リアルとフィクションが肉薄……緻密な取材が導き出す真実とは?
文字数 3,992文字
話題の作品が気になるけど、忙しくて全部は読めない!
そんなあなたに、話題作の中身を3分でご紹介。
ぜひ忙しい毎日にひとときの癒やしを与えてくれる、お気に入りの作品を見つけてください。
塩田武士『朱色の化身』
■POINT
・祖父が探すひとりの女性の行方
・膨大な情報量に圧倒される
・昭和から平成、令和を歩んだ女性の人生
■祖父が探すひとりの女性の行方
「手紙は面倒なようでも、人の心へ言葉を届けるには、一番の近道なんやよ」
SNSで気軽につながることができる時代。それでも、人の心を繋ぐ方法は変わらない。
そして、遠回りに見える道でも、実は近道だったりするのは、どんなことにも当てはまるのではないだろうか。
塩田武士『朱色の化身』。
主人公はフリーライターの大路亨。大路はあるとき、元新聞記者の父から「辻珠緒」という女性を探せないか依頼される。
珠緒は大人気となったゲームの開発者として知られていたが、いまはその行方をくらましていた。
大路は珠緒の大学生時代の友人や、昔の同僚に取材を始める。
福井県の芦原温泉で育った珠緒。複雑な家庭から逃げるようにして京大に入り、当時としては珍しく総合職として大手銀行に就職。その後、老舗和菓子の御曹司と結婚し退社。離婚するものの、今度はゲームの開発者として名を馳せるようになる。
一見すると、華やかに見える珠緒の人生。そんな彼女の人生には、昭和31年に起きた福井の大火が大きな影響を及ぼしていることがわかる。
更に、大路の父が珠緒を探しているのは、大路の祖母が興信所を使って珠緒の祖母を調べていたから、という背景があった。
大路の祖母はどうして珠緒の祖母について調べていたのか。
そして、珠緒はどうして姿をくらましているのか。
大路は緻密な取材で珠緒の居場所に迫っていく。
■膨大な情報量に圧倒される
大路の取材を中心に展開していく物語。
冒頭の約100ページは大路がインタビューをしている相手の語りでまとめられている。
珠緒についての情報だけではなく、インタビュイーの事情、時代背景が凝縮されており、かみ砕くまでに時間を要する。が、その分、物語に没頭していくことができる。
中盤以降では、そのインタビューから得た情報をもとに、更に取材を進めていく大路。
注目したいのが、大路は特別な推理をしているわけではなく、得た情報を冷静に分析し事実を導き出していることだ。
インタビューをする相手も、視点が偏らないようにあらゆる立場の人のもとを訪れている。そうすることで、より公平に状況を分析できるのだろう。
47人の人物に取材をしてたどり着いた真実。なんと大変な道のりと思うだろう。
しかし、それはまさに彼が祖母から教わった「手紙は面倒なようでも、人の心へ言葉を届けるには、一番の近道なんやよ」という言葉に通じるものなのかもしれない。
■昭和から平成、令和を歩んだ女性の人生
1963年生まれの辻珠緒。
彼女が大学4年生のときに男女雇用機会均等法が成立、施行された。彼女が就職した大手銀行などは女性枠さえ、それまでなかった。
女性社員は朝から掃除やお茶出し。男性上司からは気軽に体を触られ、令和の時代なら一発でセクハラ案件となるようなこともまかり通っていた。そんな中で、珠緒は優秀な社員として重宝されていて、仕事に熱心で勉強家だった一面が垣間見える。
……このように、取材で彼女の半生を追っていくと、昭和から平成、令和の移り変わっていく日本を見ることができる。
女性が生きにくかった時代で、自由とは名ばかり。やりたいこともできずに鬱屈とした生活を送る……全ての女性がそう感じていたわけではないだろうけれど、珠緒には「日本の女性史」が透けて見える。
そんな時代背景が、珠緒が姿をくらました理由のひとつとなっている。
個人の行動の理由を時代のせいにするわけにはいかない。が、「この時代だったから」起きた事件はたくさんある。それは令和であっても変わらない。
「二度とこのような事件を起こさないために」。価値観の変化とともに、時代は少しずつ良い方向へアップデートされていかなければならないのだと、実感させられる作品だ。
「忙しい人のための3分で読める話題作書評」バックナンバー
・「推しって一体何?」へのアンサー(『推し、燃ゆ』宇佐見りん)
・孤独の中で生きた者たちが見つけた希望の光(『52ヘルツのクジラたち』町田そのこ)
・お金大好き女性弁護士が、遺言状の謎に挑む爽快ミステリー(『元彼の遺言状』新川帆立)
・2つの選択肢で惑わせる 世にも悪趣味な実験(『スイッチ 悪意の実験』潮谷験)
