大切な人が自殺した――遺された者が見つけた生きる理由
文字数 3,411文字
話題の作品が気になるけど、忙しくて全部は読めない!
そんなあなたに、話題作の中身を3分でご紹介。
ぜひ忙しい毎日にひとときの癒やしを与えてくれる、お気に入りの作品を見つけてください。
『世界の美しさを思い知れ』額賀澪
この記事の文字数:1,602字
読むのにかかる時間:約3分12秒
■POINT
・突然の死は人を混乱させる
・美しい旅の中で見たものは
・苦しいのは、亡くなった人か、遺された人か
■突然の死は人を混乱させる
「綺麗なところに連れて行くよ」
「死にたいと言われたらどうする」そんな問いかけへの答え。いま、死にたいと思っている人の瞳に、この世界はどんなふうに映っているのだろうか。
額賀澪による『世界の美しさを思い知れ』。
主人公は蓮見貴斗。ある日、彼の双子の弟で人気俳優の蓮見尚斗が自殺した。遺書もない。突然の死に貴斗を含め、周囲にいた人間たちはみな戸惑う。マスコミは憶測で記事を書き続ける。
そんな中、貴斗は尚斗のスマホを見つける。電源を入れると、一卵性双生児であるがゆえ顔認証を突破できてしまい、中を確認することができた。自殺に繋がるような事柄は何も残っていない。おまけに、未読メールには礼文島行きの航空券が届いていた。旅行に行くつもりだったのに、自殺をしたのか? 貴斗の中に疑問が湧きあがる。
自殺の理由が知りたい貴斗は、尚斗のスマホに導かれるようにして旅に出る。礼文島から始まった旅は、マルタ島、台湾、ロンドン、NY、南米へ。貴斗は旅をしながら、尚斗の死を受け入れようと足掻くが……。
■美しい旅の中で見たものは
貴斗と尚斗は一卵性双生児で、顔がそっくりだ。ずっと一緒にいたし、相性も良い。尚斗は俳優に、貴斗は普通の会社員になるが、それでも良好な関係は変わらなかった。
双子にしか実感できないのだろうが、互いのことが「わかる」のだろう。尚斗ならこうするだろう、ではなく、無意識のうちに、貴斗は尚斗と同じ行動をとったり、同じ思考、選択をしたりする。それでも、貴斗は尚斗がどうして自殺をしたのかわからない。
わからないことが貴斗には苦痛だった。自殺の理由がわからなければ、死を受け入れられないようにも見える。
自分が知らない「弟」を知るために、貴斗は尚斗の足跡をたどるように旅に出るわけだが、その旅の情景は美しい。悲しみよりも楽しさを感じる。尚斗もきっと仕事をしている中である程度の悩みは抱えていただろう。尚斗はどの旅でも楽しんでいたことがわかる。旅先で尚斗が出会った人と会い、話すうちに、貴斗はそう確信していた。
しかし、楽しんでいたのだとすれば余計にわからなくなる。どうして死を選んだのか。
貴斗は、尚斗と同じ髪の色にしたり、尚斗のおさがりを着たりして、見た目はますます酷似していく。似たところで、尚斗にはなれない。苦しみは深まっていくばかりだ。
■苦しいのは、亡くなった人か、遺された人か
人気俳優の突然の自殺は世間を騒がせた。遺書がなければ、亡くなった理由はわからないわけで、マスコミは推測で理由を語り、それを目にした人たちは犯人探しを始め、当該人物を炎上させる。幾度となく、現実世界でも目にしてきたことだ。
尚斗の死も、将来への不安とプレッシャー、過酷な仕事環境、マネージャーとの不仲、更に双子の兄との確執など、さまざまな理由が憶測される。
物語の中ではSNSの書き込みを模したページが挟み込まれるが、
「蓮見尚斗はとことん人に恵まれなかったんだな」
という第三者の書き込みに思わず「何も知らないのに」と声が出てしまった。
貴斗がそんな外野の声に潰れてしまうのではないか、と心配になる。しかし、貴斗にとっては、他人の声などどうでもよいように見える。彼にとっては、尚斗の死は自分の半身を失くしたようなものだった。ふたりでひとりだった。
