思わず「オーレ!」と叫びたくなる! 新感覚の闘牛士×ミステリー
文字数 4,080文字
話題の作品が気になるけど、忙しくて全部は読めない!
そんなあなたに、話題作の中身を3分でご紹介。
ぜひ忙しい毎日にひとときの癒やしを与えてくれる、お気に入りの作品を見つけてください。
下村敦史『情熱の砂を踏む女』
■POINT
・前代未聞? 闘牛ミステリー
・闘牛士に魅せられた女性が人生を変える
・闘牛士になることで見えてくる兄の死の真相
■前代未聞? 闘牛ミステリー
「死は乗り越えられることにより、勇気に価値を与えるんだ」
化け物のような巨体の闘牛を目の前にしたとき、闘牛士はどのような気持ちなのか。多くの人が想像したことがないであろう世界が、この作品の中にはリアリティとともに広がっている。
下村敦史による『情熱の砂を踏む女』。舞台はスペイン、闘牛士を志す女性の話だ。
主人公は新藤怜奈。闘牛士の兄・大輔が演技で大技に挑んだ末、亡くなったことで彼女は初めてスペインの地に降り立つ。最初は死を悼むため、だった。しかし、次第に兄の死に疑念を抱き始める。何かトラブルに巻き込まれたのではないか。本当に演技が原因で亡くなったのか?
一方で、大輔と親しかった闘牛士・カルロスの演技を観た怜奈は、一瞬で闘牛に魅了される。そして、「闘牛士になりたい」という夢を持つようになる。
闘牛界は男性社会。女性闘牛士はいるが、歓迎されているとは言い難い。カルロスを始め、周囲の人間はみな反対するが、怜奈は闘牛士への道を歩み始める。
■闘牛士に魅せられた女性が人生を変える
たった一度のカルロスの演技で闘牛士に魅了されてしまった怜奈。無邪気に「私も闘牛士になりたいの」と言われても驚くしかない。直前に兄が亡くなっているのだから、余計にインパクトがある。思いつきで言っていると捉えられても仕方がない。
しかし、怜奈は引かない。それには理由があった。玲奈はかつてバレエダンサーだった。しかし、コンクールで人の視線にさらされたことで恐怖を覚え、その場から逃げ出してしまった。そしてそのままバレエの世界から退いたのだ。
闘牛士になることを「兄のため」と怜奈は言うが、バレエのときの失態をばん回したい、取り返さなければ前に進めない、と思っていたからだろう。闘牛士への道は生半可なものではないが、怜奈は驚きの情熱を見せる。
そしておもしろいのが怜奈が闘牛士を目指し、練習を重ねる中で、読者も闘牛の世界を知ることができるということだ。と言うより知らないことばかりで驚く。闘牛士がはためかせる赤いマント。牛を興奮させるためだと思っていたが、牛は色盲。単純に、動くほうへ向かっていくだけなのだ。これはたくさんある闘牛の知識のひとつでしかなく、その世界を知れば知るほど、物語に深みが出てくる。闘牛はスペインの歴史そのものと言ってもいいかもしれない。そのせいか観光地をめぐるわけでもないのに、スペインの息吹が感じられるような気がする。
■闘牛士になることで見えてくる兄の死の真相
怜奈が闘牛士への道を歩む物語かと思いきや、同時に、兄・大輔の死の謎に迫る物語も並走している。
なぜ兄は大観衆の前で牛に突かれて死んだのか。演技中の死、以外にあり得ないはずだ。闘牛士が演技中に怪我をすることは少なくない。常に死と隣り合わせであることを、闘牛士たちも覚悟をしている。ただ、怜奈は大輔が暮らしていたアパートで過ごすうちに、兄の死の裏には何か事情があることに気がつく。
怜奈は闘牛士を志したときに「闘牛士になって、兄と同じ景色を見れば何かわかるかもしれない」と思っていた。同じ景色、とまではいかなくても、兄の心を理解しようとすることで、真相に近づいていく。そして、兄が死んだ理由は、闘牛界のある事情が原因だった。
情熱の国・スペインというが、怜奈がとにかくアツい。闘牛士になるためにも、兄の死の真相を暴くためにも、いつだって猪突猛進でツッコんでいく。それも、男性優位な社会であるスペインにおいて、「女性の生き方」を導き出していくのだ。そして、兄の死の全てを知ったときに、怜奈はまたひとつ、成長する。
「忙しい人のための3分で読める話題作書評」バックナンバー
・「推しって一体何?」へのアンサー(『推し、燃ゆ』宇佐見りん)
・孤独の中で生きた者たちが見つけた希望の光(『52ヘルツのクジラたち』町田そのこ)
・お金大好き女性弁護士が、遺言状の謎に挑む爽快ミステリー(『元彼の遺言状』新川帆立)
・2つの選択肢で惑わせる 世にも悪趣味な実験(『スイッチ 悪意の実験』潮谷験)
・「ふつう」も「日常」も尊いのだと叫びたい(『エレジーは流れない』三浦しをん)
・ゴッホはなぜ死んだのか 知識欲くすぐるミステリー(『リボルバー』原田マハ)
・絶望の未来に希望を抱かざるを得ない物語の説得力(『カード師』中村文則)
