別れ、挫折、迷い。それぞれが「使命」を見つけるまでの物語
文字数 4,144文字
話題の作品が気になるけど、忙しくて全部は読めない!
そんなあなたに、話題作の中身を3分でご紹介。
ぜひ忙しい毎日にひとときの癒やしを与えてくれる、お気に入りの作品を見つけてください。
角田光代『タラント』
この記事の文字数:1,865字
読むのにかかる時間:約3分44秒
■POINT
・情熱を失った人間の静かな生活の先は?
・「使命」がないことに焦る女性の奮闘
・何もできない、は本人の思い込みなのかもしれない
■情熱を失った人間の静かな生活の先は?
「本当の意味で世界を変えていくのは、選ばれし人じゃなく、その他大勢だよな」
世界を変えたい、とどれだけの人が思うだろう。でも、目の前の人が幸せになれるように世の中を変えたい、と思う人は多いかもしれない。
角田光代著『タラント』。2020年7月から2021年7月までの約1年間、読売新聞朝刊に連載されていたものがこの度、単行本化された。
40歳を前にして、どこか無気力に日々を送っているみのり。世の中には熱い人と冷めた人がいて、みのりは後者だと自身のことを認識している。しかし、そんなみのりも大学生のころは海外支援なども行っているボランティアサークルで「熱く」活動をしていた。卒業して、就職してからも、周りの人物たちに憧れ、情熱を持って仕事に取り組んでいたが、自分が犯した“あること”がきっかけでその情熱を失う。
ただ淡々と日々を過ごしていたみのりのもとに、甥の陸が学校を休みがちだという知らせが届く。様子を伺いがてら、実家がある香川に戻り、陸と交流を深めていくみのり。当の陸はというと、曾祖父・清美(みのりにとっては祖父)のことを気にかけていた。あまり自分のことを話さない清美。そんな清美のところにはある女性から定期的に手紙が届いていて……。
みのりや清美の日々を辿りながら、再スタートを切るまでの彼らの日常を描く。
■「使命」がないことに焦る女性の奮闘
聖書に「タラントのたとえ」という話が登場する。才能を意味する「タレント」の由来だと言われているそうだ。本作では、帯の「タラント」には「使命」とルビがふられている。
みのりが所属していたボランティアサークル「麦の会」では、みな自分が何をやりたいか、何者になりたいか、というビジョンを明確に持っていた。大学に入ればやりたいことが見つかると思っていたみのりは、焦りを感じつつも、「麦の会」の活動にのめり込んでいく。
サークルで訪れたネパールの孤児院や小学校での活動を経て、具体的ではないけれど、自分のやりたいことの輪郭を朧気ながら掴み始めるみのり。それでも気づかないうちに、目的を成し遂げていく周囲の友人たちを見て焦っていた。使命感、そして正義感が重なり、みのりはある過ちを犯してしまう。みのりの人生において転機となった過ち。
何者かになりたくてやったことは独りよがりで、誰のためにもならない。何より、誰かの人生を大きく変えてしまうかもしれない。命に関わるかもしれない。ただ自分なりの「使命」を背負いたかっただけなのに。そう思うと、みのりは自分が犯した過ちの大きさを感じつつ、一方でその過ちが誰にも責められなければいい、という自分勝手な思考に嫌気が差す。情熱が持てなくなったのは、自分がどういう人間なのかを初めて理解してしまったからかもしれない。
■何もできない、は本人の思い込みなのかもしれない
みのりの物語と同時進行で語られるのは、みのりの祖父・清美の物語だ。みのりの祖父は戦争で足を失くしていた。戦争に行ったときのこと、訓練中のこと、戦いのさなかでのこと、日本に戻ってきてからのこと。清美の思い出が描かれるページ数は多くないながらも、リアルに情景が浮かぶのは今の時勢も関係しているからかもしれない。
生きて帰ってきた清美は、何も期待しないようにしよう、何も考えないようにしよう、と努めていた。だから、みのりたち孫や、家族は清美が何を考えているのかわからない。
しかし、少しずつ、清美は足を失いできなくなったことはあるにせよ、仲間や友だちは死んだのに自分が生きていることに後ろめたさを抱いていることがわかっていく。こんな自分が幸せになってはいけない、と言い聞かせているようにも見える。
みのりも、海外支援をする中で、「戦争」に触れていた。いや、世界のいたるところで行われている「暴力」と言ったほうがいいのかもしれない。そこで自分には何もできることはない。みのりも清美もそう思っていた。しかし、陸が清美に興味を持ち始めたことで少しずつ2人の考え方が変わっていく。戦争をなくす、孤児をなくすという大きなことは成し遂げられなくても、小さな行動が誰かを救えるかもしれない。大きな使命を抱かなくていい。ただ、自分にできるかもしれないことをやってみればいい。無理だったら諦めたっていい。