・「ふつう」も「日常」も尊いのだと叫びたい(『エレジーは流れない』三浦しをん)
・ゴッホはなぜ死んだのか 知識欲くすぐるミステリー(『リボルバー』原田マハ)
・絶望の未来に希望を抱かざるを得ない物語の説得力(『カード師』中村文則)
・黒田官兵衛と信長に叛旗を翻した謀反人の意図とは?(『黒牢城』米澤穂信)
・恋愛が苦手な人こそ読んでほしい。動物から学ぶ痛快ラブコメ!(『パンダより恋が苦手な私たち』瀬那 和章)
・高校の部活を通して報道のあり方を斬る(『ドキュメント』湊かなえ)
・現代社会を映す、一人の少女と小さな島の物語(『彼岸花が咲く島』李 琴峰)
・画鬼・河鍋暁斎を父にもったひとりの女性の生き様(『星落ちて、なお』澤田瞳子)
・ミステリ好きは読むべき? いま最もミステリ愛が詰め込まれた一作(『硝子の塔の殺人』知念実希人)
・人は人を育てられるのか? 子どもと向き合う大人の苦悩(『まだ人を殺していません』小林由香)
・猫はかわいい。それだけでは終われない、猫と人間の人生(『みとりねこ』有川ひろ)
・指1本で人が殺せる。SNSの誹謗中傷に殺されかけた者の復活。(『死にたがりの君に贈る物語』綾崎隼)
・“悪手”は誰もが指す。指したあとにあなたならどうするのか。(『神の悪手』芦沢央)
・何も信用できなくなる。最悪の読後感をどうとらえるか。(『花束は毒』織守きょうや)
・今だからこそ改めて看護師の仕事について知るべきなのではないか。(『ヴァイタル・サイン』南杏子)
・「らしさ」を押し付けられた私たちに選ぶ権利はないのか(『川のほとりで羽化するぼくら』彩瀬まる)
・さまざまな「寂しさ」が詰まった、優しさと希望が感じられる短編集(『かぞえきれない星の、その次の星』重松清)
・ゾッとする、気分が落ち込む――でも読むのを止められない短編集(『カミサマはそういない』深緑野分)
・社会の問題について改めて問いかける 無戸籍をテーマとしたミステリー作品(『トリカゴ』辻堂ゆめ)
・2つの顔を持つ作品たち 私たちは他人のことを何も知らない(『ばにらさま』山本文緒)
・今を変えなければ未来は変わらない。現代日本の問題をストレートに描く(『夜が明ける』西加奈子)
・自分も誰かに闇を押し付けるかもしれない。本物のホラーは日常に潜んでいる(『闇祓』辻村深月)
・ひとりの女が会社を次々と倒産させることは可能なのか?痛快リーガルミステリー(『倒産続きの彼女』新川帆立)
・絡み合う2つの物語 この世に本物の正義はあるのか(『ペッパーズ・ゴースト』伊坂幸太郎)
・新たな切り口で戦国を描く。攻め、守りの要は職人たちだった――(『塞王の楯』今村翔吾)
・鍵を握るのは少女たち――戦争が彼女たちに与えた憎しみと孤独と絆(『同志少女よ、敵を撃て』逢坂冬馬)
・運命ではない。けれど、ある芸人との出会いがひとりの女性を変えた。(『パラソルでパラシュート』一穂ミチ)
・吸血鬼が受け入れられている世界に生きる少女たちの苦悩を描く(『愚かな薔薇』恩田陸)
・3人の老人たちの自殺が浮き彫りにする「日常」(『ひとりでカラカサさしてゆく』江國香織)
・ミステリーの新たな世界観を広げる! 弁理士が主人公の物語(『特許やぶりの女王 弁理士・大鳳未来』南原詠)
・大切な人が自殺した――遺された者が見つけた生きる理由(『世界の美しさを思い知れ』額賀澪)
・生きづらさを嘆くだけでは何も始まらない。未来を切り開くため「ブラックボックス」を開く(『ブラックボックス』砂川文次)
・筋肉文学? いや、ひとりの女性の“目覚め”の物語だ(『我が友、スミス』石田夏穂)
・腐女子の世界を変えたのは、ひとりの美しい死にたいキャバ嬢だった(『ミーツ・ザ・ワールド』金原ひとみ)
・人生はうまくいかない。けれど絶望する必要はないと教えてくれる物語たち。(『砂嵐に星屑』一穂ミチ)
・明治の東海道を舞台としたデスゲーム。彼らがたどり着くのは未来か、滅びか。(『イクサガミ 天』今村翔吾)
・自分の友達が原因で妹が事故に遭った。ぎこちなくなった家族の未来は?(『いえ』小野寺史宜)
・ある日突然、愛する人が存在ごと世界から消えてしまったとしたら?(『世界が青くなったら』武田綾乃)
・あり得ない! 事件を一晩で解決する弁護士・剣持麗子、見参。(『剣持麗子のワンナイト推理』新川帆立)
・想いは変わらない……夫婦が織りなす色あせない「恋愛」(『求めよ、さらば』奥田亜希子)
・別れ、挫折、迷い。それぞれが「使命」を見つけるまでの物語(『タラント』角田光代)
・骨太リーガルミステリが問いかける。正義とは正しいのか。(『刑事弁護人』薬丸岳)
・思うようにいかない人生に、前を向く勇気をくれる一冊。(『オオルリ流星群』伊与原新)