも悪趣味な実験(『スイッチ 悪意の実験』潮谷験)
・「ふつう」も「日常」も尊いのだと叫びたい(『エレジーは流れない』三浦しをん)
・ゴッホはなぜ死んだのか 知識欲くすぐるミステリー(『リボルバー』原田マハ)
・絶望の未来に希望を抱かざるを得ない物語の説得力(『カード師』中村文則)
・黒田官兵衛と信長に叛旗を翻した謀反人の意図とは?(『黒牢城』米澤穂信)
・恋愛が苦手な人こそ読んでほしい。動物から学ぶ痛快ラブコメ!(『パンダより恋が苦手な私たち』瀬那 和章)
・高校の部活を通して報道のあり方を斬る(『ドキュメント』湊かなえ)
・現代社会を映す、一人の少女と小さな島の物語(『彼岸花が咲く島』李 琴峰)
・画鬼・河鍋暁斎を父にもったひとりの女性の生き様(『星落ちて、なお』澤田瞳子)
・ミステリ好きは読むべき? いま最もミステリ愛が詰め込まれた一作(『硝子の塔の殺人』知念実希人)
・人は人を育てられるのか? 子どもと向き合う大人の苦悩(『まだ人を殺していません』小林由香)
・猫はかわいい。それだけでは終われない、猫と人間の人生(『みとりねこ』有川ひろ)
・指1本で人が殺せる。SNSの誹謗中傷に殺されかけた者の復活。(『死にたがりの君に贈る物語』綾崎隼)
・“悪手”は誰もが指す。指したあとにあなたならどうするのか。(『神の悪手』芦沢央)
・何も信用できなくなる。最悪の読後感をどうとらえるか。(『花束は毒』織守きょうや)
・今だからこそ改めて看護師の仕事について知るべきなのではないか。(『ヴァイタル・サイン』南杏子)
・「らしさ」を押し付けられた私たちに選ぶ権利はないのか(『川のほとりで羽化するぼくら』彩瀬まる)
・さまざまな「寂しさ」が詰まった、優しさと希望が感じられる短編集(『かぞえきれない星の、その次の星』重松清)
・ゾッとする、気分が落ち込む――でも読むのを止められない短編集(『カミサマはそういない』深緑野分)
・社会の問題について改めて問いかける 無戸籍をテーマとしたミステリー作品(『トリカゴ』辻堂ゆめ)
・2つの顔を持つ作品たち 私たちは他人のことを何も知らない(『ばにらさま』山本文緒)
・今を変えなければ未来は変わらない。現代日本の問題をストレートに描く(『夜が明ける』西加奈子)
・自分も誰かに闇を押し付けるかもしれない。本物のホラーは日常に潜んでいる(『闇祓』辻村深月)
・ひとりの女が会社を次々と倒産させることは可能なのか?痛快リーガルミステリー(『倒産続きの彼女』新川帆立)
・絡み合う2つの物語 この世に本物の正義はあるのか(『ペッパーズ・ゴースト』伊坂幸太郎)
・新たな切り口で戦国を描く。攻め、守りの要は職人たちだった――(『塞王の楯』今村翔吾)
・鍵を握るのは少女たち――戦争が彼女たちに与えた憎しみと孤独と絆(『同志少女よ、敵を撃て』逢坂冬馬)
・運命ではない。けれど、ある芸人との出会いがひとりの女性を変えた。(『パラソルでパラシュート』一穂ミチ)
・吸血鬼が受け入れられている世界に生きる少女たちの苦悩を描く(『愚かな薔薇』恩田陸)
・3人の老人たちの自殺が浮き彫りにする「日常」(『ひとりでカラカサさしてゆく』江國香織)
・ミステリーの新たな世界観を広げる! 弁理士が主人公の物語(『特許やぶりの女王 弁理士・大鳳未来』南原詠)
・大切な人が自殺した――遺された者が見つけた生きる理由(『世界の美しさを思い知れ』額賀澪)
・生きづらさを嘆くだけでは何も始まらない。未来を切り開くため「ブラックボックス」を開く(『ブラックボックス』砂川文次)
・筋肉文学? いや、ひとりの女性の“目覚め”の物語だ(『我が友、スミス』石田夏穂)