やってみたいことにチャレンジする。その自由と、喜びが描かれている。
「忙しい人のための3分で読める話題作書評」バックナンバー
・「推しって一体何?」へのアンサー(『推し、燃ゆ』宇佐見りん)
・孤独の中で生きた者たちが見つけた希望の光(『52ヘルツのクジラたち』町田そのこ)
・お金大好き女性弁護士が、遺言状の謎に挑む爽快ミステリー(『元彼の遺言状』新川帆立)
・2つの選択肢で惑わせる 世にも悪趣味な実験(『スイッチ 悪意の実験』潮谷験)
・「ふつう」も「日常」も尊いのだと叫びたい(『エレジーは流れない』三浦しをん)
・ゴッホはなぜ死んだのか 知識欲くすぐるミステリー(『リボルバー』原田マハ)
・絶望の未来に希望を抱かざるを得ない物語の説得力(『カード師』中村文則)
・黒田官兵衛と信長に叛旗を翻した謀反人の意図とは?(『黒牢城』米澤穂信)
・恋愛が苦手な人こそ読んでほしい。動物から学ぶ痛快ラブコメ!(『パンダより恋が苦手な私たち』瀬那 和章)
・高校の部活を通して報道のあり方を斬る(『ドキュメント』湊かなえ)
・現代社会を映す、一人の少女と小さな島の物語(『彼岸花が咲く島』李 琴峰)
・画鬼・河鍋暁斎を父にもったひとりの女性の生き様(『星落ちて、なお』澤田瞳子)
・ミステリ好きは読むべき? いま最もミステリ愛が詰め込まれた一作(『硝子の塔の殺人』知念実希人)
・人は人を育てられるのか? 子どもと向き合う大人の苦悩(『まだ人を殺していません』小林由香)
・猫はかわいい。それだけでは終われない、猫と人間の人生(『みとりねこ』有川ひろ)
・指1本で人が殺せる。SNSの誹謗中傷に殺されかけた者の復活。(『死にたがりの君に贈る物語』綾崎隼)
・“悪手”は誰もが指す。指したあとにあなたならどうするのか。(『神の悪手』芦沢央)
・何も信用できなくなる。最悪の読後感をどうとらえるか。(『花束は毒』織守きょうや)
・今だからこそ改めて看護師の仕事について知るべきなのではないか。(『ヴァイタル・サイン』南杏子)
・「らしさ」を押し付けられた私たちに選ぶ権利はないのか(『川のほとりで羽化するぼくら』彩瀬まる)
・さまざまな「寂しさ」が詰まった、優しさと希望が感じられる短編集(『かぞえきれない星の、その次の星』重松清)
・ゾッとする、気分が落ち込む――でも読むのを止められない短編集(『カミサマはそういない』深緑野分)
・社会の問題について改めて問いかける 無戸籍をテーマとしたミステリー作品(『トリカゴ』辻堂ゆめ)
・2つの顔を持つ作品たち 私たちは他人のことを何も知らない(『ばにらさま』山本文緒)
・今を変えなければ未来は変わらない。現代日本の問題をストレートに描く(『夜が明ける』西加奈子)
・自分も誰かに闇を押し付けるかもしれない。本物のホラーは日常に潜んでいる(『闇祓』辻村深月)
・ひとりの女が会社を次々と倒産させることは可能なのか?痛快リーガルミステリー(『倒産続きの彼女』新川帆立)
・絡み合う2つの物語 この世に本物の正義はあるのか(『ペッパーズ・ゴースト』伊坂幸太郎)
・新たな切り口で戦国を描く。攻め、守りの要は職人たちだった――(『塞王の楯』今村翔吾)
・鍵を握るのは少女たち――戦争が彼女たちに与えた憎しみと孤独と絆(『同志少女よ、敵を撃て』逢坂冬馬)
・運命ではない。けれど、ある芸人との出会いがひとりの女性を変えた。(『パラソルでパラシュート』一穂ミチ)
・吸血鬼が受け入れられている世界に生きる少女たちの苦悩を描く(『愚かな薔薇』恩田陸)
・3人の老人たちの自殺が浮き彫りにする「日常」(『ひとりでカラカサさしてゆく』江國香織)
・ミステリーの新たな世界観を広げる! 弁理士が主人公の物語(『特許やぶりの女王 弁理士・大鳳未来』南原詠)
・大切な人が自殺した――遺された者が見つけた生きる理由(『世界の美しさを思い知れ』額賀澪)
・生きづらさを嘆くだけでは何も始まらない。未来を切り開くため「ブラックボックス」を開く(『ブラックボックス』砂川文次)
・筋肉文学? いや、ひとりの女性の“目覚め”の物語だ(『我が友、スミス』石田夏穂)
・腐女子の世界を変えたのは、ひとりの美しい死にたいキャバ嬢だった(『ミーツ・ザ・ワールド』金原ひとみ)
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