仲が良かったからこそ、貴斗は何も気づいてやれなかった自分を責め続け、尚斗を求め続けた。誰よりも尚斗を必要としているのは貴斗だったのだ。いなくなった人の近くにいた人ほど、きっと自分を責め続ける。その時間に終わりは見えない。
人は、突然死ぬ。死は辛く、悲しい。しかし、悲しむのは、遺った人たちだ。その人たちがどのように死を受け入れ、生きていくのかについて、改めて考えさせられたように思う。
「忙しい人のための3分で読める話題作書評」バックナンバー
・「推しって一体何?」へのアンサー(『推し、燃ゆ』宇佐見りん)
・孤独の中で生きた者たちが見つけた希望の光(『52ヘルツのクジラたち』町田そのこ)
・お金大好き女性弁護士が、遺言状の謎に挑む爽快ミステリー(『元彼の遺言状』新川帆立)
・2つの選択肢で惑わせる 世にも悪趣味な実験(『スイッチ 悪意の実験』潮谷験)
・「ふつう」も「日常」も尊いのだと叫びたい(『エレジーは流れない』三浦しをん)
・ゴッホはなぜ死んだのか 知識欲くすぐるミステリー(『リボルバー』原田マハ)
・絶望の未来に希望を抱かざるを得ない物語の説得力(『カード師』中村文則)
・黒田官兵衛と信長に叛旗を翻した謀反人の意図とは?(『黒牢城』米澤穂信)
・恋愛が苦手な人こそ読んでほしい。動物から学ぶ痛快ラブコメ!(『パンダより恋が苦手な私たち』瀬那 和章)
・高校の部活を通して報道のあり方を斬る(『ドキュメント』湊かなえ)
・現代社会を映す、一人の少女と小さな島の物語(『彼岸花が咲く島』李 琴峰)
・画鬼・河鍋暁斎を父にもったひとりの女性の生き様(『星落ちて、なお』澤田瞳子)
・ミステリ好きは読むべき? いま最もミステリ愛が詰め込まれた一作(『硝子の塔の殺人』知念実希人)
・人は人を育てられるのか? 子どもと向き合う大人の苦悩(『まだ人を殺していません』小林由香)
・猫はかわいい。それだけでは終われない、猫と人間の人生(『みとりねこ』有川ひろ)
・指1本で人が殺せる。SNSの誹謗中傷に殺されかけた者の復活。(『死にたがりの君に贈る物語』綾崎隼)
・“悪手”は誰もが指す。指したあとにあなたならどうするのか。(『神の悪手』芦沢央)
・何も信用できなくなる。最悪の読後感をどうとらえるか。(『花束は毒』織守きょうや)
・今だからこそ改めて看護師の仕事について知るべきなのではないか。(『ヴァイタル・サイン』南杏子)
・「らしさ」を押し付けられた私たちに選ぶ権利はないのか(『川のほとりで羽化するぼくら』彩瀬まる)
・さまざまな「寂しさ」が詰まった、優しさと希望が感じられる短編集(『かぞえきれない星の、その次の星』重松清)
・ゾッとする、気分が落ち込む――でも読むのを止められない短編集(『カミサマはそういない』深緑野分)
・社会の問題について改めて問いかける 無戸籍をテーマとしたミステリー作品(『トリカゴ』辻堂ゆめ)
・2つの顔を持つ作品たち 私たちは他人のことを何も知らない(『ばにらさま』山本文緒)
・今を変えなければ未来は変わらない。現代日本の問題をストレートに描く(『夜が明ける』西加奈子)
・自分も誰かに闇を押し付けるかもしれない。本物のホラーは日常に潜んでいる(『闇祓』辻村深月)
・ひとりの女が会社を次々と倒産させることは可能なのか?痛快リーガルミステリー(『倒産続きの彼女』新川帆立)
・絡み合う2つの物語 この世に本物の正義はあるのか(『ペッパーズ・ゴースト』伊坂幸太郎)
・新たな切り口で戦国を描く。攻め、守りの要は職人たちだった――(『塞王の楯』今村翔吾)
・鍵を握るのは少女たち――戦争が彼女たちに与えた憎しみと孤独と絆(『同志少女よ、敵を撃て』逢坂冬馬)
・運命ではない。けれど、ある芸人との出会いがひとりの女性を変えた。(『パラソルでパラシュート』一穂ミチ)
・吸血鬼が受け入れられている世界に生きる少女たちの苦悩を描く(『愚かな薔薇』恩田陸)
・3人の老人たちの自殺が浮き彫りにする「日常」(『ひとりでカラカサさしてゆく』江國香織)