・腐女子の世界を変えたのは、ひとりの美しい死にたいキャバ嬢だった(『ミーツ・ザ・ワールド』金原ひとみ)
・人生はうまくいかない。けれど絶望する必要はないと教えてくれる物語たち。(『砂嵐に星屑』一穂ミチ)
・明治の東海道を舞台としたデスゲーム。彼らがたどり着くのは未来か、滅びか。(『イクサガミ 天』今村翔吾)
・自分の友達が原因で妹が事故に遭った。ぎこちなくなった家族の未来は?(『いえ』小野寺史宜)
・ある日突然、愛する人が存在ごと世界から消えてしまったとしたら?(『世界が青くなったら』武田綾乃)
・あり得ない! 事件を一晩で解決する弁護士・剣持麗子、見参。(『剣持麗子のワンナイト推理』新川帆立)
・想いは変わらない……夫婦が織りなす色あせない「恋愛」(『求めよ、さらば』奥田亜希子)
・別れ、挫折、迷い。それぞれが「使命」を見つけるまでの物語(『タラント』角田光代)
・骨太リーガルミステリが問いかける。正義とは正しいのか。(『刑事弁護人』薬丸岳)
・思うようにいかない人生に、前を向く勇気をくれる一冊。(『オオルリ流星群』伊与原新)
・読んでいる者の本性を暴く? 爆発を予言する男との息詰まる舌戦!(『爆弾』呉勝浩)
・リアルとフィクションが肉薄……緻密な取材が導き出す真実とは?(『朱色の化身』塩田武士)
・沖縄本土復帰直前に起こった100万ドル強奪事件! 琉球警察に未来が託される(『渚の螢火』坂上泉)
・舞台は公正取引委員会! ノンキャリ女性の奮闘劇(『競争の番人』新川帆立)
・思わず「オーレ!」と叫びたくなる! 新感覚の闘牛士×ミステリー(『情熱の砂を踏む女』下村敦史)
・孤独な青年が音楽教室を舞台に裏切りと奏でる喜びに揺れ動く(『ラブカは静かに弓を持つ』安壇美緒)
・少し苦いけれど、ハッピーになれる現代のおとぎ話(『マイクロスパイ・アンサンブル』伊坂幸太郎)
・愛と別れを経て人は強くなる。孤独と寂しさを乗り越える物語。(『夜に星を放つ』窪美澄)
・映画界を舞台に躍動する女性たち…挫折と希望のお仕事物語(『スタッフロール』深緑野分)
・宇佐美りんが描く、生々しい家族の慟哭(『くるまの娘』宇佐美りん)
・食を通じて暴かれる? 人間の本性とは。(『おいしいごはんが食べられますように』高瀬隼子)
・こんな世界で暮らしたくない……でもやがて来るかもしれない世界に背筋が凍る(『信仰』村田沙耶香)
・誰も信用できない、意外な着地点……予想外の展開が爽快!(『入れ子細工の夜』阿津川辰海)
・これが令和のミステリ作品。リアルな設定にゾッとする。(『#真相をお話しします』結城真一郎)
・好きな人と一緒にいたい…その想いがままならないもどかしさ(『汝、星のごとく』凪良ゆう)
・私たちは意図せず詐欺に加担しているかもしれないという恐怖(『嘘つきジェンガ』辻村深月)
・人間の表と裏を描く令和の人間模様(『嫌いなら呼ぶなよ』綿矢りさ)
・80年前の写真が現代に語りかける戦争の記憶(『モノクロの夏に帰る』額賀澪)
・強くなりたい。将棋の世界ではそれが全てだった。(『ぼくらに嘘がひとつだけ』綾崎隼)
・地下建築に閉じ込められた9人――極限の状況が暴く人間の本性(『方舟』夕木春央)
・ルンタッタ、ルンタッタと笑いたい人たちの物語(『浅草ルンタッタ』劇団ひとり)
・みんなで金持ちになれたらどんなにいいだろう。財布にまつわるエトセトラ(『財布は踊る』原田ひ香)
・大人びた高校生たちの魅力があふれる青春ミステリ(『栞と嘘の季節』米澤穂信)
・未解決事件を巡り奔走する警察、嗤う犯人……事件の悪夢は終わるのか(『リバー』奥田英朗)
・映画と小説の世界がリンクし、新たな鈴芽の旅が楽しめる(『すずめの戸締り』新海誠)