・黒田官兵衛と信長に叛旗を翻した謀反人の意図とは?(『黒牢城』米澤穂信)
・恋愛が苦手な人こそ読んでほしい。動物から学ぶ痛快ラブコメ!(『パンダより恋が苦手な私たち』瀬那 和章)
・高校の部活を通して報道のあり方を斬る(『ドキュメント』湊かなえ)
・現代社会を映す、一人の少女と小さな島の物語(『彼岸花が咲く島』李 琴峰)
・画鬼・河鍋暁斎を父にもったひとりの女性の生き様(『星落ちて、なお』澤田瞳子)
・ミステリ好きは読むべき? いま最もミステリ愛が詰め込まれた一作(『硝子の塔の殺人』知念実希人)
・人は人を育てられるのか? 子どもと向き合う大人の苦悩(『まだ人を殺していません』小林由香)
・猫はかわいい。それだけでは終われない、猫と人間の人生(『みとりねこ』有川ひろ)
・指1本で人が殺せる。SNSの誹謗中傷に殺されかけた者の復活。(『死にたがりの君に贈る物語』綾崎隼)
・“悪手”は誰もが指す。指したあとにあなたならどうするのか。(『神の悪手』芦沢央)
・何も信用できなくなる。最悪の読後感をどうとらえるか。(『花束は毒』織守きょうや)
・今だからこそ改めて看護師の仕事について知るべきなのではないか。(『ヴァイタル・サイン』南杏子)
・「らしさ」を押し付けられた私たちに選ぶ権利はないのか(『川のほとりで羽化するぼくら』彩瀬まる)
・さまざまな「寂しさ」が詰まった、優しさと希望が感じられる短編集(『かぞえきれない星の、その次の星』重松清)
・ゾッとする、気分が落ち込む――でも読むのを止められない短編集(『カミサマはそういない』深緑野分)
・社会の問題について改めて問いかける 無戸籍をテーマとしたミステリー作品(『トリカゴ』辻堂ゆめ)
・2つの顔を持つ作品たち 私たちは他人のことを何も知らない(『ばにらさま』山本文緒)
・今を変えなければ未来は変わらない。現代日本の問題をストレートに描く(『夜が明ける』西加奈子)
・自分も誰かに闇を押し付けるかもしれない。本物のホラーは日常に潜んでいる(『闇祓』辻村深月)
・ひとりの女が会社を次々と倒産させることは可能なのか?痛快リーガルミステリー(『倒産続きの彼女』新川帆立)
・絡み合う2つの物語 この世に本物の正義はあるのか(『ペッパーズ・ゴースト』伊坂幸太郎)
・新たな切り口で戦国を描く。攻め、守りの要は職人たちだった――(『塞王の楯』今村翔吾)
・鍵を握るのは少女たち――戦争が彼女たちに与えた憎しみと孤独と絆(『同志少女よ、敵を撃て』逢坂冬馬)
・運命ではない。けれど、ある芸人との出会いがひとりの女性を変えた。(『パラソルでパラシュート』一穂ミチ)
・吸血鬼が受け入れられている世界に生きる少女たちの苦悩を描く(『愚かな薔薇』恩田陸)
・3人の老人たちの自殺が浮き彫りにする「日常」(『ひとりでカラカサさしてゆく』江國香織)
・ミステリーの新たな世界観を広げる! 弁理士が主人公の物語(『特許やぶりの女王 弁理士・大鳳未来』南原詠)
・大切な人が自殺した――遺された者が見つけた生きる理由(『世界の美しさを思い知れ』額賀澪)
・生きづらさを嘆くだけでは何も始まらない。未来を切り開くため「ブラックボックス」を開く(『ブラックボックス』砂川文次)
・筋肉文学? いや、ひとりの女性の“目覚め”の物語だ(『我が友、スミス』石田夏穂)
・腐女子の世界を変えたのは、ひとりの美しい死にたいキャバ嬢だった(『ミーツ・ザ・ワールド』金原ひとみ)
・人生はうまくいかない。けれど絶望する必要はないと教えてくれる物語たち。(『砂嵐に星屑』一穂ミチ)
・明治の東海道を舞台としたデスゲーム。彼らがたどり着くのは未来か、滅びか。(『イクサガミ 天』今村翔吾)
・自分の友達が原因で妹が事故に遭った。ぎこちなくなった家族の未来は?(『いえ』小野寺史宜)
・ある日突然、愛する人が存在ごと世界から消えてしまったとしたら?(『世界が青くなったら』武田綾乃)
・あり得ない! 事件を一晩で解決する弁護士・剣持麗子、見参。(『剣持麗子のワンナイト推理』新川帆立)
・想いは変わらない……夫婦が織りなす色あせない「恋愛」(『求めよ、さらば』奥田亜希子)
・別れ、挫折、迷い。それぞれが「使命」を見つけるまでの物語(『タラント』角田光代)
・骨太リーガルミステリが問いかける。正義とは正しいのか。(『刑事弁護人』薬丸岳)
・思うようにいかない人生に、前を向く勇気をくれる一冊。(『オオルリ流星群』伊与原新)
・読んでいる者の本性を暴く? 爆発を予言する男との息詰まる舌戦!(『爆弾』呉勝浩)
・リアルとフィクションが肉薄……緻密な取材が導き出す真実とは?(『朱色の化身』塩田武士)
・沖縄本土復帰直前に起こった100万ドル強奪事件! 琉球警察に未来が託される(『渚の螢火』坂上泉)