新たな切り口で戦国を描く。攻め、守りの要は職人たちだった――
文字数 3,124文字
話題の作品が気になるけど、忙しくて全部は読めない!
そんなあなたに、話題作の中身を3分でご紹介。
ぜひ忙しい毎日にひとときの癒やしを与えてくれる、お気に入りの作品を見つけてください。
今村翔吾『塞王の楯』
この記事の文字数:1,612字
読むのにかかる時間:約3分07秒
■POINT
・泰平の世を望み、戦う者たちの苦悩
・戦国を舞台とした職人たちの成長物語
・「戦国」だけでは留まらない、熱くなれる要素が満載
■泰平の世を望み、戦う者たちの苦悩
「乱世と泰平を繋ぐ石垣だ」
時は戦国。戦うのは、武士だけではない。
今村翔吾による戦国小説『塞王の楯』。第166回直木賞候補作にもノミネートされている。
主人公の匡介は織田信長と朝倉義景の間で行われた合戦、「一乗谷の戦い」で両親と妹を亡くす。戦いから逃れる途中、石垣職人の源斎に助けられ生き延びた。匡介はそのまま、源斎が頭を務める石垣作りの職人集団・穴太衆の飛田屋で育てられる。石垣積みの才がある匡介はやがて、飛田屋の後継者へと成長していく。
絶対に破られることのない石垣を作れば、自分の家族のような人を少しでも減らされるのではないか。そう考えた匡介は日々、修練を怠らなかった。
匡介が「楯」を作るのならば、「矛」を作る男もいた。鉄砲作りの高い技術を持つ国友衆の後継者・彦九郎だ。秀吉のもと、つかの間の泰平の世でも彦九郎は鉄砲作りの技術を高め続けていた。
やがて、秀吉が死に、世は再び戦乱へ。互いに意識し合う匡介と彦九郎は、大津城の戦いで相まみえることになる。
■戦国を舞台とした職人たちの成長物語
匡介が石工として成長していく姿を描きつつ、メインとなるのは大津城の戦いである。豊臣秀吉が亡くなり、石田三成を将とする西軍と徳川家康率いる東軍がぶつかる直前の戦いをたっぷりと描く。
本能寺の変から関ヶ原の戦いまで、さまざまな切り口で、さまざまな人物を主人公として物語が紡がれてきた。その中で石工と鉄砲作りの職人にスポットがあてられるというのは新鮮だ。
正反対の匡介と彦九郎だが、願うことはひとつ。戦のない世だった。
「最強の楯」である石垣を作れば、戦をなくせると考える匡介。
「至高の矛」である鉄砲を作り、恐怖を与えることで戦を抑止できると考える彦九郎。
戦国の世で石工の責任は計り知れない。鉄砲もまた、戦局において大きな変化をもたらす。その中で相手を倒したい、よりも、「より良い仕事をし、より良いものを作って相手を唸らせたい」という職人としての気持ちが垣間見える。職人にとって、西軍も東軍も関係はない。依頼があれば応じる、相手はお客様なのだ。
もちろん、平和な世が訪れてほしいという願いはある。特に匡介は戦乱の中で家族を失っている。それは匡介だけではなく、彼の周りにも似た境遇の人間は多くいる。その人たちを守りたい。と、同時に、「矛を退けるには」「楯を貫くには」という職人としてのプライドが感じられ、「仕事」をテーマとした小説としても非常に読み応えがある。
■「戦国」だけでは留まらない。熱くなれる要素が満載
戦国を舞台とした物語は、いつの時代も変わらない魅力を放っている。関ヶ原の合戦の勝者が誰か知っているはずなのに、読むたびに手に汗握る。
「職人」というポイントにおいても、仕事に対するプライドや、自身を高めるための努力、研鑽は読んでいて自然とパワーがもらえる。
しかし、『塞王の楯』の魅力はそれだけではない。
ひとつは、匡介と彦九郎の関係性だ。どちらも、界隈では才のある人物とされている上に、努力を怠らない。もちろん仲は良いとは言えない。が、戦っているうちに互いが考えていることが分かるようになってくる。まさに好敵手と言える関係になっていく。
そして、匡介のそばには昔から石工のライバルもいる。最初は反発し合っているが、次第に仲間になっていく過程は自然と頬が緩んでしまう。互いの実力を認め、互いのために力を貸す。その友情に心が熱くなるし、バディとして戦う姿もたまらない。
更には、匡介に淡い恋の気配も……と、500ページ越えという大作にも関わらず、一度読み始めたらページをめくる手が止められない。どの角度から読んでも楽しめる作品となっている。間違いなく、これまでとは一味違った戦国の物語が味わえるはずだ。
「忙しい人のための3分で読める話題作書評」バックナンバー
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