私もいつか「老害の人」? 人生はやりたいようにやったもの勝ち
文字数 2,227文字
話題の作品が気になるけど、忙しくて全部は読めない!
そんなあなたに、話題作の中身を3分でご紹介。
ぜひ忙しい毎日にひとときの癒やしを与えてくれる、お気に入りの作品を見つけてください。
内館牧子『老害の人』
■POINT
・誰よりも大きな音で奏でる「老害五重奏」
・もしかしたら私も老害かも?
・高齢者と若者の共通点
■誰よりも大きな音で奏でる「老害五重奏」
「ホント、老害は公害だよ。排気ガスや煤煙と同じだって」
「害」という単語が含まれるぐらいだから、体には良くなさそうだ。なんとも恐ろしい言葉だなと思う。公害だと言われてしまう。
「老害」という言葉自体は比較的新しく、1990年代前半ごろからネットスラングとしてあったのだそう。きっと「老害」だと自覚する人が言い始めたわけではないだろう。
内館牧子による書き下ろし小説『老害の人』。『終わった人』、『すぐ死ぬんだから』、『今度生まれたら』に続く高齢者小説だ。
双六やカルタの製作販売会社雀躍堂の前社長・戸山福太郎は85歳。社長の椅子は娘婿に譲っているが、自分はまだまだ現役のつもりだ。経営戦略室長として今も出勤している。しかし、実際は同じ手柄話をしては若い人を困らせているばかり。
彼の周りにいるのも「老害」と言われる人たちだ。素人俳句に下手な絵を添えた句集を作る吉田夫妻、集まりには必ず遅れて登場し、「私はもう死ぬから」が口癖の春子。さらに新たなクレーム「老害」も加わり、日々「老害五重奏」は大きな声であれこれと語る。大きくなってしまうのは耳が遠いからだ。
ついに五重奏に福太郎の娘・明代がキレるが、それが彼らのやる気に火をつけてしまう。
■もしかしたら私も老害かも?
老害五重奏が語る内容には強い既視感がある。
「あっ、こんなことを言っている人、見たことある……」
「うちのおじいちゃんのことかと思った!」
読みながら、感心したり、クスリとしたり、あるある、と頷いたり。毎日のように高齢者から同じような話を聞いている人からすると、イライラしてしまうかもしれない。
しかし、笑ったり、イライラしたりしているうちはまだいいかもしれない。怖いのは、まだ高齢者ではなくとも、「私もいつかこうなってしまうんじゃないかしら」と怯えることだ。
彼らは自分のことを老害だとは思っていない。疎まれているのは感じていても、なんでそんなことを言われなきゃいけないんだ、ぐらいのものだろう。
たぶん「老害」は自覚じゃなくて、周りが認定するものなのだ。誰だって自分のことを「害」だなんて自覚しない。そりゃそうだ。
じゃあ気づかずに自分も老害になっているのでは? とドキリとする。しかし、そういう人は自分を客観視できているから、きっと問題はないはず。と思いたい。
ところで、年齢が若くてもずっと自慢話をしている人はいるし、病気自慢の人もいるし、注目を浴びたくて遅れてくる人もいる。こういう人たちは、高齢者になったらどうなるのだろう。
■高齢者と若者の共通点
さて、「老害、老害」と迷惑がられている側の福太郎たちはどうだろう。しょんぼりしているのかと思いきやそうでもない。「老人のために生きよう!」と一致団結し、老人たちのために何かしようとサロンを始める。サロンの名前は「若鮎サロン」。若者に何か言われたからと言ってめげる彼らではないのだ。今の日本を作ってきたのは自分たちだという自負があるし、そんな俺たちを端っこに追いやるなんて、まったくわかっていない奴らだと思っている。先は短いんだからやりたいことはやると気合い十分だ。
明代たちは辟易しながらも止めることができない。
一方で、福太郎の孫で高校生の俊は陸上部のエースで、大学から推薦の話が来ていながらもそれを受けずにバイト先の農家に就職すると言い出す。まだ若いからやり直しはできる。よく考えた末の結論でやりたいことをやって何が悪いと自分の意思を貫き通す。
老人は「先が短いのだから」とやりたいことをやり、若者は「まだ先は長いのだから」とチャレンジをする。
他人の目を気にし、経済的なことを考え、結局何もできないのは、その間に挟まれた働き盛りと言われる人たちなのかもしれない。
「忙しい人のための3分で読める話題作書評」バックナンバー
・強くなりたい。将棋の世界ではそれが全てだった。(『ぼくらに嘘がひとつだけ』綾崎隼)
・地下建築に閉じ込められた9人――極限の状況が暴く人間の本性(『方舟』夕木春央)
・ルンタッタ、ルンタッタと笑いたい人たちの物語(『浅草ルンタッタ』劇団ひとり)
・みんなで金持ちになれたらどんなにいいだろう。財布にまつわるエトセトラ(『財布は踊る』原田ひ香)
・大人びた高校生たちの魅力があふれる青春ミステリ(『栞と嘘の季節』米澤穂信)
・未解決事件を巡り奔走する警察、嗤う犯人……事件の悪夢は終わるのか(『リバー』奥田英朗)
・映画と小説の世界がリンクし、新たな鈴芽の旅が楽しめる(『すずめの戸締り』新海誠)
・嘘がつきたくなるほど大切な友との真実を見つける旅(『嘘つきなふたり』武田綾乃)